222. 怜自宅
突然恭太郎から会いたい、しかも料理が食べたいと言われ、怜はげんなりした。仕方が無いので、冷蔵庫にある具材で青椒肉絲と中華風スープをすぐに作り上げた。
出来上がった頃に恭太郎は冷えたビールを持って部屋に上がってきた。
「飯ちょうどできてるよ。何だよ話って。」
「まあそう焦るな。ビール、余ってる分は冷蔵庫に閉まっておくぞ?ああ、いい匂いだ。わざわざ僕の好きな青椒肉絲を作ってくれたんだな。」
「それしか具材が無かったんだよ。」
「……そうか。」
「………じゃあ、食うか。」
「ああ、いただこう。」
2人はビールを開け、怜が用意した食事を食べた。恭太郎が食べ終わる半分の早さで怜は食べ終わる。相変わらず早いなあ…思いつつも恭太郎はそれを言葉にしない。
「で、何、話って。簡潔にしてくれよ。長いのは面倒だから。」
2人でリビングルームのソファに移動して、ローテーブルにビールを置いた。
「お前、話を聞く前にそんな態度を取られたら話しにくくなるじゃないか。ちゃんと、能動的に聞いて欲しいんだ、わかるか?」
「そういう余計な話をカットしてくれって頼んでるんだよ。」
「ああ言えばこう言うやつだな、まあいい。怜、蓮君とももちゃんの遺影はずっと飾らないつもりか?」
恭太郎は怜の部屋を見回した。最低限の家具と日用雑貨。
生活感というものが全く無い。
そんな部屋の中、怜は蓮とももの遺影を飾ったことが1度も無い。児童養護施設にじのゆめで撮った2人の遺影を持っている筈だが、見える場所には飾られていない。理由はわかりきっていたが、話のきっかけとして遺影の話を持ち出した。
「何度も言ってるだろう…見たく無いんだ。」
何度も手にしてその写真を見た。施設を出て織田の家へ行った頃は、写真を見るたびに号泣しては、弟・妹と同じ場所へ行くことばかり考えていた。
今でも怜は時折、机の引き出しに隠してある写真を取り出して見ることがある。いつもではないが、突然切なさに駆られることがあるのだ。そういう時に写真を眺める。
経年と共に色あせてきた2枚の写真。蓮とももの満面の笑顔。今でも胸が痛くなる。蓮とももの時間は止まったままだという事実を突きつけられるからだ。でも変わったこともある。以前は号泣していた怜だが、今では泣くことはほとんど無い。泣いたとしても、一筋の涙が頬を伝う程度だ。
「現実をまだ受け入れられない…か。」
怜は沈黙した。下を向いたまま両手の指先を合わせ、恭太郎の次の言葉を待っていた。
「怜、そろそろ現実を受け入れる準備をしてはどうだ。今日はその話をしに来た。」
「どういう意味だよ。」
「倉木さんが、うちに泊まりに来ていただろう?お前の話は大体、全部話した。話忘れたこともあるかも知れないけどな。懐かしくて中々楽しかったよ。お前と殴り合いになって、傷だらけでオリオンへ行った所まで話したかな。」
「それで?」
「これでほとんど、倉木さんは怜の人生を把握したということになる。途中でめげることも諦めることも無く、お前の為に五谷と西脇を行き来して。お前の為にどれほど労力を使ったことか。」
「別に俺が頼んだわけじゃ無い、向こうがしたいと言ったから許可しただけだ。」
怜はビールを高々とあげて飲み干した。空いた缶を片手で潰した。
「それはそうだ。でもお前も、彼女が途中で諦めると思っていたんだろう?彼女は耳を塞ぎたくなる話にも正面向いて受け入れてきたんだ。怜の人生としてだよ。その、彼女の気持ちも汲んでやって欲しい。」
怜は立ち上がって冷蔵庫から2本新しいビールを取り、ソファへと戻ってきた。ソファで自分のビールのプルタブを引いて開けた。怜の関心はまだそこまで恭太郎の方を向いていない。
「あいつが満足したなら、それでいいじゃないか。」
怜は煙草に火をつけながら足を組んだ。
「本当にそうなのか?怜。倉木さんが満足すればそれで良い話なのか?お前に変化は無かったのか?どうなんだ。自分のことを他者が調査するというのは、日常でそう簡単にあるものではない。しかもお前の人生だ。生半可な気持ちではできないことを彼女はやり遂げた。そのことでお前には、何も変化が無いと言い切れるのか。感情は揺さぶられないのか?」
「話が見えない。何が言いたいんだよ。あいつがやりたい事をやったならそれでいいじゃないか。必要ならオリオンで祝賀会でもしよう。でも俺は別に、感情は揺さぶられているとは思わない。」
「思わない?お前、普段だったら言い切るじゃないか。揺さぶられていない、と。少しは何か感じたんじゃないのか?」
怜は黙り込んだ。恭太郎の推測は怜を動揺させた。確かにそうだ、怜はいつも言葉には気をつけている。心を見透かされたようで気分が悪かった。
「倉木さんはケリをつけた。見事だと思うよ。次は怜、お前の番なんじゃないのか?」
「俺の?どういう事だよ。」
「倉木さんの辿った道を、次はお前が辿ってみるんだ。ケリをつけるんだ。」