220. 織田夫妻・20
「思い出の地を巡る旅…ですか??」
「怜も、そろそろ蓮君、ももちゃんの死を受け入れるべきだと思うんだ。でもいくら僕ら夫婦が真剣に向き合ってきても、怜の根本的な思いは変わらない。でも今、怜自身が、【過去は過去、今は今】と理解するのには、実際に現場を見て回って、自分で気持ちを整理するのが必要な気がする。
僕は、今の怜なら出来ると信じている。でもそこに倉木さんが居れば、とても安心なんだ。」
「なぜ、私が居ると……もし怜さんが過去に実際に触れて更に死にたいという思いに駆られてしまったら…私………取り返しのつかないことをする事になる…」
「私も今、夫が言った案に賛成だわ。怜に1人で行ってごらんなさい、と言ったところで、あの頑固者が行く訳がない。でも今まで頑張って調査してきた倉木さんが一緒なら、怜にとってとても心強いと思うの。
怜ももう判断力のある大人よ。あなたに責任を被せるような行為は取らないと思いたいわ。」
「突然のことでちょっと、戸惑っています。少しお時間をいただいても宜しいでしょうか?実際に旅に出る様子をイメージしてみたいというのもありますし…。」
「もちろん、よく考えて決めてくれ。ついでに言っておくと、旅に出るとなると仕事は休まなければならなくなる。それについては心配しないでくれ。桑山君には全て納得してくれるよう話は通っているから、君と怜の不在の際のフォローは別部署から来れるよう手配してある。」
「すみません、話が少しずれてしまいますが、社長……もしかして、桑山さんに私と怜さんをくっつけるような話しましたか?」
「無理矢理じゃないよ。ははは。ただ、怜と百合華さんはお似合いだね、うまく行くといいなあ、という話をしていただけだよ。桑山君は察しがいいから、何かしかけてくれていたかな?はははは。
まあ、それはさておき。倉木さんが、怜のことをどう思っているのかはわからない。あの捻くれた厄介者だ、旅にまで付き合えるかと思っても当然のことだと思う。もし、旅をするのが『楽しそうかも』と思えるのであれば、やってみてほしいという、僕の勝手なお願いだ。
断ったからって、君が不利益を被らないことは僕が保証するよ。」
「わかりました。では、今晩ゆっくり考えてみます。すみません、1つ質問宜しいですか?」
「どうぞ」
「怜さんの方から断られたらどうすれば良いのでしょうか…」
「今から会いに言って話をしてくるつもりだ。最初は断ると思うよ。怜にとっても過酷な旅になるだろうからね。彼にもよく考えてもらう。でも僕としても説得はしてみるつもりだ。怜と倉木さんの意見が一致してくれると最高なんだけどな。」
「色々悩ませてしまってごめんなさいね、倉木さん。さあ、じゃあ夕飯の用意しましょうか。今日は何にしようかしら。あなたは怜のところでゆっくり食べて来たら?」
「そうするよ。」
その晩、百合華は中々眠れなかった。「旅」のことを考えていたからだ。
怜が命を張って生き抜いてきた小学生時代、スナック弥生の跡地、保護されて入所したにじのゆめ。
行くのは簡単だ。でも、長い時間をかけて治りかかっている心の傷跡を、また開いて塩を塗ることにならないだろうか。
私はそこまでして、怜の人生を背負ってもいいのだろうか。
でも、会わせてあげたい人もいる。明美さん、竹内夫妻は怜に会ったら喜ぶだろう。怜に会いたがっている人がいると知ったら、怜も少しは喜ぶだろうか…。
百合華は以前、怜に言った言葉を思い出していた。
「私を信じてほしい。」
「私が怜さんを守ります。」
ここで尻込みしていたら約束を反故することになるのではないだろうか。
それに……。
紆余曲折があったにせよ、百合華は怜を愛しているのかも知れない…と思った。
愛は、連鎖を止める。
愛があれば、怜を救うことができるかも知れない…。




