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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第13章 織田夫妻
188/232

218. 織田夫妻・18

 ————それから僕は怜を引きずって僕の車の助手席に乗せた。


 僕らがよく通っているバー・オリオン。あれは元々は、僕の知り合いがオーナーだったんだ。色々あって、それを受け継いだ。内装をリフォームして、バー経営に聡い者を探していたら出会ったのが今のマスター、東さんなんだ。


 怜と殴り合いになった時は、まずオリオンへ寄って応急処置をすることにした。家に帰るより近かったからね。


 マスターはびっくりしていたよ。豪雨の中、大の男が傷だらけでバーの裏口から入ってきたんだから。もう時間は遅かったからお客さんはいなかった。


 ひとまずソファ席に怜を寝かせた。眠っているように静かだったよ。闘いの疲れが急激にどっと出たらしい。まるで胎児のような格好で、ソファに横になっていた。マスターは器用に、そんな怜の傷口に絆創膏を当てがったりしていたよ。


 僕も体力的には限界と言えるほど疲れていたけど、まだ立っていられる程だった。とりあえず僕も座って、自分で鏡を見て絆創膏を貼ったりしていたんだ。


 そしたら、マスターが「優子さんに連絡した方が良いんじゃないでしょうか?」と言うんで、そういえばそうだと思った。

 豪雨の中なので心配だったが、優子に自分の車を運転して迎えに来てもらったんだ。


 ボルボは次の日怜と取りに行ったよ。


 怜ももうとっくに自立していてもいい年頃だった。

 僕はね、怜に初めて「父さん」と言われて、やっと子離れが出来た気がするんだよ。

 それまではまだ、自信が無かった。【繋がり】が希薄だと思っていた。

 魂で父親だと認識してもらえていない気がしていたんだ。


 別に四六時中見張っておきたかった訳じゃない。本当はもっと早く自由にさせてやればよかったのかも知れない。けど常に不安はつきまとっていて、僕の判断を曇らせていた。僕と優子は臆病だったんだ、怜を本当の意味で失ってしまうことに関して。


 バー・オリオンで、自分で治療をしながら漠然と考えていた。怜にここで働いてもらうのはどうだろう、と。


 適性で言ったら向いていないだろう。コミュニケーション能力や愛想に課題がある。でもあいつは、僕が言うのもなんだけど、とても絵になると思ったんだよ。


 マスターに、「使いづらいだろうけど、こいつを使ってくれないか。」と頼み込んだ。マスターは困惑していたが、了承してくれた。


 しばらくは研修期間ということで、マスターからバーで働く上で知っておくべきことなどを教えてもらっていた。東さんは「愛想が無いのが玉に(きず)」っておどけていたけど、


「覚えるのは早いし、空き時間には練習したり勉強をしている。それに格好いいですよ。」


 と、褒めてくれた。是非、バー・オリオンで働いて欲しいと太鼓判を貰った。


 怜は嬉しさ半分、複雑な気持ち半分といった所だっただろう。

 母、祖母が水商売で、色々あったからな。


 僕は怜がそう考えながらバーテンダーの仕事をしていることをわかっていた。最初の頃は今では想像出来ない位荒々しかったんだ。


 ある日、客に媚び売って酒飲ませて金を取る商売としか考えていない、怜はそう言っていた。

 僕は怒ったよ。スナック弥生と一緒にするな!ってね。

 でも結局、怜は口で強がっていただけなんだ。

 東さんが言っていたように、カクテル作りのテクニックを学ぶ姿勢などは、一端のバーテンダーに見えたものだよ。


 …………愛想だけはどうあがいても身につかなかったがね。


 その頃怜は家を出た。遅かったけど、自立したんだ。

 僕らも、もう心配はいらないと思ったんだ。

 自分で物件を探して、自炊して、たまにうちに寄ってくれたりして。本当に家族のようにやっとなれた気がするんだ。


 時々ふと思い出すんだ。あの豪雨の車の中、怜が荒れた海から視線を離そうとしなかった怜の瞳を。


 何を考えていたのだろう。

 僕がもし行かなかったら、どうするつもりだったんだろう、ってね。

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