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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第13章 織田夫妻
181/232

211. 織田夫妻・12

 ———アルバイトは何をやらせても駄目だったな。特に人と関わるのはすぐに辞めるかクビだ。理由を聞くと、家族連れとかを見るとキレそうになるって言っていた。


 その頃は服薬管理は自己管理してもらっていた。時系列がはっきりしないんだが…多分20にはなっていたんじゃないかな。


 ところがその自己管理を怠っていたんだよ、我々の気づかない内にね。「飲んでるよ」と言って、目の前で飲んだフリしてトイレに流していたんだ。


 するとみるみるうちに調子が悪くなった。精神面がね。

 怜が抱えてきた傷というのは、数年で癒えるものではない。それでも、怜は必死に生活して前に進もうとしていたんだ。


 それが、1つの小さな石ころにつまづいたことで、怜なりの現実に気づいてしまったんだ。


『なぜ俺だけが生きている。なぜ俺だけが…。』


 また振り出しに戻る、だ。

 げんなりなんかしないよ。当然のことだと思った。というより、傷ついているのが本当の、リアルな怜であることに変わりは無いと思っていたから、無理して生きているのを見ているのは辛いこともあった。


 自分へ向かっていた【生】への怒りが、外へ向かい始めたのもその頃だ。気に食わないことが少しでもあると物に当たる。

 物に当たるというより、物を大破させるんだ。


 電話機、テレビ、電子レンジ、扇風機、電気……電化製品が多かった、なあ?優子。うん。とにかく周囲にあるものを破壊する。掃き出し窓の窓を破ったこともある。あれは、レンジを投げたんだっけな…?出費がだいぶかさんだ。


 自分の部屋でも暴れる暴れる。その当時はリフォーム前で、家の作りも脆弱だったからね。それに怜も力をつけてきたから、というのもあるんだろう。

 その時だよ、あの大きな2つの穴を開けたのは。

 え?どうやってあんな大きな穴を開けれたのかって?蹴飛ばしてだよ。1人で、素足で蹴り倒してあの大きさになった。足から血を出しても蹴り続けていたよ。その日は放っておいたけどね。


 3年、4年と経つごとに、僕らも怜の扱いがわかりやすくなってきた。怜も僕たちに少し、近づいてくれた。どの辺まで首突っ込むべきか、放っておくべきか、わかってきたんだ。


 怒りが外へ向かって壊しまくるのも、問題といえば問題だが、修復や買い替えはできる。

 しかしそれが自身に向かってしまうと……。


 怜が26歳位だっただろうか…。

 僕と怜が激しい口論になった時、怜が包丁を持ち出した。僕らはもう大丈夫だろうと油断して、包丁などはキッチンに普通に片付けていたんだ。

 いくら空手が得意でも、包丁には歯が立たない。

 どうにか優子を守らなければと思って、僕は彼女の前に居た。そして怜に、あくまでも冷静に語りかけ続けた。『そういう方法ではなく、言葉で解決しよう。僕らは大人じゃないか』というようなことを言っていたと思う。

 怜は包丁を持ったまま腕をダラリと下に向けていた。いつ腕を上げるかわからない。


 しかし怜は、怜にはどんな言葉をかけても同じだったんだよ。怜の怒りの炎に油を注ぐ、口を出すのはその油の存在そのものだったんだ。

 怜はワアーーーっと怒声を上げて……一瞬の出来事だった。怜は自分の手をキッチンの台に置いて、手の甲へ向かって全力で包丁を振り下ろしたんだ。

 勿論周囲は血まみれだ。優子も気丈に振舞っていた。包丁は抜かない方が良いと判断して、夜間救急対応をしてくれる病院へ行くために電話をしたんだ。

 その時気づいた。

 怜は車に乗れないじゃないか…と。

 もう、僕も顔面蒼白になっていたと思うよ。

 結局は救急隊員と医師に来てもらって処置してもらって、助かったんだけど。傷?今でも残っているはずだよ。白くなっているけどね。


 そのことがあってから、やはり怜は車に乗れる方が良いのではないかと優子と話をしていたんだ。今後の人生で自分が使うだけでも生活の質が上がる。行動範囲も広くなるしね。

 車無しで生活できている人も居るが、当時の西脇周辺は辺鄙(へんぴ)な所でね。一家に一台は車があるのが普通だった。


 僕たちは、怜が負傷した後、少し落ち着いてからその話をした。車に慣れた方が便利なんじゃないか、と。

 怜は、一生車に乗ることはない。その前に死ぬから大丈夫だ。とか何とか言っていたけど、僕と優子は至って冷静だった。

 一緒に練習しよう。一緒に。そればかり繰り返していた。


 最後は怜が折れたよ。


 僕たちも怜に負けず劣らず、相当頑固者になっていたんだ。



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