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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第13章 織田夫妻
179/232

209. 織田夫妻・10

 ————それから、だ。怜を連れて児童精神科へ行った。もう児童と呼べる年頃じゃなかったけど、井村医師には以前から世話になっていたから、継続して診てもらっていたんだ。


 井村先生は、また看護師に点滴を指示して、僕らに怜の入院を勧めた。危険な状態だと医師として判断されたんだ。


 でも僕と優子は、断じて怜を死なせないと訴え続けた。

 それに、施設を退所して、僕らの家へ来て、また入院じゃ環境が安定しないんじゃないか、それもストレス要因になるんじゃないか、とか。もう少し服薬効果が出て、環境にも慣れたら変わってくるんじゃないか、とか。僕たちも両親としての心構えをもっと勉強するために、現実には養子や里子ではないけど、親のサポートをしているクラスをみつけてそこで学べることは全力で学んでみるとか……散々駄々をこねた。


 井村医師は、本来なら入院ですよ、と前置きをしながら、全責任をとるおつもりなら、やってみてください。でも織田さん夫妻だけで抱えるのは難しすぎます。我々医療も頼って下さい。福祉のサービスも頼ってください。ケースワーカーに色々聞いてください。状態がもう少しよくなったら、カウンセリングもまた検討しましょう。と言ってくれた。




 ————ありがとうございます、ありがとうございます。って、私泣いちゃったんだけどね、横見たら、私より泣いている夫が居たの。涙ボロボロこぼしちゃって。その時、ああ、この人となら一緒に両親になれる……って漠然と思った。


 けど現実はシビアでね。


 お薬の効果はジワジワと出てきたのが、うちへ来て1ヶ月くらいかな。食事も摂れるようになって、お風呂も自分で入れるようになった。

 ほとんど会話は無かったけどね。

 会話は無かったけど、私や夫は、さりげなく何気なく怜に声をかけていたの。

 私たち、ここに居ますよ…っていうことを伝えたかったのかな。


 話は飛ぶけど、うちへ来て半年くらい経った頃かな。それまで本人の意志もあって、通院以外は引きこもり生活だったの。

 買い物とか、散歩とか、誘ってみても断られてた。

 でも半年後ぐらいにね、突然靴をはいて外へ出ようとしてたのよ。もう、びっくりして、また逃走かと思ってね。その時、夫が居なかったから、私1人で一体どうすればいいのかってパニックになって。


 そしたら、怜が言ったの。


「桜が見たい。」


 それだけ。

 じゃあ私も行くわって急いで準備して、一緒に桜を見に行った。

 怜は無表情だったけど、ずっと桜が風に舞うのを見てた。


「何を思っているの?」


 って聞いたけど、何も答えてくれなかった。

 でもきっと、蓮君とももちゃんのことを考えてたと思う。

 一緒に見た記憶があるのかな?って思ってた。


 私、本当にあの失態は今でも悔やんでいるくらいなんだけど…

 気がついたら、隣に怜がいなくなってたの。


 急いで探し回ったけどいなくて。夫にも電話してすぐ来てもらって、池とか川とか、色んなところを名前を呼びながら探した。見つからないから交番にも押しかけたわ。それでも見つからない。警察の人に「今日は家で休んでください」と言われて、家へ帰ったけど休める筈無かった。

 その時気づいたの。私の鞄が開いてる…財布が無い…ってことに。


 眠れないまま過ごしていたら、植杉さんから電話がかかってきた。


「怜が来ています。」


 と、冷静な声でね。

 とにかく安堵しちゃってね、受話器落としてしまって。


 それで、夫と車で迎えに行くことになったの。

 にじのゆめについたら、植杉さんが笑顔で、「こっちこっち」って。事務室の奥の面談室に私たちを招いてくれて。そこには怜の背中があったわ。


「ついでだから、コーヒー、美味しいの、飲んでいきません?」


 なんて、植杉さん呑気に言うものだから、緊迫していた雰囲気が緩んだのよね。あの人、そういうの上手いじゃない?

 私はてっきり、「何でこんなことになったんですか!」って怒られるかな…なんて想像していたんだけど、植杉さんはね、


「最低でも1回はこういうことがあるんじゃないかと思っていたんです。」


 って、私の耳元で、怜に聞こえないように言ってた。

 それで、私たち夫婦と、植杉さんと、怜で、しばらく面談室で話をしたの。


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