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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第13章 織田夫妻
175/232

205. 織田夫妻・6

 その晩、織田恭太郎邸で、恭太郎が百合華に提案した。


「今日から、早速怜の退所後の生活について話を始めようと思う。それに当たってなんだが、僕が考えたんだけどね。僕や優子が話す。倉木さんは「質問しない」というルールはどうかな、と思ってね。前にやった、質問カードみたいに。一問一答をしていたら、話しが冗長になってしまうから。」


「はい、私はそれでいいと思います。植杉さんの所でもそうでしたから。」


「そうか…なら良かった。じゃ、ビールでも飲みながら話をしようか。」


 恭太郎が冷蔵庫から3つ冷えたビールを持ってきた。その後キャビネットからビールグラスを持ってきた。ビールグラスは丸みがあって可愛くて、そんなところにも恭太郎や優子のこだわりを感じた。

 百合華が驚いたのは、恭太郎が「ビールを」と言った時に真っ先に動いたのは恭太郎だったことだ。一般的には妻がビールとつまみを用意してどうぞ、と出すイメージだったが、この家ではジェンダーロールは無いのかも知れない。


「では、いただきます。」


 3人で乾杯をした。そして恭太郎の話は始まった。



 ————怜が我が家へ来て、部屋に案内した時のことをよく覚えているよ。緊張していたね。そりゃあ、初めての家に入るんだから、誰でも多少なりとも緊張はするだろうけど、怜は顔が引きつっていた。


 正直言って僕も緊張していたよ。きっと優子も…。ね。


 僕は植杉さんや、にじのゆめの施設長から、怜たちが施設に慣れるのにとても時間がかかったと聞いていた。

 だからこの家も、そのつもりで迎え入れたつもりだった。


「ここが、君の部屋になる。自由に使っていいんだよ」


 というようなことを言ったと思う。怜は自分の荷物を持ったまま、部屋に入らず仁王立ちしたままだ。


 不穏な空気が漂っていたよ。怜は躊躇(ちゅうちょ)していた。入るべきか、それとも逃げるべきか…ってね。逃げたがっているのが空気でわかったんだ。


 もし逃げたらどうしよう…そのことばかり僕は考えていた。羽交い締めにでもするか本人が逃げるのを追いかけるか。


 ああ、ちなみに僕、空手黒帯持っているんだ。柔道もかじっていてね、警備員もその経験を活かせってことで親戚に紹介された経緯があるんだけど。まあ、僕のことはいいとして…。


 そしたら、怜は荷物を持っていた手を離して、荷物がボトっと廊下に落ちた。次の瞬間、僕と優子の間を抜けて走って外へ出て行ってしまったんだ。




 —————もう、びっくりしたわ。私は鈍感だから、そこまで怜が逃げたがっているとは思っていなかったの。何故部屋の前でつったってるのかしら?という位にしか思っていなかった。

 私も、


「狭いけど、ゆっくりしてね。」とか声をかけたかしら。


 施設や病院で何度も怜の顔は見ていたけど、あの日の怜の表情は初めて見る表情だったわ。何ていうんだろう…恐怖と驚愕?後悔?それから混乱?

 単純に、


「はい、ありがとうございまーす。」


 とはいかないのは、私もわかっていたけど、まさか初日から否定されるとは思いもしなかった。

 怜は、最初はボーッとその空室を眺めていたと思ったら、段々挙動不審になってきて、それで。走って家を出て行っちゃったのよ。


 夫が怜を追いかけて。「怜君、危ないぞ!どこへ行くんだ」とか言いながらね。私も家を出て一緒に走ったけど途中で疲れてしまって、諦めて2人の逃走劇を見ていたわ。


 しばらくしたら、夫が怜の両肩に腕を回して、歩いて戻ってきた。

 2人ともゼエゼエ息切らしてね。怜も退院して1ヶ月程だったから、体力が充分あった訳では無かったと思うわ。

 夫はこう見えても走るのも早いのよ。怜を連れ戻した夫は、リビングルームにあったソファに怜を座らせた。



 ————優子が冷たい麦茶を2つ出してくれたのを覚えているよ。怜はそれを飲み干したな。「どうして逃げることを選んだ?」と優しく尋ねても何も言わない。環境が変わったら話さなくなるのは覚悟の上だったから、時間がかかるだろうと思っただけで、答えは期待していなかった。

 けどあいつは、もう子どもじゃなかった。怜は、言ったよ。



「蓮とももの思い出すら無い場所に暮らす位なら死んでやる。」

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