204. お弁当
昼休みに屋上庭園で夢子たちに会ったので、しばらく社長宅にお世話になること、今朝社長の【凄い】車に乗ってきたことなどを話した。
再び社長から直接、怜の過去について聞くことができるとなるとだいぶこの調査が進んでいることを意味する。それを察した夢子たちは百合華を労ってくれた。
弁当は今日も優子さん手作りだ。テリヤキチキン、ブロッコリーと豚肉の炒め物、からあげ、アスパラの肉巻き、ゆで卵にレタスなどの飾り野菜だ。やはり肉食系だ。昨晩の夕飯の残り物もあるけれど、朝早く起きて作ったものもあるのだろう。特にからあげ。昨日もからあげは弁当に山盛り入っていた。
「怜さん、からあげ派ですか?」
「派閥があるのかよ。からあげ党だ。」
「なんですかそれ。」
笑いながらも、からあげと怜には何か関係があるのではないかと漠然と思った。からあげは昨晩の夕飯には出てこなかった。そして、まだ2日目の弁当とはいえ、怜はまず最初にからあげを平らげる。昨日もそうだった。たかがからあげ、とはいえ、その背景にあるヒストリーに興味を持った。いつかそんな小さな謎も理解できるようになれば…。
「昨日、上の部屋に泊まったの?」
「ああ、はい。疲れていてすぐ眠ってしまいましたが。」
「じゃ、見てない?」
「見ましたよ、謎のブラックホール2つ。説明したいですか?」
「しないよ。それは自分で調査しろ。」
怜はまた、百合華が食べ始める前に完食していた。相変わらず早い。そこへ桑山が通りすがりのフリをして2人のところへ寄ってきた。
「桑山さん、お昼ご飯食べていますか?」
「食ってるよ、食堂で。」
「ああ、そうなんですか。食堂美味しいですか?」
「まあまあ。いや、結構旨いよ。倉木の弁当には負けると思うけどな。」
「あ、今日のは優子さんの手作りなんです。私は明日から再開する予定です。」
「へえ、そうか。しかしちゃっかり2人並んで食ってる所を見るとカップルにしか見えないな。」
「ちがいますよ。」
桑山の顔を見て怜が言った。今日は怜の黒い髪を優しく撫でる風が吹いている。「ちがう」と否定しながらも、怜の顔は今まで見たこと無いほど柔和な顔をしていた。決して全否定している訳ではないのがわかる。一体何故なのだろう。
「そうか。でも忠告しておいてやるよ。どう見てもカップルにしか見えねえぞ。」
桑山は笑いながら階段へ向かって行った。
「桑山さんはいつも私たちのことをおちょくりますね。」
「趣味なんじゃないか?」
怜が髪をなびかせながら百合華の目を見た。綺麗な瞳だった。距離が離れていてもその目の色の魅力には気がつくのだが、こうして近距離で見ると吸い込まれそうな美しさに圧倒される。
「何?」
怜が聞いた。また余計なことを聞いて怜の傷に触れたく無い。今まで目の色が違うことで虐められてきたことは色んな証言で聞いている。だからそんなに見つめないで欲しい。
「何でも無いです。さて、私もいただきます。優子さんありがとう。………そんなに見ないでくれます?食べにくいんですけど。」
「じゃあ、失敬するよ。」
怜は百合華の弁当の中からからあげを1つつまんで口に入れた。
「あ、ちょっと!」
立ち去り、振り返った怜は笑顔だった。