203. 織田夫妻・5
翌朝から、通勤は社長である織田恭太郎の運転する車の助手席となった。
社長はベンツかBMWと勝手に思い込んでいた百合華だったが、ガレージに置いてあった織田の白色の愛車を見た時は目が点になった。
「びっくりした?これ僕の車。助手席どうぞ。」
「こ、これは何と言う車ですか?」
「ランドクルーザー60というんだ。ランクルって聞いたこと無い?あ、無い?まあとりあえず、乗って頂戴。」
優子が玄関先で「行ってらっしゃ〜い」と手を振る。百合華も手を振り返す。
百合華の車、ラパンに乗る時はひょいと乗れるのだが、ランクル60は労力を必要とした。社長は慣れたように乗っている。
エンジンをかけながら織田が言った。
「僕はね、車が好きでね。特に古い車をメンテナンスして乗るのが大好きなんだよね。このランクル60なんて、レトロでしょう?カクカクしてて、そういう所に愛着を持ってしまってね。昔の車の良いところ…というか今の車に無いものと言うべきかな、それはね……」
会社に着くまでこの話を聞くのだろうか。言っていることの半分くらいがわからない。しかし、カクカクしているのは確かだ。室内空間からも分かる。
そういえば、怜が乗っていた車もカクカクした古い車だった。「社長からのお下がり」と言っていた気がする。
「社長!」
「はい?」
「お話を遮ってしまってすみません、社長は前にボルボという車に乗っていて、怜さんにあげたことがあるのですよね?」
「ああ、ボルボの240エステートね。あれも良い車でしょ、倉木さん乗ったことあるよね?前に大雨降った日に。あれも利便性があって良い車だった。15万キロ位走ってるんじゃないかな、でもまだまだ現役だよ。メンテナンスもばっちりだしね。僕のお気に入りの一台だった。」
「どうして怜さんにあげたんですか?」
「それにも長い話があるんだよ。車の中ではとても話切れない。それで、ランクルの話に戻るけど、このランクル60はね、生産が1980年、つまり怜の誕生年と同じなんだよ、奇遇だろう?だからそういう理由もあって僕はこの車を大事にしているんだ。この車はクラッシックの丸目タイプっていうんだけど、ヘッドライト見た?可愛い目してるんだよ、あとで見てやってちょうだい。それで僕が唯一ね………。」
社長のレトロカー愛は充分伝わった。
百合華は笑顔でうんうんと頷きながらも頭の中は疑問符だらけだった。
結局社長は、織田出版の駐車場に着くまで車への愛を語り続けた。
社長宅へ泊まることになったことは怜も知っている。
弁当はまた作るつもりだったが、新しい宿泊先の勝手もまだわからないし、織田家のキッチンを守る優子との話し合いも必要だと思い、昨晩はお弁当を作らなかった。その代わりに、優子が百合華と怜の分の弁当を作ってくれた。
優子なら、怜の食の好みを百合華以上に知っているだろう。本人に聞いても「なんでもいい」と言われるので、今度優子に聞いてみよう。
昨晩は、一旦タクシーで自分のアパートに寄って最低限の荷物を取った後、織田家に上げてもらった。曲げわっぱの弁当箱もちゃんと持参した。
優子と話しながら弁当づくりするのもきっと楽しいだろう。
その日の昼休み、優子が作ってくれた弁当を怜に渡した。「へえー。」と言って怜は受け取った。何がへえー。なのかわからなかった。
怜の弁当箱の中身は、たくさんの唐揚げとウィンナーと肉団子とちくわの磯辺揚げとサラダだった。肉食系だ。
百合華もそっと弁当箱を開ける。すると小さな旗の楊枝がささっていたり、まるで遠足へ行く子どものようなデコレーションがされていた。白いご飯の怜に対して、百合華はのり弁当になっている。唐揚げも山盛りには入っておらず、どちらかというとサラダの方が目立っている。
怜は怜、百合華は百合華に合うように考えてくれたのか、と思うと優子の配慮に感動した。
(ありがとう、優子さん。いただきます。)
手を合わせていると隣でモゴモゴとごちそうさん、と聞こえた。