202. 織田夫妻・4
織田夫妻の一軒家は、一般の家より大きいが思っていたよりはコンパクトであった。
「もっと豪邸だと思った?」
優子夫人が聞く。
「いえいえとんでもない。」
「僕ら夫婦のモットーは慎ましく生きること。見栄をはらないこと。だから家もそこまで大きなのは望まなかったんだ。僕らは子どもが欲しかったけど、恵まれなかったからその分は広くなっているんだけどね。」
織田夫妻が怜の父母の代わりになりたいと願い出た話は、植杉のところで聞いた。施設を出たばかりの怜の生活が落ち着くまで、この家で怜は過ごしたのだ。
織田夫妻は怜を我が子として、怜は織田夫妻を両親と思えるようになったのだろうか。双方の話の仕方などを聞いていると、とても親密に見える。最初の頃に、バー・オリオンの東マスターが表現していた【ただならぬ関係】とは、疑似家族のことだったのだろうか。
織田の家は白がベースの、洋風の家であった。門扉を開けると、黒いドアが待っていた。セキュリティにはこだわっているようだ。外観からしても、お洒落なバー・オリオンの設計に携わった社長の嗜好が現れている。暗くて見えないが庭は割と広いらしい。きっと妻の優子が手入れをしているのだろう。夜の風に揺れる木々の音が聞こえる。
玄関はコンクリート打ちで、上がり框の間口は広めに取ってある。
「最近リフォームしてるから、結構綺麗でしょう。畳なんかも変えてスッキリしたの。」
優子が言う。
「本当ですね、羨ましいなあ…私は1LDKでこじんまりと暮らしているので」
百合華は苦笑しながらも、織田家の真新しい雰囲気を堪能していた。
「倉木さんに泊まってもらう部屋は、ちょっとした曰く付きなんだ。ごめんね。」
社長が全く悪びれもなくさらっと言う。
「……いわくですか。」
「まあ、見ればわかる。1階は1LKD、2階は3つ部屋がある。2階の部屋のひとつが、曰く付き物件だ。つまり君が滞在する部屋だ。」
社長は笑いながら説明をしていた。
百合華は1階を紹介してもらった。1階のフローリングは濃茶の無垢の木フローリングだった。セントラルキッチンに、リビングルームには革製のソファ。正方形の畳敷の客間は和風に仕上がっていた。
2階へと続く階段を登った。黒のアイアンでできた手すりに、無垢の木の踏み面。
ひとつひとつの設計にこだわりを感じる。
2階にも1階と同じ濃茶のフローリングで作られた廊下があり、3ヶ所にドアが設置されていた。
階段を登って右手、廊下の奥を見て、社長が言った。
「あっちが僕らの寝室だ。」
廊下の左端にある部屋を指して、
「僕の書斎。」
そして残された正面の部屋を指して、
「曰く付き物件。」
最後は笑いながら言った。
「では、曰く付き物件を倉木さんに見てもらいましょうよ。」
「なんだか、怖いですね…。」
「大丈夫大丈夫。オバケとかじゃないから。」
「リフォーム済みのこんな綺麗な家で、本当に曰くがついている部屋があるのですか…?」
「ああ、見ればわかるよ。じゃあ、ドアを開けてみて。」
百合華はドアを開けて息を飲んだ。
「………。」
「凄いだろ?リフォームの時どうするか迷ったんだけどね、記念に取っておくことにしたんだよ。」
百合華が目にした部屋の、正面と左側の壁には直径70センチ位の大きな穴が空いていた。
「これは……。」
「穂積怜の置き土産だ。」
「ええ〜、凄いですね…ある意味。」
「色んな思い出が詰まっている部屋なんだ。だからスウィートルームを用意してあげられなくてごめんね。もし嫌だったら下の和室でもいいんだよ。」
社長は優しく声をかけた。
「全く問題ありません。怜さんの生き様の詰まったこの部屋で過ごさせてください。」
「今の君ならそう言うと思ったよ。前の倉木百合華さんだったらどうかわからないけどね。」
「そんなに変わりました?私。」
「目に見えるように。」
優子が目を細めて言った。