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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第13章 織田夫妻
171/232

201. 織田夫妻・3

 その日の晩3人は新生活を祝して、バー・オリオンで一杯を傾けることになった。


 いつも夢子や美由紀たちと飲んでいた丸テーブルは今日は空いている。皆それぞれ、生活が変わっていっているのだ。自分だけではない。少し切なかったが、また皆で集まって馬鹿話ができる日は必ず来ると確信していた。


 織田恭太郎はいつもカウンターで酒を飲む。早速ちょび髭店長こと、マスター・東と談笑している。優子はその隣に座った。百合華は優子の隣の席を選んだ。


「じゃあ、とりあえずの黒ビールでいいかな。」


 社長が百合華を見て言った。


「はい。黒ビールで!」


「あなた結構飲むわよね。」


 優子が笑いながら言う。


「そうなんですよ。あ、以前怜さんに【ゴッドファーザー】というお酒の作り方を聞いていたお陰で、今回の調査で命拾いしたこともあったんです。」


「ゴッドファーザー?凄い名前ね。命拾いってどういうこと?」


「どうしても弥生さんの世田山時代が知りたくて調査した時に出会ったスナックのママにがその時代の弥生さんのことを知っていたのですが、教える代わりに美味しい酒を作ってみろって言うので、なんとなく覚えていた手順で【ゴッドファーザー】を作ったんです。」


「うまくできたの?」


「味は……うん。普通ね。って言われました。」


 優子が上を向いて笑う。


「でもなんとか情報にありつけたんですよ。ゴッドファーザー以外作り方知らないから、怜さんに聞いていて良かったと思って…。」


「どこで教えてもらったの?」


 優子は早速届いていた黒ビールを飲みながら、少し悪戯っぽく聞いた。


「それはその……怜さんの部屋で。」


「やっぱり。」


「やっぱりってどういうことだ?」


 恭太郎が入ってきた。


「なんだ、君たちは…いや、倉木さんと怜はもうそういう関係なのか…!」


「あ、いえいえいえいえいえいえ、違います!」


「え、違うの?」


 優子が実に残念そうな声を出す。


「正直に言いますと、怜さんとは私の部屋で一緒にDVDを鑑賞したこともありますし、怜さんの部屋でお酒を飲んだこともあります。だいたい口論になるんですけどね…」


「お互いの部屋を行き来してるのね!」


「ええ、一応……でも、決してそれ以上の関係では無いんです。」


「そう?」


「はい。前に、怜さんにはっきり言われました。『今は恋愛とかは無理』だと。」


「それはあなたの為に言っただけね。」


 優子が言い、恭太郎が頷く。


「どういうことですか?」


「彼は人付き合いが上手く無い。どうしても人を傷つける言動をしてしまう。今までの失敗体験のせいで、新しくて深い人間関係を作ることに臆病になっているんだよ。」


「ずっと…そうなんですか?38の今までずっと。」


「うん、彼に根付いてしまった部分は私たちには変えられなかったわ。」


 するとバー・オリオンに怜が入ってきた。待ち合わせ等ではなく、何気なく飲みに入った…という雰囲気だ。


「おや、噂をすれば影だ。ここに呼んでもいいかい?倉木さん。」


「もちろん、大丈夫です。」


 社長は右手を軽くあげ、「怜!」と低い声で呼んだ。

 バーはガヤガヤとうるさかったが、怜にはその声が聞こえたらしい。こちらに向かって歩いて来る。


「皆さん、お揃いで。」


 怜はとてもテンションが低い挨拶をして、おしぼりで手を拭く。


「どうした、活気が無いぞ。」


「この状況でどうしろと?ろくに情報を知らない倉木の前で俺はどう振る舞えば良いんだよ。」


「いつも通りでいいじゃない。あ、今日から倉木さんはうちのあの部屋に泊まってもらうことになったから。」


「泊まる!?泊まってまで話し込むのか…なんか怖いな。」


「別に悪口言う訳じゃ無いんですから、いいじゃないですか。」


「たまに悪口はさむんだろ、特に、()()。」


「何言ってるんですか。むしろ今だって、怜さんのおかげで助かったという話をしていたんですから。ゴッドファーザーの話なんですけど、聞きたいですか?」


「ところで怜。あなた、倉木さんに怜さんって呼ばれているの?」


 優子の探究心は盛り上がるばかりだ。


「プライベートでは……」


「プライベートって、あなたたちにはONとOFFがあるの?で、恋愛関係は無い。ふっしぎねえ〜。」


 優子は奇天烈な怪物に出会ったような目で怜と百合華を見比べていた。


「他には何か隠し事は無いの?」


 優子は目を細めて2人を見る。


「ないよ。」


 つっけんどんな返答を怜がする。


「髪を切ってやったって言ってたよな?倉木さんが、怜の。」


恭太郎が会話に入ってきた。


「ええー!」


「そうなんです、中々の腕前だと自分では思ったんですけど、怜さんの反応は薄すぎてびっくりしました。」


「他には他には?」


「まあ…これは紆余曲折があったんですけど、怜さんにお弁当を作っています。曲げわっぱって知っています?和風のお弁当箱。あれのLサイズに大盛り入れています。」


「そんなことまで言わなくてもいいだろ…」


 怜は呆れているが、優子は興味津々だ。


「お弁当まで作っちゃって!!へえ〜、嬉しいサプライズの連続だわ。他にもある?」


「この間、五谷で知り合った夫婦の奥さんの方に、怜さんの写真をLINEで送ってみたんです。どうしても見てみたいと言うので、無表情な正面写真を。」


「そしたら…?」


「電話かかってきて、信じられないくらいイケメンだからアナタは不幸になればいいって言われました。もちろん彼女は冗談で言っていたんですけどね。今度実物を見たいって言ってましたよ。」


「なんだよその話。」


 怜はおっとりとビールを飲んでいる。

 恭太郎は興味が無さそうに振舞っているが、興味が身体中から溢れているのがわかる。


「いつか実現、するといいわね。」


 優子はニコリ、と、グラスを怜と百合華に傾けた。

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