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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第2章 平日
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17. 職場

 なんだかんだ言って、週末は心が落ち着かなかった。本当に今日から穂積怜が、織田出版(おりたしゅっぱん)3階編集室で一緒に仕事をするのだろうか。


 通勤のため、最寄駅で夢子と合流する。


 夢子が「ついに週が明けましたね、なんか緊張するんだけど!」

 開口一番、百合華と同じ心境を吐露(とろ)した。


「私もまだ信じられないんだよね。でも会社へ行けば否応無しにわかるよ。落ち着いて出社しよう。」


 自分を励ますように百合華は小さな声で(ささや)いた。


 織田出版の3階に着くと、いつもと変わらぬ雑多なデスクが並んだいつもの編集室だった。女子会メンバーや他の同僚もほとんどが既に出社している。


 百合華が自分のデスクに着こうとすると、課長の桑山が部屋に入ってきた。



「えー、皆居るかな。突然の報告となって申し訳ないが、今日からうちの編集部で3人の社員が増えることとなった。高齢者向けの地域密着歴史本が好調だから、それを中年、若年層向けにも増刷していこうというプロジェクトも待っている。それらを英語に訳したり、インターネットで配信したり、電話対応するのがうちらの役目だ。で……あれ?新人たちがいないじゃないか。おい、笹本、見てきてくれ。」


 桑山は顎で編集室のドアを指し、男性社員笹本がドアを開けた。



 —————穂積怜がそこに居た。


 先頭に、ぶっきらぼうに立っている。

 穂積怜が部屋に入らないから、後続の新人たちも部屋に入れず困惑していた様子が見受けられる。



「そんなところで突っ立ってないで、入れ。」桑山が声をかけると、穂積怜は頭をぶつけないよう少し頭を下げて部屋に入ってきた。

 それがお辞儀をしているように見えなくもなかったが、あれは絶対お辞儀ではない、と百合華は思っていた。


 部屋に入ってきた新人は、穂積怜を入れて3人。女性1人に男性2人だ。

 それぞれ簡潔に自己紹介をすることとなった。


「あー、順番は、坂上さん、あんたからにしてくれ。続いて神保君、最後に穂積君の順番で。」


 桑山の指示は的確だった。穂積怜が最初に自己紹介になったら、沈黙で皆の仕事が始まらない。そもそも何故、穂積怜は部屋の外で1番前を陣取っていたのか。穂積怜らしく、1番後ろでそっけなく突っ立っている方が似合っているのに。もしかして、彼なりのやる気を見せつけられたのか。百合華は顎に手を当て、不思議に思った。


坂上由紀(さかがみゆき)、24歳です。わからないことだらけなので、教えていただけると助かります。これから宜しくお願い致します。」


 新人達の自己紹介のために、彼らに自然に近づいていた編集部の人々から拍手が起こった。

「若いね!」「宜しく!」「何でも聞いてね!」など、声があがる。


 次に、真ん中に立っていた青年の番が来た。少し緊張しているようだ。


神保正樹(じんぼまさき)、22歳です。…以前から携わりたかった出版社に勤めさせていただくことになりました。大学は東洋大学、英文科卒です。英会話より文法の方が得意ですが、皆さんの力になれるよう精一杯努力します!」


 まるで面接のような迫真のスピーチだったが、同僚諸君からはどっと拍手が起こった。「よ!男前!」「文法だけでも助かるよ!」と合いの手が入る。

 男前とは言い得て妙で、童顔だが全てのパーツがくっきりとしたかわいらしい顔をしている。背も高い。これはモテるだろう。ミーハーのまりりんを見てみると既に満面の笑みを浮かべていた。


 そして心配の穂積怜の番がやってきた。案の定、沈黙が広がる。


「穂積君、君の番だ。」自分のデスクに腰掛けていた桑山が声をかけた。


 そこから5秒程の間が空いて、穂積怜は軽く咳払いをした。


「穂積怜です。年齢は38。他の仕事をしていましたが縁があってここに配属されました、宜しくお願いします」


 編集部は拍手で埋もれた。

「あれ?バーテンの人ですよね?」「ハーフですか、英語ばっちりですか?」「身長は何センチですか?」

 あまり職業と関係の無い質問が飛び交うが、穂積怜は下を向いたまま何も答えなかった。


 穂積怜は他の仕事と言った。バーテンダーの仕事は辞めるのだろうか?


 ……………それより重大事項があるではないか…!百合華は変な汗をかいた。穂積怜は、38歳だって??


 私たち女子会メンバーより一回り年上?


 せめて5歳くらい上だと思っていたのに、10歳近くも違うだなんて…。女子会メンバーの顔を覗くと皆、(はなは)だしく驚いていた。夢子がこちらを見てきた。「え?」という表情で。


 こんなに年相応感が無い人間が存在するとは…。穂積怜には幾度と無く驚かされる。


 自己紹介が終わると、新人3人を含む全社員のデスク配置を桑山が指示した。担当するプロジェクトが近い人が集まるよう、全体的に席替えをすることにしたようだ。

 席替えなんて、小・中学生を思い出す。懐かしいなあ…と百合華は思っていたら聞き間違えたのか、百合華の次に穂積、という桑山の声が聞こえた。


 まさかね…と思いながら、自分の指示された席にデスクを動かす。数々の資料や雑誌や本、辞典、パソコン、その他諸々が乗っているデスクを動かさせるとは、桑山はとぼけた顔して朝からハードボイルドだ。自分は席を移さなくていいからって呑気なものですね…百合華はせっせと席を動かした。


 桑山も最小限の移動で済むよう計算していたらしい。皆がごった返す事はなく、元々の位置から何席か移動すれば済むようになっていた。それにしても重労働だ。


 百合華は無事、3席分くらい前に移動した。乱れてしまった机の上を整理していると、ヒョイと机を持ち上げて穂積怜が近寄ってきた。無論机の上には鞄以外物は置いていない。楽でいいですね…と思ったら本当に百合華の右隣にデスクを設置した。


 青春ドラマじゃあるまいし…

 心中苦笑する百合華だったが、これが現実だと気づいた瞬間雄叫びを上げそうになった。


 穂積怜と、こんなに近くで仕事しなきゃいけないの……!?



 スマホが震えた。ライン着信だ。

「仕事にならなくない?(笑)」まりりんからだ。

 まりりんの顔を見て、しかめっ面を見せたらまりりんはぷっと吹き出した。


 こんな形で、穂積怜との同僚としての日々はスタートした。

 これから起こることなど誰1人として知る事もなく。


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