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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第12章 現代
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197. お願い

 火曜日の通勤はいつも通りの通勤となった。

 夢子が百合華の体調を心配していたが、「大丈夫大丈夫!」と返事しておいた。

 大丈夫じゃ無いことは夢子もわかっているだろう。それでも陰ながら応援してくれている夢子や、美由紀、まりりんと正樹には感謝している。


 昼休みに入り、屋上庭園へ行くとまりりんと正樹が近づいてきた。

 まりりんと正樹の結婚式の予定の目処(めど)がたったらしい。約3ヶ月後だ。久々の朗報に、百合華はまりりんを抱きしめて祝福した。


「結婚式、穂積さん来て欲しいんだけど、来てくれるんすかねえ」


 正樹が心配していた。


「多分来てくれるんじゃない?神保正樹君の為ならば!」


 百合華は(おど)けて言った。戯け癖は植杉のが伝染したのだろうか。


 屋上庭園は、最初の頃より緑が増え、逞しく育っている。屋上という過酷な環境の中、ここまで保たれているのは社長夫人、優子の手入れのおかげだろう。



 怜が屋上庭園に上がって来た。すでに口に煙草を咥えている…。


「ちょっと穂積さん!」


 百合華が近づいた。


「はい?」


「お弁当作ってくるって言ったじゃないですか。何で煙草なんですか。」


「ああ、そうだった。」


 それを聞いていた桑山が、わざとらしくニヤニヤと笑いながら煙をはいている。


「桑山さん、昨日は突然の有給許可していただいてありがとうございました。助かりました。でもそのニヤニヤは何ですか?」


「いや、何でも無いよ。」


 相変わらずニヤつきながら煙草を吸う。


「じゃあ、これ。美味しいので食べてください。」


「美味しいのにが前提か。面白いな。」


「昨晩味見しているので、保証付です。」


 はい、これ。と言って、百合華はバンダナに巻かれた曲げわっぱの弁当を怜に渡した。少し指先が触れた。3秒くらいだろうか、触れ続けた。怜は指を引かない。


「ありがとう。いただくよ。」


「一緒に食べても良いですか。」


「競争するか?」


「しませんよ。」


「じゃ、いつもの場所に移動するか。」


「はい。」


 桑山の軽い


「いってらっしゃ〜い。」


 の声を背後に、怜と百合華は、喫煙所と反対側にある落ち着いたスペースへ移動した。


「なんかお前、元気無いな。」


 怜がバンダナをめくりながら言った。


「そうですか?普通ですけど……」


「そうとは思えないけどね。まあいいや。いただきます。」


 怜はいつも通り、百合華が弁当を開く前に自分の弁当を平らげた。


「確かに美味かった。ごちそうさん。」


「保証したでしょう?」


 百合華の目には涙が溜まっていた。


「え?」


 怜は驚いて挙動不審になっていた。


「何か悪いこと言ったっけ?」


「いえ、別に…、埃が目に入っただけですから。」


「いや……だってそれ…」


 百合華は弁当を抱きしめるような形で顔を伏せた。一度涙が溢れるとそれが止まらなくなってしまった。誰にも気づかれたくなくて、声を殺して泣いた。


「昨日有給突然取ったのって…」


「にじのゆめ、行って来ました。夕涼み会の後、植杉さんにお会いして…」


「そうか。俺が先にアポ取っといたから話しやすかっただろ、感謝しろ。」


「植杉さんはどれ位話を端折(はしょ)っていたかはわからない。でも、退所する所まで、聞いて来ました。」


 百合華は背中を震わせていた。


「そうか。」


 怜は咳払いをした。


「でも、ここで泣くなよ、俺が泣かせたみたいじゃないか。」


「怜さん、ありがとうございます。生きていてくれて。」


「バカだなお前は。俺は今でも生きることに特別な感情は無いって言っただろ。」


「それでも、まだ怜さんのこと、まだわからないことがあります。」


 百合華は深呼吸をして、ハンカチで目元を拭いた。


「お願いがあるんです。ルール違反をさせて下さい。」


「そんなお願いあるかよ。」


「織田夫妻にもう一度だけ、話を聞きたいんです。」


「他を当たれよ。ルールはルールだろ。」


「織田夫妻にしかわからないことを、夫妻に聞きたいんです。」


「うーん………」


 怜は腕を組んで下を向いている。


「お前、本当に案外しぶといな。もっと早くに心折れてギブアップするかと思ってたのに。」


「そんなこと、考えたこともありません。」


「お前が知っていた世界とは正反対の世界だろ?」


「そうですね。」


「それでもまだ、続けたいか。心が(むしば)まれていく感覚は無いのか?」


「大丈夫です。私は、怜さんのことを理解した上で、軽率な態度を取ってしまったことを謝りたい。そして自分も変わっていきたい。その目標は今も変わっていません。」


「覚えてるか?俺が入社した頃、お前は俺にこう聞いたんだ。兄弟はいるんですか?早食い競争に出たかったんでしょう?バーテン何故やめちゃったんですか?そして、『小さな頃の思い出で一番思い入れがあることって何ですか?』だ。」


「今思うと無神経にもほどがありますよね。」


「その後、罵声を浴びせた俺自身も今は反省しているけど、その時はなんで他人にそこまで詮索されなきゃいけないんだって怒りが爆発してしまったんだ。」


「はい……。」


「でもここまで、徹底的に調査するとは思ってもなかった。」


「はい……。」


「………織田夫妻と話すことは、俺は許可するよ。心()るなよ。」


「ありがとうございます!あっ、あと…。」


「ん?」


「植杉さんが、会いに来て欲しいって言ってましたよ。」


「いつも行こうとは思うんだけど中々時間がないんだ。」


「それから…。」


「なんだよ。」


「スマホで写真撮ってもいいですか?」


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