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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第11章 過去・2
163/232

193. 20年前・4

 電車に揺られて【にじのゆめ】の事を考えるだけで手に汗を握った。電車はゆっくりと進んでいく。視界がぐらぐら揺れている気がする。息が浅くなっていく。


「怜君、どうした?大丈夫かい?」


 織田が聞いた。


「電車にもあまり良い思い出が無くて。それ以上に、施設に帰る事を考えると緊張する。」


「緊張?」


「俺が1人でにじのゆめに戻るっていうことに、俺は耐えられるか…わからない。」


「辛かったら、自分で解決しようとしないで全てさらけ出していいわ。あなたがにじのゆめを卒業したいと言ったのは勇気ある決断だもの。誰が何と言おうと、あなたは凄いわ。」


 怜を真ん中に挟んで織田夫妻は座っていた。

 優子は怜の汗ばんだ背中をそっと撫でていた。


 電車はにじのゆめに最寄の駅についた。ここから20分ほど歩かなければならない。優子は怜の手を握っていた。怜は振りほどかず、強く握り返してきた。


 怜の横を歩いていて、優子は気づいた。入院中に、この子、背が高くなっている。

 優子が怜の色素の薄い瞳を見上げていると、怜が不思議そうに優子を見下ろした。


「怜君、あなた、背高くなったね。」


「………そう?」


「そういえばそうだな。身体は健康的になった。見違えるようだ。」


「どこまで大きくなっちゃうんだろうね、もう180位あるでしょう」


「僕より5cm高い位だなあ。それ以上高くなると、あちこちで頭ぶつけるぞ。」


 何気ない話をしていたら20分はあっという間だった。


 にじのゆめが見えてきた途端、怜は電信柱の影に身を隠した。突然の行動に織田夫妻は驚いたが、優子と繋がれているその手はまだ離されていない。


「………こ、怖い。やっぱり、怖いな。」


 怜が自嘲するような声を出した。


「ここには、君の色んな思い出が詰まっているもんな。辛いよな。怖いよな。」


 恭太郎は怜の両肩を掴んで言った。


「どうする。怜君、君自身が決めることだ。」


 怜は無言を貫く。

 夫妻は答えを急かさず、落ち着いた様子で待った。


「行く。」


 怜は電信柱の影から身を乗り出し、にじのゆめへ足を進めた。

 少しだけ足が(すく)む。でも先程ほどの恐怖感は無い。


 にじのゆめの正門あたりには誰もいない。正門は怜を迎えるように大きく開かれている。


 気づくと怜は深呼吸をしていた。まだ緊張しているのかも知れない。


 怜は、優子と繋いでいた手をそっとほどいた。

 そしてスローモーションのように、正門を通り抜け、施設内に入った。


「あっ、怜にいちゃん!」

「ほんとだほんとだー!」


 幼児組が丁度、幼児用の遊び場で自由に遊んでいた。


 汗が吹き出した。


 小学生組ももう帰宅していたらしい。ユニットの窓を叩いて怜の名前を叫んでいた。あの事件があった時、ももは小学校1年生だった。新しいランドセルを背負って……


 めまいがしてきた。

 両手を両膝に置く。息を大きく吐いて、男子ユニット【らいおん】を目指した。


 織田夫妻は怜の後ろをついて歩く。

 先に施設についていた植杉は、事務室の大窓から怜の姿を見守っていた。


【らいおん】は2階にあるため、階段を登る。手すりに捕まって、一段一段、早くなる鼓動と共に。


【らいおん】に着くと、仲間たちが居た。しかし何があったのか知っている仲間たちはかける言葉が見つからなかったらしい。「おかえり…」1人が言ったのをスタートに、消え入るような声で「おかえり…」が何度か続いた。

 そして男子ユニットの仲間たちは、そっと部屋を出た。どう振舞って良いのかわからなかったのだろう。


 そこは蓮との思い出が沢山詰まった部屋だった。


 一緒に虐められ、一緒に励まし合い、一緒に乗り越え、一緒に笑った。



「蓮………。」


 声を出すと同時に雨粒のような涙が怜の目から降りだした。




「蓮ーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」



 部屋の外で見ていた織田夫妻、恭太郎と優子も涙を流していた。


 怜は今、1人であるということが現実であるということを目の当たりにしていた。その壁に全速力で正面衝突していた。

 誰もクッションにはなれなかった。


 怜の心は、血まみれだった。

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