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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第2章 平日
16/232

16. 自慢話

 翌日。


 気がついたら朝の9時半だった。


 外は、昨晩の暴風雨が嘘のように晴れている。暖かい3月の下旬だった。


 百合華はベッドから出ると、洗面所で顔を洗った。昨日の酔いは残っていないらしい。お酒は好きだが、二日酔いは勘弁。今日はラッキー、いや、今日もラッキー、かな。百合華は昨日の出来事を思い出すと、多幸感(たこうかん)に包まれた。


 軽く朝ごはんを済ますと、時計の針は10時を過ぎたところだった。そろそろLINE入れてもいいかな。


 百合華は鞄からスマホを出した。待ち受け画面が現れた時、ギョッとした。この穂積怜の後ろ姿の写真、見られていなくて本当に良かった…。

 LINEの前に画面を変えておこう。悔しいけど穂積怜の後ろ姿の写真は削除して、無難な白に水色の水玉模様の待ち受けを選んだ。


 女子会メンバーのグループLINEのトークルームを開く。

 まずは心配をかけた夢子に一応謝っておこう。「夢子、昨日はごめん!」

 既読が次々とついていく。皆のんびりと過ごしているらしい。


 夢子——無事だったの?心配したよ 


 百合華——無事でした!ありがとう〜


 まりりん——なに?なんの話い?


 百合華——もしよかったら今日、駅前のカフェで皆でランチしない?


 全員の賛同を得たので、12時に待ち合わせをしてランチタイムに自慢話をすることにした。


 西脇市はここ数年で勢いよく開発が進んでいる。特に駅周辺は一新されており、『無いものは無い』とよく言われている場所だ。

 カフェも沢山あるが、女子会メンバーが利用するカフェは決まっている。テラス席もあり、ランチメニューも豊富な、ドラマに出てきそうなお洒落なカフェだ。


 百合華は張り切って12時より少し早めにカフェに着いた。メンバーも次々合流したので、店内に入った。いつも通り混雑していたが、注文口に並び何を頼もうかそれぞれ考えている。

 百合華はコーヒーと、フォカッチャとシーザーサラダと今日のスープのヘルシーメニューを注文した。


 5名が座れる席が空いたので急いで場所取りをして、それぞれ注文したプレートを机に置いた。


「それで、さっきのは何の話だったの?」


 まりりんが気になって仕方がないみたいだ。よしよし、食いついてきた。


「昨日私、スマホをオリオンに忘れて来ちゃったの。」


「あらあら。」


 口数の少ない美由紀が反応した。


「それでね…そのスマホを1人で猛ダッシュで取りに戻ったの。」


 コーヒーを飲みながら百合華は昨日の出来事を説明した。…なぜ、そこまで焦って取りにいかなければならなかったのかも。


「ええー!百合華、穂積怜を待ち受けにしてたの??」


 まりりんが声を張った。それはそうだろう、そのことを知っている夢子以外のまりりん、美由紀、宏美は空いた口が塞がらないような顔で百合華を見ている。


「ちがうの、ちがうの。誤解しないで。彼の正面写真とかじゃなくて、ある日たまたま、彼がカウンター内で後ろを向いていて…証明の具合とか、お酒が並んでる感じとか…穂積怜の立ち姿とか全部ひっくるめて絵になるなあ…と思って…机の下で何枚か……。」


「ロック画面の待ち受けでしょ?あたしはうちの猫ちゃんだよ?」


 まりりんが大笑いしながら言った。一通り笑われる覚悟は出来ていた。その苦痛を乗り越えさえすれば、彼と過ごした時間を自慢できる。笑われるのは居心地が悪かったが、百合華も引きつった笑いで皆に合わせた。



「よりによって百合華がそういうことするとはね。」


「私なんか甥っ子の写真だよ?」


「私は綺麗なカクテルの写真…」


「私はみんなと記念に撮ったやつだよ〜」


 4人そろってクスクス笑い続ける。


「ちょっと見せてよ。」



 夢子が意地悪な目でからかいながら百合華の痛いところを刺激してくる。ただ、百合華はこの展開を予想していた。その写真は悲しいことに削除してある。


「ごめんなさいねー、もう消しちゃった。」


「なんだ、つまらない。」


 すると夢子が「そういえば…」と何かを思い出した様だ。


「昨日、終電逃したでしょ?タクシーで帰ったの?」


「実は…穂積怜の車で送ってもらったの」


 全員の顔が驚愕の表情に変わった。勝った。先ほどまでの苦痛に耐えた甲斐があった。この時をずっと百合華は待っていたのだ。


 それから昨日あったことを順を追って説明した。スマホを無事見られずに見つけた後、Mr.Brownellとの英会話レッスンを受けていたのを見学したこと、その卒業式に参加したこと、先生とのお別れのシーンに立ち会えたこと…そして大ニュースとして、社長が週明けから穂積怜が我らが3階編集室に配属されること。


「信じられない!!穂積怜の車で帰ったなんて嫉妬の嵐!」


「それもそうだけど週明けからウチのとこ来るって急展開!」


「そんなの桑山さんも言ってなかったよねえ?」


「社長のやり方が、斬新過ぎる!」



 メンバーたちが知らなかった衝撃の事実を入力することによって、百合華の優越感はみるみるうちに膨張していった。


 私はあなた達より、一歩、いや、二歩くらいリードしているのよ。



「じゃあ、週明けが楽しみだね!同僚かー!あの穂積怜と。」


「バーテンの仕事はどうするんだろうね?」


「もしかしてお金に困っててダブルワークするとか?」


「それはもう、穂積怜のみぞ知る、だね。」


「月曜に聞いてみるよ。教えてくれるんじゃない?」


 百合華はそう言った。

 ちょっと嫌味になっちゃったかしら。百合華はそう思いながらも百合華の達成感は満たされた。どうせ月曜に穂積怜に聞いたところで無視されそうだけど、皆の手前、見栄を張ってしまった。


「いいなあ、その雰囲気。聞けたらまた教えて〜。」


「オッケーです。」


 食べては喋りを繰り返していたので、一通り話が終わる頃には皆完食していた。その日は4人で少しだけ買い物をして別れた。


 週明け。考えるだけで胸が弾む。その日に向けて、英気を養おう。

 残りの週末は、新しく『何かが』開拓されていくであろう週明けの日々に向けてゆっくりと過ごすことにした。

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