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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第11章 過去・2
159/232

189. 21年前・17

 怜の栄養点滴はやがて、経腸栄養補給を経て、経口栄養へと進む段階に移っていた。体力の回復とともに、空腹感も少しずつ戻ってきた。最初は粥のようなご飯と少量と軽いおかずが出された。


 罪悪感に苛まれる。食べることは生きることだ。

 怜はまだ、生きることに執着は全く無かった。思うことはただ1つ、蓮とももの温もりを再度確認したいだけだった。


 するとカウンセラーの小林が病室に入ってきた。


「もしかして、点滴以来初めてのご飯、かな?」


 怜は何も言わない。


「座ってもいい?」


 怜は反応しなかったが、小林は面会者用の丸椅子に座った。


「本当言うと、君とキャッチボールがしたくてね、この間ソフトボールを持って行ったんだ。」


「でもキャッチボールは気が向いた時にしよう。なんでも後回しにしていいんだ。」


「ただし、食事は別だよ、怜君。君は17年間、闘い続けた。その苦悩を本当の意味で理解できるのは君しかいない。確かに君が頑張れたのは、小さな弟と妹がいたからかも知れない。弟蓮君、妹ももちゃんは、衰弱していくお兄ちゃんを見たいかな。どう思う?」


「…………。」


 怜は何も答えられなかった。わからないからだ。


「僕にもわからない。本人じゃないからね。人間は他人の事をテレパシーとか使ってわかる訳じゃないんだ。1つ質問がしたいんだ。怜君は、自分が死んだら蓮君とももちゃんに会える、そう思っているのかい?」


「……………。」


 怜に自覚は無かった。しかし、不覚にも涙が一筋、溢れ出した。





「うるさい!黙れっ!!俺の事何も知らないくせに、偉そうにわかったような口聞くんじゃねーよっ!」




 怜は初めて喋った、いや、叫んだ。同時に目の前のベッドサイドテーブルに置いてあったお盆をなぎ倒した。

 隣のベッドの住人との境にあるカーテンに、粥などがぶちまけられた。


 看護師たちが集まってきて後始末をしている。


「辛いことを聞いてしまったね。確かに僕は偉そうに見えるかも知れないよね。君のことも何も分かっていないんだと思う。わかっていると思うけど、君が苦しんでいる理由は、君が混乱してしまう理由は、病気のせいでもあるんだ。」



「……病気?」


「そうだよ。人は風邪をひく。心も風邪を引くんだ。心が風邪を引くと、物事を辛い方向にしか考えられなくなる。身体の風邪と同じように、休養と、栄養と、服薬が必要なんだ。」


「…………。」



「世界のどこを探しても、穂積怜君という人は、僕の目の前にいる君しかいない。君がいなくなったら悲しむ人はいるんだよ。」



「いるもんか!俺達は3人で生きてきた。お前みたいに会って間も無いやつに同情なんかされたくない。」


 怜はテーブルを叩きながらも、涙が止まらなかった。


「いるよ。会って1日だろうが、大事な人が居なくなるのは辛い。」


 井村医師もかけつけた。やりとりを見守っている。


「死後の世界は僕にはわからない、残念ながらね。」



「俺が…死んだら、俺が……蓮や…ももに……会えないって言いたいのかよ。」


「それは僕にはわからないんだ。でもこの世界から君は消える。それだけはわかるんだよ。」


「君の心は今、病気になっている。まずその病気を治してから、次のことを考えてみないかい?身体の風邪だって、高熱が出てたら数学の問題を解こうなんて思えないだろう?」


「俺は病気なんかじゃない。」


「怜君は病気じゃないと思うんだね。」


「そうだよ。正気だ。勝手に決めつけるな。」


「僕は、カウンセラーと言って、君の心の苦しさを聞いて、少しでも軽くするのが仕事だ。だから君が病気だって断言はできない。断言できるのは、そこにいる君の主治医の先生、井村先生だよ。」


 井村医師は怜に近づき、そっと腕に手を添えた。


「あなたの気持ちがいつも不安定なのも、混乱してしまうのも、真っ白になったり、怒りに満たされてしまうのも、誰とも話したく無い気持ちになってしまうのも、涙が止まらなくなってしまうのも……そして死を意識してしまうのも、それは心が疲れているからなの。

心が疲れる程のことをあなたは体験してきた。あなたの人生は今は真っ暗かも知れない、けれど、疲れをとってあげれば一筋の光が見えてくると思う。今できることを、しましょう。穂積怜君。あなたは今生きている。それは悪いことでは無いの。」


 井村医師は他の患者に聞こえないように、怜の耳元で小声で語った。


 怜はテーブルに突っ伏して泣いた。

 井村医師が背中を撫でる。


 俺は生きていていいんだろうか……

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