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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第11章 過去・2
156/232

186. 21年前・14

 カウンセリングは困難を極めた。とにかく怜は喋らないのだ。週に1回、1回50分のセッションで、一言も話さない。カウンセラーも、怜が話すまでは余計な声はかけないでいた。同情や心配の声は十二分に聞いてきただろう。担当の小林荘介(こばやししょうすけ)はただただ、待った。


 毎回お互い無言だった。主治医の井村医師からは、どれだけ時間をかけても構わない、怜の方から話はじめるまで待っていてもいいと許可を得ている。

 この調子なら、年単位でかかるかな。小林は黙考していた。



 主治医の井村もまた、頭を抱えていた。このケースは悲劇の衝撃が強過ぎる。特に17歳という多感で脆弱な精神には。通常の外来であれば、投薬の種類を考え、調整しつつ患者の様子を看る。しかし怜の場合、処方をしたとしてもそれを素直に服薬するとは思えない。


 注射で一時的な興奮を抑えることもできるが、信頼関係を築くにあたって無理矢理力づくで怜をコントロールすることは避けたかった。特に、虐待を体験してきた怜に強制的なことはしたくなかった。


 しかし……喋らない人間を喋らせる薬は無い。

 断食は今もなお続いているという。もう10日程が経つ。栄養点滴にしても上手くいっていない。どうしたら、投薬管理ができるというのか。

 少しでも抗うつ薬や抗不安薬を投与できれば、怜自身少しは楽になるかも知れないのだが…問題は、方法だ。



 植杉は、怜に会う時は極力明るい声をかけるようにしている。何気ないことを一方的に語っている。独り言のようだが、その時の怜の反応を見逃さないようにしようと努力している。しかし、怜は反応しない。

 本物の、魂の抜けた人間とはこういう人間を指すのではないか…。怜が拒む【生】の世界へ、引き上げてやりたい。怜と話す時は笑顔でいる植杉だったが、帰宅すると毎回涙が出た。自分を責めて、透明なナイフで自分を何度も何度も刺すのだ。


—————


 断食が続くので、流石に見守る限界が来た。井村医師が当直の夜、怜が眠っている際に目覚めないように睡眠薬の注射剤を使用し、怜が目覚めないのを確認してからTPNという中心静脈栄養で、【多量の栄養を与える】ということとなった。そもそも体力の低下で怜は暴れられる状態では無いが、万が一暴れた時は看護師が押さえつけなければならない。それは怜にとって恐怖になるだろう。

 睡眠薬注射とTPNの併用で、体力が回復するまで栄養補給をするということが第一目標となった。


 井村医師が当直の晩、作戦は実行されることとなった。

 怜は悪夢を見ているのか、汗をかいてうなされているが入眠している様子だ。

 井村医師はそっと怜の静脈に睡眠薬を注射をした。男性看護師が、担当の森崎を始め2人、同室に待機していた。

 鎖骨下の静脈部にルートを確保し、先端部を中心静脈に留置する。最初は少量から始め、徐々に量を増やし、最後は徐々に量を減らすというのがTPNの手順だ。

 心配なのは、TPNは24時間かけて投与しなければならない。怜が無理矢理外すことが無いのを祈るばかりだった。



 カウンセラーの小林は、自分の年齢…28歳であることを思い出した。年は離れているが、怜の兄としてはあり得る年齢である。

 擬似兄弟になってみる。怜に兄は居ないのは幸いだ、辛いことを思い出す必要が無い。会話は後回しでいい。明日、のセッションにソフトボールを持参しようと決めた。

 


織田恭太郎は、怜の亡霊のような姿が目から離れなかった。自分より大事な命である弟と妹を亡くしたのだ。その苦悶は想像を絶する。

 怜のことを何も知らないが、どうも気になって仕方がない少年だった。事件に遭遇したことだけが理由だろうか?それともあの、絶望をたたえる瞳が理由だろうか?



優子に少年の名前、穂積怜という名前を告げた時、優子は顔を真っ青にして怜の母親は優子の幼少期の知人だと聞いた時は驚いたが、それは黙っているつもりだという優子の意志に賛成した。

あの絶望の中にいる少年に、母親の情報は要らない。

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