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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第11章 過去・2
155/232

185. 21年前・13

 ナースステーションから最寄りの個室の部屋から出たのは1週間ほど経ってからだった。


 大部屋…4人部屋へ移動した。怜は絶食を貫いた。栄養補給の為の点滴をしてもすぐに針を抜いてしまうのだ。


 怜は抜け殻になった。全てを失った抜け殻になった。


 毎晩のように悪夢にうなされ、眠れない為段々憔悴していった。

 トイレにも行けず、ベッドで漏らしてしまう。おむつを履くことになった。


 風呂にも入らない為、清拭をしようとすると、かけ布団を被って拒絶する。


 かと思えば、突然怒り出して身の回りのものを叫びながら投げつけたりしていた。誰からもらったのか知らないバスケットに入った枯れかけの花も犠牲になった。


 そして怜は過去の一時期のように、喋ることを一切辞めてしまった。


 医師から身体機能は回復に向かっていると言われたが、生活に適応ができていない。怜は病棟移動となった。


 ———児童精神科


 この県立総合医療センターの児童精神科は地域でも評判が良く、偏見は少ない。敷居の低い精神科である理由として、子どもの不定愁訴(ふていしゅうしょ)も大事に尊重する医者が居る病棟として有名である。


 その有名な医者の名は、井村陽子。児童精神科病棟のベテランの女医だ。

 その井村が、怜の主治医となった。担当看護師は森崎祐樹。中堅で人当たりの良い男性看護師だ。


 治療方針としては、カウンセリングと薬物療法で怜の精神的な症状を落ち着かせ、日常生活に適応できるようにすること。


 しかしこのケースは方針通りに行くとは、井村医師は思っていなかった。困難を極める患児であろう。


 病院は、怜の『家庭』として、児童養護施設にじのゆめ理事長の植杉が希望したこともあって、【にじのゆめ】を対象としていた。


 植杉は事件が起こったことを知った時、自身も生を断とうかと悩んだ程自分を責めた。しかし、逃げは何も生まない。残された怜のことは、責任を持って守る。

 そう誓って、怜の家族として入院後も最大限のフォローをすることを決めていた。家族扱いだったので、入院当初から面会はできたが、事件のことを思い出してからの怜は廃人同様であった。


「お前に責任は無いんだよ、怜…。全ては僕の責任だ。判断を誤った。僕が責任者として失敗したんだ。本当に申し訳ないよ、怜。許してくれなんて言わない。僕を恨んでくれ。怜は何も悪く無い。僕を、恨んでくれ…。」


 何を話しかけても怜は無言であった。


 児童精神科へ移動してからも、植杉は毎日面会に行って一方通行の会話をして帰った。


 ある日、植杉がたまたま受付に居た時、見知らぬ男が、「以前…その……親子心中に巻き込まれて生き延びた男の子の面会をしたい。」と、小さな声で受付の者に話しかけていた。

 おそらく怜のことを言っているのだろう。しかし誰だろう。


「失礼ですが、どなたですか?」


 植杉は声をかけた。


「第一発見者の者です。その後の、あの少年の状態が気になってしまって…。あなたは?」


「そうですか。私は彼が暮らしていた施設の理事長をしております、植杉と申します。」


 2人は名刺を交換した。


「現在は、怜の家族としてここへ毎日通っているのですが、精神面の病状が(かんば)しくなく、児童精神科に入院しています。一緒に面会に行きますか?」


「それはありがたい。宜しくお願いします。」


(精神科?)と思いながらも、織田は植杉に付いて行った。


 植杉は病室へ向かいながら話した。


「あの少年は、怜というのですが、施設にいたということからお分かりいただけるように複雑な事情を抱えておりました。心中の際、虐待をしていた母親と、怜が誰より大事にしていた弟と妹が亡くなりました。今話したことはプライベートな情報ですが、面会するにあたって、そのあたりのご配慮願えますでしょうか。」


 織田は衝撃を受けた。やはり生き残ったのはあの少年だけだったのだ。


「わかりました。私は彼の顔さえ見れれば、それで。深入りするつもりはありません、ご安心下さい。」


「ありがとうございます。病棟はこちらです。」


 2人は怜の居る個室をノックして部屋に入った。


「怜、今日はお客さんだよ。」


「こんにちは。」

 織田はトーンを落として言った。


 怜の顔を見て織田恭太郎は驚いた。生きているのに、死んでいる。目の焦点が合っていない。もちろん恭太郎の存在にも気がつかない。


「怜。織田恭太郎さんだ。良い名前だよね。花を持ってきてくれたよ。男が選んだ花って感じだけどね。へへ。」


 植杉はカーテンを開けながら明るく怜に声をかけていた。


「怜君、はじめまして。僕は織田恭太郎です。花は、ここでいいかな。あまり趣味が良く無い花で、ごめんね。」


「花を持ってきてくれる人がいるなんて、いいなあ、怜は。」


「怜君、もし君さえ良かったら、僕はまたお見舞いに来たいんだけど、いいかな…?」


 恭太郎が言った。なぜ言ってしまったのか自分でもわからない。しかし怜の姿を見て、安心して帰るつもりが正反対の結果になっているからであろう。

 植杉も少し驚いている様子だ。


 怜には反応が無い。


「また、来るね。今日は会ってくれてありがとう。では、植杉さん、これで失礼します。」


 織田はそう言って部屋を出て行った。


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