表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第11章 過去・2
150/232

180. 21年前・8

 織田恭太郎(おりたきょうたろう)は親戚の紹介で会社の警備員をしていた。


 家から車で45分はかかる場所に会社はある。少し遠いが文句は言えない。


 その日は夜間の警備であった。仕事の巡回ルートは決まっている。懐中電灯を照らして各部屋を定期的に回る。


 本当は、幼少期からの夢である【本屋さんの社長】になりたかったが、起業をするにも資金が足らず、結局紹介してもらった警備員の仕事を続けている。


 その日もいつも通り、部屋を渡り歩いては変化が無いか確認をしていた。いつも通りの仕事。それでも恭太郎は毎回抜かりなくこなしていた。そしていつも通り、帰宅したら酒を飲みながら妻に愚痴る予定だ。小さくても良いから本屋の社長になりたい、と。


 コツコツコツ…と恭太郎の足音が廊下に響く。いつもの事だ。静寂の中、聞こえてくるのは波の音と、自分の靴音だけだ。


 次の瞬間、恭太郎は腰を抜かしそうになった。外から爆発音のような音が聞こえてきたのだ。

 いや、爆発ではない。何か金属製の重たい物が海に落ちたような音のように思える。波の飛沫(しぶき)の音が聞こえたのではないか…?しかし一体、何が。


 自分の仕事の管轄外だったが、恭太郎は懐中電灯を持ったまま外へ駆け出した。


 恭太郎が警備をしている会社から海までの距離は数メートルしかない。海へ向かって懐中電灯を照らしながらまっしぐらに走った。


 周辺は真っ暗だ。恭太郎は懐中電灯を海へ向けた。どこを向けても特に何も見つからない。まんべんなく照らしたが、金属製のものなど見当たらなかった。気のせいだったか…?一旦会社に戻ろうとした。


 しかし恭太郎は胸騒ぎがした。静寂の中、あの大きな音。周囲に人がいる様子は無い。人間の悪戯(いたずら)であれほど大きな音を出すことはできないだろう。やはり気のせいでは無い。


 恭太郎は一旦会社に走り、もっと大きな懐中電灯を持って海へ戻った。照射範囲も照射強度も先ほどのものとは全く違う。


 広範囲を照射するライトは何かの影を捉えた。生き物か…?まさかこんな所に(くじら)など出るはずは無い。鯨よりも小さい?何だ。よく見ると若干ライトの光が反射して煌めいて見える。角?角ばったものに見える。

 角ばった金属製の物………恭太郎はギョッとして、コンクリートの地面に這い、より詳細を見れるようにした。するとライトの先に数字のようなものが見える。数字までは読めないが……ナンバープレートだ。



 間違いない、これは、自動車だ。



 恭太郎は海の中で溺れている人は居ないか光を右に左に振って探したが、人の姿は見えない。人は車の中に居るのだろうか?


 この状況をコントロールできるのは自分1人しか居ないということに気づかされ、恭太郎の心臓は激しく波打った。


 恭太郎は会社に戻り、休憩中であった同僚に事情を説明した。そして電話を取り、119番を押した。事件性がある旨を伝えたので、警察も押しかけてくるだろう。

 きっと数時間後には、ここは人でいっぱいになる。

 恭太郎は、最悪の事態では無いことを祈った。


 焦って待っていると時間が長く感じる。まだかまだかと待っていると、やっと救急車がやってきた。同時にトラックに乗せられたクレーン車も来た。パトカーも数台やってきた。


 懐中電灯とは比較にならない照射力のあるライトで警察が車を確認した。

「間違いない、引っ張り出そう。」


 クレーン車はトラックを降り、海の近くで作業を始めた。


 織田は第一発見者として事情聴取を受けた。最初は爆発かと思ったこと、次に飛沫があがったことを思い出したこと、ライトで照らすとナンバープレートのようなものが見えたことなど、全てを話した。


 クレーン車が引き上げた車は、ゴミや藻屑をまとった日産の古い型のサニーだった。窓が全て10センチ位開けられており、車の中は水でいっぱいだったが、クレーンが車を持ち上げると一部の窓が割れ、滝のように水が溢れ出てきた。


 ………中に人がいる。


 恭太郎は恐ろしくてあまり凝視したくなかったが、生気(せいき)の無い大人の女性の長い髪がうようよ動いているのが見えてしまった。


 クレーン車は日産車をコンクリートの地面に下ろし、すぐに救急隊員の救命活動が始まった。

 中から出てきたのは30代前半の女性と、3人の子どもだった。


「親子心中だな、こりゃ。」警察の声が聞こえた。


 救急隊員は4人の脈を確認したが全員脈は取れなかったらしい。しかし、隊員たちは1番年長の少年を優先して心肺蘇生法を試みていた。生きている見込みがあるのだろうか?救急の知識が無い恭太郎にはよくわからなかった。


 4人のうち、蘇生法が施されていた男児以外は救急車に乗せられ、運ばれていった。


 そして数分後、その10代と思しき少年が大量の水を吐き出した。救急隊員たちに歓声が上がった。そしてすぐに酸素マスクをあてがわれ、毛布に包まれて救急車に乗せられた。「急患で神山県立総合医療センターへ搬送」という声が救急車の中から聞こえた。恭太郎がよく知っている病院だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ