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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第11章 過去・2
148/232

178. 21年前・6

 大笑いをしたあと、母親の弥生は急に黙り込んだ。


「ついて来いよ。」


 と言い残したきり、何も。


 4人は電車に乗り、隣の西脇市で下車した。怜は母親の考えていることがわからなかった。どこへ行くのだろう。故郷である五谷は反対方向なのに…。


 黙ったままの弥生に、3きょうだいはついて行った。駅を出てタクシーに乗り、どこか近くにレンタカー屋は無いかと尋ねている。

 運転手はありますよ、と言ってレンタカー屋へと4人を運んだ。


 古くて小さなレンタカー屋では、70代くらいのおじいさんが店主をしていた。レンタカー屋に来るということは車を借りるのだろう。知らない街をドライブして、新生活の場所でも見て回るつもりだろうか…?

 弥生は免許証を見せて、何か書類を書いている。母親が免許証を持っていることを怜は知らなかった。


 レンタルした車は古い日産の車だった。

 車の運転に慣れていないのか、弥生のハンドルさばきは危険極まりないものだった。何度も後方や対向の車にクラクションを鳴らされた。その度に弥生は舌打ちをして悪態をついた。


 街を1時間ほどドライブしていた。弥生は目的地を言わないが、誰も聞けない。怜は初めて見る景色を車窓から見つめていた。綾谷市もそれなりに栄えてきていたが、西脇市も負けじと栄えているように見えた。遠くに山が見える。生まれ育った五谷市からも見えていた山だ。太陽は山に沈みかけていた。


 蓮とももはもっとあからさまにドライブを楽しんでいた。あっ!あの店知ってる!だの、コマーシャルで見たお店だ〜!だの。

 喋ったら弥生に怒鳴られるかと思い、怜はヒヤヒヤしていたが、弥生は案外何も言わなかった。慣れない運転で精一杯だったのかも知れない。


 いつの間にか、海産物を扱うオフィスや工場などが並ぶ埠頭に来ていた。ここに何か用事があるのだろうか、弥生の行動が怜には読めなかった。海の潮の匂いが鼻を突く。


 周りをみると、漁業、水産業関連と思しきが工場が多くあった。他にも日本でチェーン展開している有名な缶詰や冷凍食品を扱う大きな工場なども見られた。建物は全体的にグレーで、コンクリート作りで同じような格好をしていた。

 ヘッドライトで照らされている地面もコンクリートの平面が広がっている。


 何も無い所へ来た理由は?怜が考えている時だった。弥生が突然車を、海とコンクリートの陸地との境目へ直角となるように向けて車を動かした。


 そして、そこから弥生を後ろを振り返って、急発進で50mほどバックした。そこで怜は確信して、足元がすくんだ。血の気がサーっとなくなっていくのが自分でもわかった。気づいているのは怜だけだ。蓮とももは海の音に関心が向いている。





「母さん…駄目だよ。」


 怜は言った。


「まだこれからの人生があるじゃないか。」


 弥生は何も言わない。聞こえているのかもわからない。

 怜は怒鳴った。


「蓮とももを巻き込むな。1人が嫌なら俺だけでいいだろ!


 すると弥生が叫んだ。


「黙ってろ!偉そうなこと言ってんじゃないよ!」


 冗談じゃない。偉そうなんかじゃない。正気じゃない。怜はなんとかこの事態を回避することだけを考えたいが、恐怖と混乱で頭が回らない。




「母さん…1度でいいから、俺たちの母さんになってくれないか?」



「あ?何言ってんだよ?」



「1度でいいから、母親らしく振る舞えって言ってんだよ!」



「うるさいね。」


 弥生の声は落ち着いていた。すると弥生は思い切りアクセルを踏み込んだ。タイヤが空回りしてキューっと音を立てる。すぐに車は前進し、海へ向かって出せる限りのスピードを出して走って行った。


 蓮とももは何事か理解できず、固まっていた。

 怜は、蓮とももの2人をぎゅっと抱きしめた。強く抱きしめた。絶対に離さない。絶対に。

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