表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第11章 過去・2
147/232

177. 21年前・5

 案の定だ。ほんの少しでも期待した自分が憎くて憎くて、大暴れしたかった。怜のはらわたは煮えたぎるのと同時に、あまりの恐怖に凍てついた。


 面接が始まって1週間後からそれは始まった。

 弥生が面談室の椅子に座って、にこやかに田沼ともう1人の職員、そして怜と蓮に語りかけている最中に、机の下でメモを怜と蓮に見せつけてくるのだ。


 喋りながら、笑いながら、脅す。全く器用な女だと怜は思った。


 机の下のメモは、こんな文言から始まった。


『喋らなかったらももを殺す』


 怜と蓮が怯えた様子で言葉を話さないことを、職員に不自然と見られる。弥生はそう考えたのだろう。とにかく喋れ、と脅してきたのだ。それにしても、ももを引き合いに出すとは、本当に根性が腐っている。わかりきっていたのに、信じてしまった自分を攻め続ける怜であった。


 そのうち脅し文句は過剰になっていき、怜と蓮は楽しそうに、嬉しそうに演技をすることを強要されるようになった。


 たかがメモの脅迫だ。しかし弥生ならやりかねないのが恐ろしかった。


 田沼ももう1人の職員も、穂積家の滑稽(こっけい)な演技には気づいてくれなかった。


 時が経ち、対処へ向けての生活訓練を始めようという提案が田沼から出された。

 怜はこれ以上弥生には近づきたくなかったが、拒むと何をされるかわからない。

 一層のこと、演技を貫き通して、施設を出たあとにきょうだいで逃げることを考えることの方が現実的なのではないかとすら思えてきた。


 退所後どうするかは別として、生活訓練は田沼や他の職員の協力のもと進められた。ここでも予想通り、恫喝、威嚇、暴言の嵐だった。職員の前だと聖人の如く変化する。自分も同じようにしなければ、退所後に逃げる前に殺されると思った。怜は、蓮に弥生と同じように行動するよう告げた。ももは小さすぎてまだ状況を理解できていなかった。


 特に蓮は日中は一生懸命、母親を真似た。職員と喋る時は楽しそうに嬉しそうに母親と接する。今自分は幸せであることをアピールする。それでももを守っているつもりであった。


 しかし蓮もまた、まだ幼かった。

 夜中に騒ぎ回る夜驚症という症状に苦しまされた。本人の意志ではどうにもならない。日中の負荷が、蓮をそうさせていると思うと怜は悲しくて仕方がなかった。夜驚症は薬を処方されて落ち着いた。


 脅され続け、このような生活が3年程経過した。怜は17歳になっていた。中学卒業後、高校へは経済的な理由で進学できず、就職先もまだ決まっていなかった。


 職員たちは『もう穂積家は大丈夫』というスタンスだ。全然大丈夫じゃない。しかし怜はもう無気力になっていた。疑ってくれる人なんていない。危機を察知してくれる人なんて、いないんだ。


 そしてあっという間に退所日が来た。

 施設の皆でお祝いをし、見送ってくれた。これから地獄が始まるというのに……。最後の最後まで演技をしなければならなかった。


 施設を出ると、弥生は嬉しそうに怜と蓮とももを交互に見つめながら「よかったね」「嬉しいね」と言っていた。まだ背後に見送りがいたからだ。


 見送る職員や子ども達が全員施設内に戻ったことを確認すると


「悪くなかったよ、あんたたちの演技」


 と、弥生は笑い始めた。


 わかっていたんだ。

 知っていたんだ。

 でも望みって何だろう。


 弥生の本性は、弥生の本当の笑いは、こっちの方だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ