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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第11章 過去・2
146/232

176. 24年前・4

 怜は中学に進学した。小学校にまともに通わなかった割には学校の成績は良かった。蓮も元気に小学校に通っている。ももはだいぶ言葉も覚えて生意気も言うようになった。施設では年齢の枠を超えての交流が普通にあったので、ももにはいつも会っていた。怜にとってかわいい自慢の妹だ。


 怜が中学2年生に進学した頃に事件は起こった。

 突然、行方不明であった母親、弥生が施設に現れたのだ。


 とは言っても、施設は簡単に門扉を開かない。すると弥生は施設を大きな声で罵倒し始めた。

 毎日続く弥生の罵声が耳に届く度に、怜と蓮は耳を塞いでいた。



 頼むから消えてくれ……


 心の底から願った。


「どうにかするから安心してね…」


 職員も気を遣ってくれている。


「絶対に入れないで。」


 蓮が言った。

 怜も蓮も、施設に入って2年程経ったくらいから喋るようになった。


 折角慣れてきた施設生活を、また弥生の気まぐれで破壊されるなんてまっぴらごめんだ。怜は眠る前、明日は来ませんようにと願ってばかりだった。


 ある時ぴったり来るのがやみ、喜んでいた所、今度は違う方向から攻めてきた。キャラクター変更だ。


「どんなに謝っても、開けちゃだめだ。入れたらだめだ。」


「わかってるよ、怜。我々職員も充分警戒してるからね。」


 しかしその職員の言葉も虚しく、弥生は施設侵入に成功した。人の心を魅了するスキルをあいつは持っている。今回も誰かがほだされたのだろう…。


 弥生が施設に入ったという知らせを聞いてから、絶望ばかりを怜は感じていた。

 蓮にしてもそうだったらしい。あいつは、ゲームを楽しんでいる。ゴールは怜と蓮とももの奪還(だっかん)だ。


 しかし、田沼という職員が週1で弥生の相手をすることになったという報告を聞いて、少しほっとした。そのうち諦めて帰ってくれると、きょうだいは信じるしかなかった。


 田沼職員や、施設長、他の職員から、弥生がいかに変わったかを何度も聞いた。


 ある時は職員と面接形式で、ある時は怜たちの部屋でリラックスしながら、弥生が今までのことを反省し、今後新しい人生を再開したいと思っていることを伝えてきたのだ。


 そんなの嘘だ。

 あのおんなが、そんなこと、できるはずがない。


「そんなこと信じたらダメだ!あいつは嘘しかつかない!!」


 ある日怜は状況説明に来た男性職員に叫んだ。

 すると職員は感情をあらわにした。


「信じるか信じないかは確かに君たちの問題だ。でも、母親に『あいつ』は無いだろう。それに嘘ばかりだとどう証明できる?本当に変わったのかも知れないじゃないか。そっちの可能性は少しも信じられないのか?」


「信じられない。信じたらダメだ。絶対に信じたらダメだ。」


「そうやって、怜に思わせることを弥生さんはやってきた。それは確かに罪だと僕は思う。でも人は変われるんだよ?僕は沢山、変わってきた人を見てきた。現実に、君たちきょうだいだって、変化しているじゃないか。人は、変われるんだよ…。」


(それでも信じたらだめだ…。)


 話にならないと思って、怜はその後、職員の状況説明は話半分で聞いていた。

 すると、田沼がやってきて、弥生と直接会うことを打診してきた。とんでもない。妙なことを言い出すおばさんだ、と怜は思った。


 その日からは職員の態度は、怜と蓮が弥生に安心して会えるように説得する日々となった。信じたら負けだと思っていた怜の感情が少しだけ揺さぶられた。大人の全員が、弥生は変わったから安心だと言うのだ。


 面会日誌のようなものも見せてもらった。面会して1日目から、もらった当日までの会話の記録が詳細に載っている。田沼が記録していたらしい。

 それを何度も読み返した。蓮にも見せたが、まだ難しい漢字があり、何度も教えてやらなければならなかった。


 面会日誌の内容を信じるとしたら……もしかしたら安全なのかも知れない。本当に変わったのかも知れない。そうじゃなかったら、あいつはこんなこと言わない…という言葉の羅列だった。


「れい、おれ母さんに会ってみたい……」


 蓮のその言葉で、会うことになった。面会時の職員も1人増やして、他の職員も見守るから大丈夫だと施設長は言った。


 そして久々に会った弥生は見た目が真逆になっていた。これは真の姿か偽りか。14歳の怜には見極められなかった。


 弥生は


「会いたかった…」


と涙をぬぐいながら、怜と蓮を抱きしめた。そして面談室の床で土下座して


「ごめんなさい。ごめんなさい。」


と泣きながら謝罪を繰り返した。怜と蓮は文字通り固まってしまった。これをどう受け止めて良いのかわからず、頭が真っ白になっていた。


 優しい母さんになっているのか…?一瞬頭をよぎったが、怜はその考えを振り払った。そんなことあるものか。でも、ほんの少しだけは、嬉しかったのは事実だった。

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