174. 26年前・2
児童養護施設【にじのゆめ】には、蓮とももと一緒に入所した。ももは【うさぎ】と呼ばれる乳幼児用のユニットに入った。まだ1歳だった。怜はももが1歳だと思う度に、貧乏ながらもきょうだいだけで自家製誕生日パーティーをし損ねたことを思い出し胸が痛む。
怜と蓮は、【らいおん】と呼ばれるユニットに入ることになった。怜たちを含めて10名くらいの男子が共同生活をするらしい。
共同生活なんて冗談じゃない、怜は思った。
今まで通り3人だけで暮らしたい、と周囲の大人に訴えた。しかし「この施設にはルールがあって、それぞれのお部屋が決まっているのよ。それを変えることはできないの。」と言われる。
怜は発狂しそうだった。知らないやつらと一緒に生活するなんて。
前に居た児童相談所という所の職員は、「安全で自由だ」と言っていたのに、どうして他の男子と住むことが安全なんだ。共同生活なんて、聞いてない!
怜は怒りを感じていた。
怜は蓮に耳打ちをした。「何があっても喋るのはやめよう、そしたらもしかしたらこの施設から出られるかも知れない。」
「わかった。約束だよ。」蓮は言った。
「約束だ。」
入所してから数日は、あてがわれた部屋の隅で固まっていた。
早速、同じ部屋の同居人からは「ガイジンが来た」「ガイジンまじ怖ええ」という歓迎の挨拶を受けていた。
それは学校でも良く言われていた事だったので、怜も蓮も、別段気にしなかった。
怜と蓮の反応が薄いのが気に食わないのか、先住者たちの暴言はエスカレートしていった。
「おいコラそこのクソガイジン、無視してんじゃねえぞ」
「おいガイジン、てめえの目、バケモンみたいな色してんな。」
「てめえらコラ、ガイジンだから日本語わからねえのかよ!」
「おい、そこのチビ不良、赤い髪の毛クルクルパーで良く似合ってんぞ。」
怜は、蓮が暴言を吐かれる時は胸が傷んだが、それでも2人は先住者達の洗礼は受け流した。暴言くらい、軽くかわせるような免疫力が2人には既についていたのだ。
ただ喧嘩や口論になるのはエネルギーの無駄だと今までの経験で身に沁みていたので、反撃はしなかっただけであった。
児童相談所で保護され、この施設に来てから助かったのは、学校の給食をちゃんと1人分食べられるようになったことだ。
夕飯が用意される。それはきょうだいにとって大きな変化だった。
怜と蓮は、施設の近くの小学校に転入した。
新しい学校でも、もちろん洗礼は待っていた。しかし2人は少しも傷つかなかった。
2人が着ていた服は、きょうだいが支え合って生き抜いてきた証として、手放すことを頑なに拒んだ。職員がせめて洗濯だけでも、と言っても、無視した。その代わりたまに自分で洗面所で洗い、ベランダで干した。
そういう行為も先住者には滑稽に見えたらしく、干しているシャツをまた汚されたりしたこともある。怜はめげずに何度でも洗って干した。
怜が着ていた白いTシャツは、ノースリーブのようになっていた。怜の洗濯で縦に伸びていたおかげで臍は見えていなかった。
履いていたジーパンは、膝の下くらいになっていた。しかし怜も蓮も細身の身体をしていたので、継続して着ることはできていた。
彼らが服を新品に変えたのは、もはや着るのに限界が来た約1年後だった。
そのうちに、【らいおん】ユニットのボス格の人物が、きょうだい2人をサンドバッグにするという提案をした。ただし職員に見つかる場所は絶対傷つけないというルールがあった。
怜も蓮も、体罰には、暴力には、慣れていた。
怜は暴力を受ける時、痛みを緩和させる方法を自己流で編み出していたので、ほとんどの場合苦痛を感じる程の暴力ではなかった。
しかし蓮は体が小さいので、体格が全然違う男子からの直接攻撃は痛かったようで顔をしかめることもあった。しかし加害者も一応ある程度の加減はしていたらしいので泣くことは無かった。
ある時、怜は蓮に言った。
「ここでは大人は助けてくれない。期待するな。それから、あいつらの攻撃は多分もっと酷くなっていく。多分そろそろあいつらの怒りのピークだ。だから何をされるかわからない。でも、それを耐えればあいつらは諦める。おれはそのことに自信があるよ。だから、どんなに辛くても負けるな。おれ達は強い、そうだろ?」
「わかったよ。おれ、何があっても絶対泣かない。」