173. 26年前
怜は11歳の誕生日を迎えた頃、児童相談所に一時保護された。
(保護って何だよ…母さんが、おれ達が家から居なくなったことを知ったら本当に殺されてしまうかも知れないじゃないか。今まで何でも言うことを聞いてきたのに、これは反逆になってしまうんじゃないか。保護っていっても、ちょっとだけ預かってあとは世間にポイなんじゃないのか…。)
(万引きなんて考えた自分がバカだった。しかも、相沢を巻き込むなんて、サイテーだ。最低の、最低だ。せっかく今までずっと良くしてきてくれたのに。相沢だけがおれを人間として扱ってくれたのに。こんな仕打ちをしてしまうなんて。最低だ。)
怜は、児童相談所で色んな人たちに優しい声をかけられた。学校とは違った。学校では担任の先生や、他にも色んな先生が気遣ってくれていたけど、怜は、沢山いる生徒の中の1人でしかなかった。
ここでは、怜だけを見て、怜の目だけを見て、ゆっくりじっくり話を聞いてくれる人がいる。
「無理に話さなくていいよ。怜君が話したくなったら、何でもいい。怜君の話したい事を話せば良い。」
このセリフを何度も聞いた。
その度に怜は思った。
(それじゃあ、おれは何もしゃべらない。)
言葉ではなんとでも言える。「君は焦らなくていいんだよ。」「ここは安全な場所だから大丈夫だよ。」「もう自由なんだよ。」
でもしょせん、他人は他人だ。どうやって信用しろっていうんだ。
怜は沈黙を守った。
ご飯だけは、とても美味しかった。
数ヶ月、その場所で暮らした。相変わらず喋ることは徹底して拒んだ。
どこにどんな敵が混ざっているか、わからない。
母さんと繋がってる人がいないとは言えないんだ。
そう思いながら暮らしていた怜は、違う施設に引っ越しをすると突然言われた。
そこでは家のように長い間過ごせると聞いた。
もうどうでもいい。
どこでどうやって暮らそうが、何もかもがどうでもよくなっていた。




