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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第10章 職員
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171. 植杉・8

「ああ、うまかった。うまかったでしょ?ね?ここの子ども達が羨ましくなっちゃった?あはは。」


 植杉はまだ笑顔が絶えない。立ち上がってお腹をぽんっと叩いた。60代半ばと思われる年齢なのに少しもお腹が出ていない。


「本当、美味しかったです。ごちそうさまでした。」


「うーん、ちょっと喋り疲れたな、少し休憩しようか。いい?」


「勿論です。少しお庭を見せてもらっても良いですか?」


「いいよいいよ。どうぞどうぞ。じゃあ、30分くらいもらっていい?」


「はい。じゃあ、30分後位に、またここで。」


 百合華は少し庭を回って、植杉の話を頭の中で整理していた。今の所疑問符ばかりが頭をよぎる。弥生がそんなに良い人に変化するだなんて。


 あっという間に30分が過ぎたので、面談室に戻る。植杉の姿はまだ無い。大窓から庭の姿を眺めていると、


「いやあ〜ごめんなさいね〜。これ、おいしいコーヒー。さっきの峯岸さんが淹れてくれたハンドドリップね。ホットだけど、いい?」


 笑いながら2つのカップソーサーを持って歩いて来た。コーヒーの香りが部屋に広がった。


「ありがとうございます。お話沢山していただいているので、お疲れですよね。もしもう少しお休みが必要でしたら…」


「いや、もう大丈夫大丈夫。倉木さんもリフレッシュできたかな?」


「はい。お庭もかわいく整備されているんですね。」


「そうだよ、全部DIYだけどね。じゃあ、続きといきますか?」


「お願いします…。」



 ————生活訓練はなかなか軌道に乗らなかったようだよ。その時も田沼さんが訓練日誌というのを書いていてくれたから記録が残っていてね。

 ただ、この日誌とかは本当にプライベートな記録だから持ち出しやコピーはできないんだ、ごめんね。


 訓練日誌でも、田沼さんや他職員が、弥生さんと息子達の生活で発見したことや気になることを記録してくれていたんだ。……あ、この時はももちゃんも参加してたや。そうだそうだ。まだ小さかったけどね。


 生活訓練では、次男坊の蓮が泣いたり、夜中にうなされたり、精神的に不安定になっていたらしい。特に夜の夜驚症という症状が(ひど)かったらしいんだ。それでも弥生は優しく介抱していた様子だった。確か…職員間では、環境が変わったからかな?って話していたと思うよ。


 怜はどうだったろう…。あまり覚えてないなあ。そんなに変化は無かったのかも知れない。日誌が今ここにあればわかるんだけどね、今はすぐに出せない所に保管してあるものだから、ごめんね。


 ももは、弥生さんに可愛がられてた印象が強いなあ〜、末っ子だし、かわいかったんじゃないかな。かわいい盛りだったと思うなあ。僕も可愛い子だなあーって思ったよ。髪の毛が金髪に近くてね。肌は真っ白なんだけどほっぺはぷにぷにでピンクなんだよね。よく覚えてるよ。


 蓮の症状が落ち着くまでにしばらく時間がかかったから、そんなに早く訓練は進まなかったけど、一進一退で頑張ってたと思うよ。


 僕は当時、他にも福祉施設をあちこち見て回ってるから、常時ここに居たわけじゃないんだけど、ここへ来るたびに気になってたのはやっぱり穂積家だった。

 職員も気にしていたよ、穂積家は。


 そうそう、それで、蓮の夜驚症が酷くて本人もちゃんと眠れないから辛いし、他の部屋の子も怖がっちゃって、生活に支障が出てきてたから、提携のお医者さんから睡眠を安定させる薬を出してもらったんだよ。いわゆる睡眠薬とは違ったと思うんだけど。

 それで症状は(おさま)ったって聞いた気がする。


 記憶が曖昧でうまく説明できなくてごめんね。


 まあ、それから3年か4年くらいかな。うちで生活訓練受けてもらって、田沼さんを筆頭に、他の職員も、穂積家はもう大丈夫って判断がおりた。

 僕も理事長として許可したよ。何度か生活を見させてもらったけど、問題無いと思ったからね。


 それが最大の失敗に繋がったんだ。

 僕は、壁を叩くどころじゃない。もう福祉事業全てやめて、人生も諦めようかと思う事件に発展してしまったんだ。



 穂積弥生が、子供ら連れて自分も一緒に心中を…レンタカーで入水自殺を図ったんだ。

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