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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第2章 平日
14/232

14. ドライブ

 暴風雨の中、駐車場へついた。これだから天気予報は当てにならない。


 穂積怜がドアを開けた車はカクカクとしたフォルムの古そうな車だった。新車に乗っていそうな雰囲気なのに、意外だった。


 百合華は急いで助手席に滑り込んだ。


「うわあ…雨に降られたのに乗り込んじゃって、すみません。」


 ハンカチで服などを拭きながら百合華は言った。


「……どうせポンコツだから。」穂積怜が言った。


 エンジンをかけ、駐車場を出る。


「で、どの辺?」


「あ、えっと西脇駅のすぐ近くです。」


 返事も無く、穂積怜は車を進めた。ワイパーが物凄い勢いでアーチを作る。それでも前が見にくい位、雨の勢いはおさまらなかった。




 永遠に続くのだろうか、この沈黙は…。


 穂積怜の車の助手席に乗っているというだけで、酔いが醒めそうだ。こんなこと、いつもの丸いテーブルから穂積怜を見つめていた時には想像だにしなかった。そう思うと自分の鼓動が早くなるのを百合華は感じた。


 沈黙を破るために声をかけようか……


 それともこの悪天候の中集中して運転している穂積怜の邪魔をしないよう、大人しくしておこうか……



 5分位、沈黙は続いた。

 10分程続いた頃、百合華の我慢が限界に達した。


「雨、少し緩んで来ている気がするんですけど…気のせいかなあ。」



 知っている。穂積怜は何も言わない。


 気にせず、自宅に送ってもらうまで独り言を続けようと百合華は決めた。



「英語、頑張ってらっしゃったんですね。私も英語喋るので、びっくりしました。」


 穂積怜がちらっとこっちを見た。だが何も言わない。


「週明けから配属される編集部は、海外の方向けの冊子を作ったりする仕事なんです。だから英語の勉強されていた訳ですよね…。」


「新しく3人も入ってくるなんて知らなかったなあ…桑山課長…あ、私たちのリーダーなんですけど、あの人何も教えてくれなかったなあ………」


「桑山さんって、見た目すごい濃いんですけど、仕事はできるし人情味のある人なので、心配しなくて大丈夫ですよ。」


 穂積怜の横顔を見る。無表情だ。

 興味はあるのか、全く無いのかも判別できない。

 これでは暖簾に腕押しだ。

 女子メンバーに自慢するにはもう少し穂積怜のことを知らなければならない。独り言を言うのをやめて、あえて質問をしてみることにした。



「この車、レトロでかっこいいですね、何て言う車ですか?」


 少しの間があった後、




volvo(ボルボ)240」


 とだけ言った。

 全く知らない。百合華は焦った。話が続かない。よりによって何で自分の専門外の話を振ってしまったのだろう。泣きたくなった。


 それでも会話を続けたくて、車の話題にしがみついた。


「ボルボ…名前は聞いたことあります。海外の車ですよね?右ハンドルなんですね。さっきは暗くて見えなかったけど、この車の色って、黒ですか?」



「……紺色?濃紺という感じ。」



 もしかしたら、穂積怜は車の話が好きなのかも知れない。無視されないのがその証拠だ。


 しかし百合華にはそれ以上の車の知識が無かった。


 詳しいことは聞かずに、素人は素人として身の程を知った質問をぶつける方が印象が良いかも知れない。百合華の悪い癖で、自己印象の計算を始めた。


「内装は…ベージュですよね。なんかお洒落だなあ〜…」


「結構空間広いですよね、色々積めそうでいいなあー…」


「ハンドルの黒が、内装のベージュと良いコントラストを生んでいますよね…」



 穂積怜は百合華の必死の…そして素人過ぎる感想に愛想を尽かしたのか、真顔で運転を続け、返答はなくなった。




「…この車は昔、社長にもらったんだ。」


 穂積怜が言った。


 やっと喋ってくれた!



「社長って、織田(おりた)社長ですよね?へえー!そうなんだ!」


「社長のお下がりだよ。」


 穂積怜は無表情のまま、抑揚のない声で話した。

 その話、もっと聞きたい!と思ったが、すでに自宅周辺に近づいていた。


「そこの十字路を右にお願いします…それから次の信号を左に……もうすぐつきます。あっ、良く見えないと思いますけど、4軒くらい先のグレーのアパートが私の自宅です。」


 あっという間のドライブだった。でも何度か穂積怜の声が聞けた。助手席に乗れた。女子会メンバーのジェラシーが目に浮かぶ。百合華はほくそ笑んだ。


「ありがとうございます、ここです。助かりました〜。穂積さんのお宅はこの辺なんですか?」


 最後の一撃を食らわせてこの素晴らしい夜を終わりにしたい。



「………うーん、まあ。」



 何ともはっきりしない返答に辟易(へきえき)したが、何とか会話は成立しただろう。


 百合華は助手席のドアを開け、運転席を覗き込むようにして


「本当にありがとうございました。帰り、気をつけてくださいね。…あれ?雨、少しマシになってますね。良かった。」


「………じゃあ。」


「じゃあ、週明け、楽しみにしています。失礼します。」


 百合華は助手席のドアを静かに閉めた。

 そして心の中でガッツポーズを決めた。


 もちろん、トップモデルのミキちゃんに似ていると言われる美貌の持ち主である百合華は、実際にガッツポーズなど絶対にやらない。


 でも今日は派手に万歳三唱でもしたい気分だった。

 酔いももう醒めた。

 百合華は自分の部屋へ移動しつつ、ボルボのテールランプがどこへ向かうのかを偵察していた。さっきの信号を右に曲がった。


 ここからどれ位離れた場所に、彼は住んでいるのだろう…。

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