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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第10章 職員
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138. 植杉・5

「ここまで聞いて、倉木さん、大丈夫かい?気分悪くなったりしてないかい?」


 植杉は百合華を気遣った。


「いえ…大丈夫です。ただ、平和に見えるこの施設でも、そういうことが実際に起こるというのは驚かないと言ったら嘘になります…。」


「世の中どこでも、人の目につかない所で酷い目に遭っている人は、実際いると思うんだ。助けてもらいたくても助けてもらえない。救いたいと思っている人が居ても…すれ違ってしまって、救えない。様々なパターンがきっとあって、様々な人が傷ついている。それでもね、倉木さん。陰湿で、陰険なことを楽しむ人間というのは実際にいるんだよ。


 ただねえ、言い訳に聞こえるかも知れないけど、ここを大きな家だと考えると、兄弟姉妹が何人いると思う。50名以上だよ。兄弟喧嘩が起こらない訳が無い。それに対して親のような存在が少な過ぎる。


 ……まあ、話が逸れちゃったな。何の話だっけ?そうそう。陰険なことを楽しむ人間がいるって話だったね。


 とにかく、怜と蓮は暴力や暴言の被害に遭い続けた。職員が気づくのが遅くなってしまったんだけど、気づいてからは暴力は終息していった。相変わらず言葉の暴力はあったけどね。


 それでも、子ども達は成長していく。そして社会に羽ばたいていく。進学する子もいる。だから世代交代は次々と行われるんだ。


 怜がうちへ来たのは確か、11歳になった頃かな。他の子がバットで蓮の頭を叩こうとして、蓮が右腕でこう、わかる?それを防ごうとして右手で(かば)おうとしたんだ。そしたら蓮の右腕の前腕骨…手首から肘までの長い部分ね、そこを骨折してしまったんだよ。


 それを見ていた怜は、バットの子が悪意を持ってやったと思って、そこでブチギレちゃったんだ。あんな怜は、それまで誰も見たことがなかった。生きていても死んでいるような子だったのに、突然走り出して、ワアーーーーーって叫びながらバット奪って、叩いた子を叩き返そうとしたんだ。

 慌てた職員に止められて事なきを得たんだけどね。


 その日、話し合いになった。でも怜も蓮も話さないから、話し合いにならないかな……って、職員は思っていたと思う。僕も参加してたし、僕もそう思ってた。


 職員が、「どうしてバットで叩こうとしたの?」って聞いたら、なんとあいつ、言葉で返したんだよ。


「俺のきょうだいをいじめるやつはもう許さない」ってね。


 まあ、後味の良い回答じゃなかったけど、怜が反応してくれたことが職員一同感激でね。いや、感激している場合ではなかったんだ、蓮が骨折してしまったからね。蓮は泣かなかったよ。僕らの前ではね。


 蓮は病院へ行って手術して、入院して、園に帰ってきた。怜は少し嬉しそうだったよ。その後、僕、こっそり見ちゃったんだ。蓮が、怜に、「手術痛くなかったよ。」って言いながら、笑顔でギプスを巻いた右手をグルグル回している姿をね。それを見て怜がニコニコ笑って、「強かったな。」って言って。


 もう、涙出そうになってね。今でも出そうだよ。目頭が熱くなるね、あのシーンはずっと忘れない。初めて兄弟が笑っている姿を見た、あの日は。


 それから少しずつ、職員とも話ができるようになってきた。すでにうちに来てから1年位は経ってたけどね。最初は単語だったけど、だんだん文章になってきた。


 …あ、服?服はね、さすがにボロボロになってしかもパツンパツンでね、ははは。2人とも諦めたみたいで、新品のサイズの合った服が、たまたま寄付でいただいたものにあったから、それを着ていたよ。もう服への執着も少しずつ無くなっていってたね。


 そうそう、表情が自然に出るようになるには、もう少し時間がかかったけどね。


 それで、えーっと。倉木さんは怜の学生生活についても知りたかったんだよね。彼は地元の小・中学に通ってたよ。成績は凄く良かった。

 でもねえ…………。


 怜が中学入った頃くらいだったかなあ…。突然、彼らの母親と名乗る人物がうちに来てね、もう大丈夫なんで、子どもら引き取りますって。青天の霹靂ってやつだったよ。

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