128. 明美の協力
金曜日はあっという間に過ぎ、また週末がやってきた。
五谷への旅の始まりだ。
ハンバーグ・太陽の竹内夫妻に前もって電話をし、図々しくも再び宿泊させてもらう許可を得た。夫妻は快諾してくれた。
荷物を持って、愛車ラパンに乗り込む。
五谷までの道すがら、百合華はまた【レ・ミゼラブル】のサウンドトラックを聞いていた。人間は変わる。そんなテーマのレ・ミゼラブルは今の百合華の心に沁み渡る物語であった。
五谷につくと、まずはスナック弥生があった廃墟のような元スナック街に車を寄せた。石黒恵子の家の花は今日も咲いている。そして嬉しいことに、雨戸が開いていた。石黒は室内でも日光を浴びるようになったのだ。それだけで充分だった。挨拶をしてもきっと悪気のない悪態をつかれるだけだろう。また機会があったら大福を持って行こう。そう思って百合華は車へと戻った。
途中、スナック弥生があった場所で足を止めた。どうしても止めてしまうのだ。
更地になっていても、胸が痛い。怜がこの場所を見に来たら、一体どう思うのだろうか。
今回の訪問は本当に当てのない訪問だった。
行き当たりばったりで何ができる。自問したが、家に居るよりは何かを発見する確率は上がる。
その時ふと思いついた。【五谷新町商店街】はのぶ絵以外の店に入ったことが無い。もしかすると、以前、弥生がいた旧・スナック通りで働いていた人が移転してきた可能性があるのではないか。
勝手に行動をする前に、スナックのぶ絵の明美に相談してみることにした。
スナックのぶ絵へ行くと、今日は明美の姿は外では見かけられなかった。ドアをノックすると「はーい」という明るい声が聞こえた。明美だ。
百合華は明美に会うのが大好きだ。自前の性格の良さがいつも百合華を癒してくれる。スナックのママとしての素質に溢れる、憧れの人物であった。
「百合華ちゃん!今日も来ると思ってたの。変な話だけどさっき常連さんがたこ焼きを沢山持ってきたから、一緒に食べる?」
「はい!いただきます。」
前回は明美特性のオムライスだったが、今日はたこ焼き。そのギャップがなんともユーモラスであった。
「出来立てらしいから気をつけて。はい、つまようじ。」
「ありがとうございます、いただきます。」
出来立てのたこ焼きは、それはそれで美味しかった。
「たこ焼き屋さんが近くにあるんですか?」
「うん、美味しくて有名なのがね。その常連さんがたまに持ってきてくれるんだけど、量が多いからいつも誰かと分けあって食べてるの。」
明美の困ったような笑顔はとても可愛らしかった。
「明美さん、このお店は何時頃開業するんですか?」
「7時よ。どうして?」
「いつも早い時間に掃除とか準備してるから、ちゃんと眠れてるのかな…って思って。」
「ご心配ありがとう。でも眠れてるわ。大丈夫。」
「ところで今日は明美さんにご相談があるのですが…」
「なになに?」
「この【五谷新町商店街】にあるスナックで、以前はあの弥生のスナックがあった場所に店を構えていたお店ってあるんでしょうか。」
「あるわよ。」
案外すんなりと話がすすんだ。
「こっちの開発を機に引っ越してきたお店ってことでしょ?3軒か4軒…あるんじゃないかしら。そこを当たってみる?いい着眼点ね。」
「できればそうしたいと考えています。そのお店の名前、教えていただけませんか?」
「いいわよ、メモに書くわね。ええっと…思い出さなきゃ。」
「まず、すぐ2軒隣の【オパール。】ミキさんって言う人がママよ。気のいい人だから大丈夫。
あと、少し離れるけど道をまっすぐ行って左側に【沙羅】。沙良ママがやってるわ。結構細かい人だから、聞き出すのはちょっと難しいかも。
あと、【えんじゅ】。こずえママがやってる。簡単な地図書いておくわね。
あと1つは…【環】ね。和子ママ。ここはてこずるかもね。」
「なるほど…場所によっては聞きづらい可能性も高いんですね。参考になります。」
「お客さんとして行ったら、話が長いと嫌がられるかもしれない。それに、話題が話題だから、話してくれるかさえもわからないけど。よかったら私、今4軒に電話入れてアポとってみるわよ?」
「みなさん、お休み中じゃないのでしょうか。」
「もう皆起きてるわよ。じゃ、電話していい?」
「物凄く助かります!」
明美は4軒の店に電話をしてくれた。どの店のママとも知り合いらしいが、沙良ママと和子ママの時は特に丁寧に話している。それ程難敵なのだろう。敵ではなく味方にしなければならないのだが。
「一応全部OK。何の話かは言ってないから、あとは百合華ちゃんの腕次第よ。30分後くらいに行くって、1番近い【オパール】のママには言ってあるから、たこ焼きゆっくり食べてね。」
「いつもお世話になってばかりで感謝しています。」