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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第9章 職場
126/232

126. 怜自宅・4

 真っ暗な帰り道、3分もしないうちに怜が言った。


「さっきは言過ぎた。大人気ないよな…。」


「いえ、こちらこそお節介ばかりで。」


「悪かった。」


「すみませんでした。」


 すると怜がくっくっくと笑い出した。

 闇の中で急に笑い出した怜が不気味だったが、百合華は次の反応を待った。


「でもお前本当アツいよな。」


「怜さんが冷たいだけですよ。相対的なものです。」


「いや、そうじゃなくて。『私が守ります!』なんて、女性の方から言うもんか?」


「いけませんか?」

 百合華も笑いながら言った。少し恥ずかしかった。


「俺は、守られるほどヤワじゃねえよ。」


「知ってます。あなたが、私が知っている誰より強い人だというのは。」


「じゃあ、何で『守る』必要がある?」


「誰よりも強い人は、誰よりも深い傷を負っているんじゃないでしょうか。」


 2人の足音が静かな街に響く。


「傷を負っているから、人に優しくもなれる。」


「俺は……本当に、人に優しくするスキルを持ってるとは思ってない。」


「優しいと思いますよ。逆に、傷を負っている人は、他者との関係が希薄になることもある。その方がこの苦痛だらけの世界から遠退(とおの)くことができからかな…。」


「つまり、現実逃避ってわけか。」


「そうですね。距離を置く方が不要に傷つく必要がありませんからね。」


「逃げ…か。」


「逃げているというか、仕方ないんだと思います。それだけ重いものを背負い過ぎていて、これ以上持つと潰れてしまうことを自分の感覚でわかっているんですよ。」


「お前、随分自信満々に語るんだな。」

 怜は再び笑った。


「もちろん、全部推測ですよ?私はプロじゃ無いから、推測しかできない。」


「でも言いたいことは何となくわかる。」


「世の中、希望もあれば絶望もありますね。」


「ああ。そうだよ。」


「怜さんの苦痛を、隠さないでくれませんか。」


「え?」


「今まで1人で抱えてきた、誰にも言えていないこと、沢山あるんじゃないかって思って。空虚な気持ちも、痛さも辛さも苦痛も、分けて欲しいんです。」


「難しいことを言うなあ……。」


「それが、私にとって『()()』っていう意味なのかな…って今思ったんです。」


「今までしなかったことを、急に変えるは難しい。」


「その通りですね。」


「俺の抱えているものをお前に分けたいとは思わない。これは俺の問題だから。できれば………巻き込みたく無いというか。もう巻き込んでるけど。」


「巻き込んでいいんですよ。もう巻き込まれてますから、本当に。」


 百合華は静かに笑った。


「堅牢な要塞の中は案外脆いんです。」


「何だそれ?名言かなんかか?」


「いえ、私が今思いついたんです。

 怜さんが弱いとは微塵も思っていません、それは誤解しないでください。でも充分傷ついた。これから【先】のことを、未来のことを、怜さんが考えられるようになれば、調査者冥利に尽きます。」


「それが、俺には【未来】への思いというのが皆無でねえ。」


「さっき、怜さんのお宅で【変わる】話をしましたよね。今、無理矢理変える必要は無いと思うんです。時間とともに自然に変わっていければ。」


「全く想像もつかない話なんだけどな。」


「怜さんが言ったように、今まで習慣として無かったものを習慣にするのは難しいと思います。【変わる】のには莫大なエネルギーが必要なんだと思います。

 スナック弥生が消えてしまったのはあっという間だったけど、【五谷新町商店街】が出来上がるまでは沢山の人足や重機やオーナーさん達の力を結託させてやっとできたんでしょうから。」


「それは【変わる】というか、【新たに生まれる】【生まれ変わる】に近いな…。」


「そうですね!私も、【生まれ直す】という言葉も浮かびました。」


「【生まれ直す】?」


「新しく、生まれ直す。そのままの意味ですよ。」


 話していると百合華のアパートが見えてきた。


「お前みたいに若けりゃ柔軟性もあって生まれ直すことも容易なのかも知れない。でも俺はもう…」


「怜さん。年のせいにするにはまだ若過ぎますよ。」

 百合華は笑った。



「今日は、ありがとうございました。イタリアン美味しかったし、ゴッドファーザーも驚きでした。こうして、感情をぶつけ合って話をするのも、私は嫌いじゃありません。また週末、五谷行ってきて、収穫があればご報告しますね。」


「ああ。楽しいままで過ごせれば良かったけど、なぜかぶつかるな、俺たち。」


 怜は苦笑している。


「まだ明日は仕事だ。ゆっくり休め。」


「怜さんも。あ!ちょっと待って。」


「何だ?」


「お弁当。もし良かったら、また…作りますよ。曲げわっぱLサイズ、使わずに置いていると邪魔なんです。」


「………いいのか?」


「是非。」


「じゃあ…。頼む。」


「了解しました。」


「じゃあ、また明日。」


「ああ。また、明日。」


 踵を返して闇の中に消えていく怜の背中をずっと見つめていた。

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