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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第9章 職場
121/232

121. ボーノ

 レストランならではの、カチャカチャというナイフとフォークが皿に当たる音。連れ添った仲間、友人、知人、同僚、上司、恋人、夫婦、家族連れのそれぞれの喋る声。時折笑い声が混じる。

 トラットリア・ボーノは皆を幸せにする場所に見えた。



 そこに、いま、怜と居る。


 しかも誘ったのは怜の方だ。どういう風の吹き回しなのだろう。聞いてみた。


「穂積さん、どうして今日誘ってくれたんですか?それも桑山さんの指令ですか?」


「いや、指令ではない。」


「じゃあ…」


 怜は腕を組んだ。


「誰かと来たかったんだ。思いついたのがお前だったんだよ。悪いか。」


 怜は窓の外に視線を写した。



 もしかして照れているのだろうか??


「光栄です…。」


 百合華は言ったが、怜は外を見たまま何も言わない。


「それで、進捗状況はどうなんだ。探偵の方の。」


「探偵じゃないですよ…似た者だけど。もうズブの素人です。」


「じゃあ行き詰まってるのか?」


「いえ、そうでもありません。この間の週末もそれなりに収穫ありましたから。」


「どんな。」


「聞きたいですか?」


「言いたく無いのか?」


「いえ…聞きたいですよね。他人が自分の過去を調べているなんて、非日常ですよね。私だったら、不快感抱くかも。穂積さんは、調べられている今不快には思っていませんか?」


「そんなに。お前がいつへこたれるかを楽しみにしてるだけだ。」


「確かにへこたれそうになる瞬間もありますよ。でも、私はへこたれません。」


「自信、あるんだな。」


「はい。ありますよ。…何か問題でも?」


 怜の喋り方を真似してみた。


「別に無いけど。」


 普通に返された。


 店員が氷の入った水と、ワインのグラスを持ってきた。

「もう少々お待ちください」と言って去っていった。


「で、この間の収穫は?」


「実は失敗もあったんです。五谷小学校のシゲさんってご存知ですか?用務員の方の。」


「さあ…細かいことは覚えて無いな、普通の小学生じゃなかったから。」


「なるほど……。あ、実はそのシゲさんに穂積さんのこと知ってるか聞いたんですけど、それは空振りでした。」


「そりゃあ、だいぶ昔の話だしな。」


「はい。でも今回は、怜さん…あ、いや、穂積さんのことよりも弥生さんの過去を詳しく知りました。」


「別に、怜さんでもいいけど。呼び方。会社ではやめてほしいけど。」



 えええええええええ。


「では、怜さん。この週末は弥生さんの話を聞きました。でもその話を聞くのは、怜さんにとっては地獄だと思うので、個人的には話したくありません。」


 怜さんと呼んでいいというのは、友達以上というやつなのではないか。

 しかし、その怜さんから恋人と思われている感触は全く無い。そういうものは、フィーリングでわかるものだ。怜からは何も届かない。友達以上恋人未満という言葉も何故かしっくり来ない。片想いというのも何だか違う。私たちの関係はどうなっているのだろう。28歳にして恋愛がわからなくなった百合華であった。


 しかし怜さんと呼ばせて貰えるのは涙が出そうな位嬉しかった。


「どの辺の時代の話?」


「時代でいえば…スナック弥生が潰れる前後です。怜さんは生まれて間も無い頃ですね。」


「じゃあ、俺の記憶には残っていないことか…。」


「そうなりますね。」


「でも俺は自分の人生のこと、ある人から小耳に挟んだんだ。」


「えっ……」


「俺が生まれてすぐおもちゃにされてたことも、スナック弥生が…いわゆるそういう場所になっていたことも」


 他の客を気にして怜は言葉を選んだらしい。


「ある人っていうのは…」


「それは教えられない。」


「でも、多分ですけど………」


 そこでパスタと白ワインがやっとテーブルの上に届いた。「遅くなり申し訳ありません」と店員は言う。2人で分けあえるように、2つ受け皿を置いてくれた。


 怜がパスタを2人分に分けてくれる。基本的にリードするのが上手いようだ。元バーテンダーだけあって、盛り付け方にも工夫があった。美味しそうに見えた。それから白ワインをプロのように注いでくれた。もちろん、元プロだが。


「じゃあ、仕事と探偵の両立に、乾杯。」

 怜は水を片手に、グラスを少し傾けた。


 なぜか百合華の功績を讃える乾杯になっているが、嬉しかったので百合華も乾杯をした。


 パスタは文句の付け所が無い位美味しかった。今まで食べたパスタの中で一番美味しいかも知れない。ボンゴレ何とか、と店員は言っていた気がする。調味料は何が入っているのだろう、香りも良い。自分で作れたらいつでも食べれるし、おもてなし料理にももってこいだ。シェフにレシピを聞きたいが、大忙しでそれどころでは無さそうだ。帰って、似たパスタのレシピを調べてみよう。

 百合華がすっかりパスタに魅了されていると、


「……………………おい」


「はい?」


「何度も呼んでんだけど」


 怜が笑った。


「本当に美味しくて、自分で作れたらなあって思って、つい夢中で味わってしまって。すみません。」


「さっきの続きだけど、『でも多分』って、何だよ?」

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