12. 能力
"Okay, Rei. Time is almost up."
(オーケー、怜、そろそろ時間だね)
ブルーアイズの先生が言う。
"Seriously? Time really flies doesn't it? I can't believe it's really the end. "
(本当に?時間が経つのは早いね。これが最後だなんて信じられない。)
穂積怜が返した英語のアクセントに百合華は驚きを隠せなかった。思わず社長の顔を見る。社長は嬉しそうにうんうん、と頷いている。
"Indeed. But you really surprised me a lot, Rei. You were the fastest learner I've ever met. Now you have a skill, and you totally are a gifted person. You need to be confident from now on, OK?"
(本当だ。でも怜、君には本当に驚かされたよ。君は今まで教えた生徒たちの中で1番上達が早かった。もうスキルはある。そして君には才能があるんだ。これからは自信を持っていないといけないよ、OK?)
"Thanks, Mr. Brownell. I can't thank enough. I'll never forget about you and what you’ve thought me. Just don't forget that we'll keep in touch."
(ありがとう、ミスター・ブロウネル。感謝しきれないよ。先生の事、先生が教えてくれた事、絶対忘れないから。これからも連絡取り合う事だけは忘れないでくれよ。)
穂積怜の流暢な会話に、百合華は絶句した。
人は半年でこんなにも習得できるものなのか。それとも、Mr.Brownellの言うように穂積怜には何らかの才能があるのか…。
6年間の英語生活を送ってきた百合華だったが、嫉妬を隠しきれない完璧さを見せつけられた。
"Congrats! Rei! Today is your graduation day!"
(おめでとう、怜!今日は君の卒業式だ!)
Mr. Brownellが言うと、社長が立ち上がって大きな拍手をした。何度も頷いて、拍手を辞めなかった。なんとなく、目頭に涙が溜まっているようにすらみえる。
「ほうら、今日はグラジュエーションデイだ!お祝いにウォッカ、皆で一杯ずつ頂こうじゃないか!ほらもう用意されている、さすがはマスターだ。ほら、倉木さんも持って。そうそう。皆持ったかい?怜も飲むんだぞ?じゃ、卒業おめでとーう、乾杯ー!」
社長の乾杯の声に合わせて、そこに居た全員が一気にウォッカを飲み干した。クーッという社長の声がする。
何だか信じられない事が目の前で繰り広げられている。異次元にでも居るみたいだ。でもこれは現実で、夢でもない。
不思議な現場に立ち会ったものだ。スマホの件では地獄を見ずに済んだし、社長とも話す事ができ…そして穂積怜の事を少し知る事ができた。穂積怜が、今日の英会話が成立させるまで努力してきたこと、もしくはそういう才能に溢れた人だと言う事を知る事ができた。
穂積怜に少し近づけたかな…。
今なら言ってもいいかな。
「あのう、穂積さん。おめでとうございます。」
迷ったが、あえて日本語で声をかけてみた。ウォッカのせいでまだ喉がヒリヒリする。穂積怜のありがとうは、まだか。
「…………どうも。」
素っ気ない。
英語で語りかけた方が先ほどみたいなノリで返してくれたのかも知れない。そう思うと後悔したくなくて、つい行動にうつしてしまった。
"Congratulations!" (おめでとう!)
笑顔で言ってみた。
返事すらしてくれない。何なんだこの男は。
社長は横でこのやりとりを見てガハハと声を上げて笑っている。
「いやあすまんすまん、穂積怜はね、重度の照れ屋なんだ。な?怜。」
穂積怜の肩を掴んで大笑いする社長。楽しそうだ。
社長は咳払いをして、笑顔を消した。そして真面目にこう言ったのだった。
「そういう訳で、倉木さん。週明けに、君のいる3階の編集室に穂積君が着任する。他に2人増える予定だ。即戦力もいるだろう?今後は新しいプロジェクトも始まる。だからよろしくね♪」
言った後、また豪快に笑った社長に隠れて、自分の狼狽をどう隠せば良いのか悩む、いや、隠しきれなかった百合華だった。