117. シゲさん
旧スナック通りを出た百合華は、ファストフード店を見つけたのでドライブスルーで軽い物を注文した。
なんといっても、今日は石黒から本音を聞き出せたのは大きい。頼子・弥生・怜の親子関係が、点から線へとどんどん変わっていく。
その線は周りの者を不幸にすることもあった事実を石黒は語ったのだ。
駐車場でささっと食べながら、次の目的地を考えていた。
当初考えていたように、五谷小学校に再び行って、シゲさんに怜のことを知っているか確認しに行くことにした。
シゲさんは長い間、五谷小学校の用務員をしている。前回会った時は、ちらっと弥生のことを尋ねただけで終わってしまったが、その後考え直してみたら、もしかしたらシゲさんは怜のことも知っているかも知れないことに気が付いた。
これも伸るか反るかの大博打だが、やらずに後悔するよりもいい。
百合華は口元をティッシュで拭いて、五谷小へと車を飛ばした。
日曜日だというのに、事務室にシゲさんは居た。
1人で居眠りしている。
百合華はノックをしてアルミサッシのドアを開け、「シゲさ〜ん…。」と声をかけた。シゲさんは驚いて椅子から落ちかけた。
「おおおっと、危ねえ。おお、眠っちまってたか。おや、あんたこの間の?」
「はい、先週来ました。倉木百合華です。1つシゲさんに聞きそびれたことがありまして…」
「それでわざわざここに?」
「いえ、昨日から五谷には来ています。あちこちで情報収集しているところです。
ところでシゲさん、穂積怜という小学生を覚えていませんか?」
「ほづみ?」
「はい、穂積怜です。前回は穂積弥生という人のことを伺いましたが、今日は怜です。」
「ほづみれい…ねえ。いつ頃の子よ、その子は。」
「大体、28年前位まではここに通っていた筈です。ハーフで髪が黒くてカールしていて、色白で、いつも同じ服を着ていて衛生的とは言えなかったそうです。目の色が印象的な色です。覚え、ありませんか?」
「ハーフの子は見たことあるけど、そーれがほづみって子かは俺わっかんねえわ。それも2年前じゃのおて28年前ときた。さすがのシゲさんもお手上げじゃい。」
シゲさんは陽気に言ったが、残念ながら本音であることを百合華は察した。
「じゃあ、覚えが無い…と。」
「正直言いますとな、全く覚えが無いんじゃ、こりゃ〜ご足労ご足労…」
「そうですか…。そうですよね。わかりました。シゲさん、お昼寝の邪魔してすみません。ご協力ありがとうございました。」
「いんや、何もしとりゃせんよ。悪かったの、せっかく来てもらったのに。また良かったら小学校寄ってよ。ね。」
「わかりました。ありがとうございました。」
シゲさん打線はフルスイング三振。
こういうこともあるよね…と自分をなだめる。
今日は石黒の告白のお陰で、頼子・弥生の生活や性格がより一層クリアになってきた。それは大収穫と言ってもいいだろう。
夕方のサイレンが響いている。
明日は出版社の仕事がある。百合華は帰宅することにした。
明日の弁当は何にしよう。