111. 竹内夫妻宅
百合華は、竹内夫妻が閉店後の業務をしているのを店の隅で見ていた。お手伝いしましょうか、と言うと、いいから座ってな。と言われたのだ。
座るのも何なので、立ったまま見ていたという訳だ。
机と椅子を良く拭いて、机の上に椅子をひっくり返して並べて、箒で埃やゴミを取り、床をモップで丁寧にふく涼香。文彦は鉄板の手入れと、周辺に飛び散った油を落としているようだ。
夫婦で店を切り盛りする…いいなあ。百合華は思った。
竹内夫妻は私服に着替えて帰宅の用意ができていたらしい。
「百合華ちゃん、じゃあ、帰ろうか。」
涼香に声をかけられた。
3人は店を出た。
文彦はシャッターを閉め、鍵をかけた。
「お2人は夕食、いいんですか?」
「ああ、大丈夫だ。忙しくても、暇を見つけては口になんか突っ込んでんだよ。」
文彦は豪快に言った。
「一応、まかないというか、夕飯用にパンとシチューとかを裏に置いてるのよ。それを交代で食べてるから、大丈夫。」
まかないも美味しいに違いない。
3人は家へ向かって歩いた。文彦と涼香は今日の業務の話をしている。面白い客がいてこんな話を聞かせてくれただの、ハンバーグを3皿平らげた人が居たけど、普通体型だっただの。それに聞き耳を立てているだけで面白かった。
竹内夫妻はマンションに住んでいた。賃貸ではなく購入しているらしい。暗くて良くは見えないが、灰色と茶色が混じったようなタイル張りの、比較的新しいマンションだった。
エントランスもホテルのように綺麗で百合華はびっくりした。
「新築2年目。奮発して買っちゃったのよ。ローン返済の為に働かなくちゃ。」涼香がエントランスのオートロックを解除している。
自動ドアが開き、管理人に軽く会釈をする。
そしてエレベーターで3階にある、2人の部屋に着いた。
3人で順番にシャワーを浴び、ビールで乾杯した。
「百合華ちゃん、今日は何か成果あった?」
涼香が聞いた。
「それが、色々あったんです!ありがたいことに。五谷の方は良い方ばかりですね。」
「それは人によるなあ〜」
文彦がビールをグイグイ飲みながら言った。
「どこでもそうだろうけど、嫌味なやつも多いぜ。特に新参者には厳しいやつが多い。地元の繋がりが結構強いんだよ、こういう小さい町は。百合華ちゃんが情報聞き出せてるのは、その美貌の好印象もあると思うぜ。いや、セクハラじゃなくて。だって、あからさまに怪しい風貌のヤツだったら簡単に心開かねえだろ。いやいや、涼香は涼香でかわいいって。」
文彦が1人で焦る。
「実は、スナック弥生の跡地のあるすぐ近くに人がまだ住んでいて、その方に今日、取材を完全拒否されてしまいまして…。明日もう一度、行ってみようと思っているんですけどね。」
「ええ!あそこまだ人住んでるの??」
「本当だよ、それに驚きだ。地元の俺らでも知らないのに、良く気づいたね。」
「花を育てているのが、ベランダを見てわかったんです。それで…」
「観察眼、育ってきてるんじゃない?百合華ちゃん。」
涼香が嬉しそうに言った。
「明日、話聞けるといいね。」
「はい。あ、そうそう!お2人に会って時間があったら、是非教えてあげたいことがあったんですよ。前は言いそびれて…」
「何々!気になる。」
「お2人は、幼い頃の穂積怜しか印象にないかも知れない。薄汚くて、臭くて、異様な、目の色の怖いヤツ。」
「うんうん」
2人は体を乗り出して聞いている。
「それが!彼、今、超ど級のイケメンなんですよ!」
「………え?」
「だから、すっごい格好いいんです。最初は私、目の保養で彼のこと追いかけてたくらいですから。」
「えーーーー、あの穂積怜が?」
「私、この間、彼の髪の毛を彼の自宅でカットしたんですよ。美容室は嫌だというから。そしたら、もう、格好よくて格好よくて。」
「えーーーーー、想像付かない。写真無いの?」
「あ、無いんです。次回来たら撮って来ますね。ほんと、男前なんですよ。清潔感あって、歩くだけでオーラがあるというか。顔が彫刻のように繊細で綺麗で、手足が長くて、身長は185もあるんです!」
「へえええーーーーー」
「鼻筋がスーッと通っていて、眉毛の形も綺麗で。何より瞳ですよね。凄く不思議な色で、一番に目がいく。あの瞳で見られたら動けなくなりますよ。もう、ドキドキしちゃって。」
「髪の毛も、さっき言った通り私が切ったらスッキリイケメンになっちゃって、ウェーブのかかった黒髪が爽やかで、風に吹かれた日にはもう目がハートになっちゃうっていうか…。」
「指も細くて綺麗なんですよ、今の出版社…私と同じ会社ですけど、そこに来る前はバーテンダーやっていて、それがサマになると言ったら。彼の作るカクテル本当に美味しいんです。文彦さんも涼香さんも、今度作ってもらうといいですよ。」
「それに彼…………あれ?どうしました?」
「百合華ちゃん。」
「はい?」
「それ、恋だね。」
文彦が頷きながら言った。
「だね。」
涼香もそれに倣った。




