11. 英語
織田社長は楽しそうに話を続ける。つぶらな瞳が喜びを表している。
「こんなこと、言っていいのかな。まあいいかな、嫌な気はしないだろう。うん、ついこの間、社員たちと話をしていた時に君の名前が出てきたと言っただろう?皆が君の美しさに圧倒されているようだったよ。君の存在が働くモチベーションだと言う者もいたよ。でも僕はね、君は外見だけの女性じゃないと思っているんだ。君には野心がある。色んな事をより良くしていこうという強い意志がある。それが僕らの小さなオフィス全体を盛り上げていると言っても過言じゃ無いと思うんだよ。」
百合華は外見を褒められる事には慣れているが、内面を褒められる事には慣れていない。酒の席とはいえ、社長が饒舌にそこまで褒めてくれるとは。百合華は舞い上がる思いだった。
「私は……そのように、頭で考え、行動している事をご理解いただいている事に感銘を受けています。日々楽しく仕事をさせていただいていますが、社長のお言葉を聞いて明日もより一層邁進していきたいと思い…」
「倉木さん、そんな堅苦しくなる必要ないよ。」織田はまた豪快に笑う。
「そのカクテル飲んで、もっと自分をさらけ出せば良い。ああ、ところでこんな時間だが、大丈夫なのかな?」
店の大きなアンティーク時計を見ると、とっくにAM1時を過ぎていた。
「はい、タクシーで帰れますし、明日は休みですから今晩はゆっくりしたいと思っていたところです。」
「じゃあ聞かせて欲しいのだがな、うん。君は幼少期に米国に滞在していたと面接で話していたと思うんだが、違ったかな?」
「その通りです。社長、記憶力良いんですね。」
「なるべく社員の情報はここに留めておきたいんだ。」織田は頭をツンツンと突いた。
織田は続けた。
「では君は、英語を聞いて答えたり、英語で文章を書く時は、どうしているんだ?君の第一言語は日本語だろう?日本語で考えてから、英語に訳すのかい?」
「いえ、社長。私の場合は、英語モードの時は、英語で考え、英語で発信します。インプットもアウトプットも英語なんです。」
「なるほどねえ、便利な脳を持っているものだ。頼もしい限りだよ。」
「ありがとうございます。なぜその事を聞かれたのでしょう?」
「実はその、インプットとアウトプットを英語でするという作業を半年間でできるかどうかのレッスンを行っているんだよ。」
「というのは………あ、もしかして…!」
社長との話に集中していたので気にしていなかったが、百合華は先ほどのブルーアイズの男性に視線を向けた。
「そうだよ、ご名答!さすが倉木さんだ。」
「で、でも……どうして穂積さんに?」
「ほうー、穂積という名前も知っているのか。そりゃそうか、うちの女子たちの憧れの的は彼だという事も社員が言っていたなあ。そうなんだ、彼にこの実験を手伝ってもらっているんだ。彼はこのレッスンを半年前から毎晩このバーを閉めてから1時間程、彼、Mr.Brownellに英会話を教えて貰っていたんだよ。穂積はハーフだけど日本語しか喋れなかった。英語はどちらかというと苦手だと言っていたんだよ。でも試しにやってみたらこれまた意外。みるみる吸収して、今日が卒業式だ。」
「卒業式?ですか?」百合華は話についていけなくなってきた。
「ああ。今日で約1年が経つし、Mr.Brownellが母国アメリカに戻らなくてはならない事情ができてね。今日が最後のレッスンという訳なんだよ。その現場に立ち会えて、君はラッキーだね。さあ、飲んでレッスンの感動的な締めくくりを拝見しようじゃないか。」