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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第8章 再調査
105/232

105. オムライス

【五谷新町商店街】へと向かった。夜になると妖艶な光に惑わされ客が集まる新しいスナック街だ。ただし昼間は閑散としている。


 スナック【のぶ絵】の前に人の姿が見えた。ドアのガラスを拭き掃除しているようだ。きっと明美だ。


 百合華はまたもや適当に車を停め、(はや)る心で【のぶ絵】を目指した。すると掃除をしていた者がこちらを振り向いた。


「百合華ちゃん!!」


 今日の明美は黒のシンプルなワンピースを着ている。こんなにお洒落な格好で掃除をするのに違和感を感じないのは明美さんだけだ、と百合華は思った。


「明美さん!お久しぶりです!」


 明美は上品に口に手をあてて、肩を揺らして笑った。


「1週間ぶりじゃない。こんなに早く会えると思ってなかった、本当に嬉しいわ。」


「暫くは、できる限り、週末はこうして取材に五谷に来ようかなって思っているんです。今日は駅周辺を観察して、スナック弥生の跡地をもう一度見て、今なら明美さんに会えるかなと思って来ました!」


「そうなの!ねえ、ちょうどお昼時じゃない。何か作るから入って入って。」


「いいんですか?」


「じゃあ1つ、お願いしてもいいかしら?」


「はい、何でも!窓拭き、ですか?」


「ご名答。上半分は拭いてあるわ。下半分、お願いね。」


「お任せください!」


 百合華は明美から布とブリキのバケツを受け取った。ボロ雑巾ではなく、お洒落な窓拭きタオルだった。ガラスは横を向けた板チョコのように6枚並んでいる。

 下半分のガラスを、隅に汚れが残らないよう丁寧に拭いた。


 ついでに、ドアの取っ手も拭いておいた。


 店の外に水道栓があったので、そこでタオルを良く洗い、バケツの水を排水溝に流し、バケツの脇にタオルを掛けておいた。太陽の暑さですぐに乾くだろう。


 店内に入り、「勝手にタオル洗って、外で乾かしているんですけど、いいですか?」というと、「ありがとう。気がきくわね。」と明美は笑顔を見せた。

 明美はスタイルは抜群、顔も美人だが、華奢ではない。しかし、そのふっくらとした微笑みに、そして色気に癒されて、今夜も店は盛況になるのだろう、と百合華は確信していた。


「あ、手洗う場所わかる?」


「はい。1週間ぶりなので。」

 2人とも笑った。


「じゃあ、手を洗ったらカウンターで待っててね。オムライスなんかでいいかしら?」


「うれしいです!!」


「良かった。すぐ作るからね。」


 百合華は手を洗い、カウンターで待つとすぐにオムライスが出てきた。

 明美は百合華の隣の席について、一緒にいただきますをした。


 オムライスと言っても、ただの卵の塊が乗ったオムライスではない。乗っかっている卵は真ん中で割かれて、そこからトロトロの卵が覗いている。おまけに、皿には(いろどり)も考慮されたサラダが乗っかっている。

 オムライスを一口食べてみると、チキンライスとトロフワ卵の相性が素晴らしくて、


「う〜ん、美味しいっ!!」


 と叫んでしまった。

 明美は、笑って、


「お口にあって良かったわ。」


 と、嬉しそうに笑った。


 2人は雑談をしながらオムライスを食べ終えた。


「ごちそうさまでした。お手間取らせてしまってすみません…。」


「いいのよ!どうせ自分の分も作るところだったし。」


「自分の分もこんなに豪華なんですか?」


「自分の時は、上の卵は硬いわ。」


 また2人は笑った。


「明美さん、聞いてくださいよ〜。」

 酔っ払いのように百合華が言う。


「どうしたの?」


 百合華は、明美に会いに来る前にスナック弥生の近所でプランターの花を見つけ、人が住んでいることを確信したこと、そこを尋ねると家主の老婆に金を払わないと話はしないと一貫して言われたことなどを話した。


「そう…それは残念だったわね。調査、軌道に乗ってたのにね。私がそのおばあさんを知っていたら何かしら協力できたかも知れないけど、あっちの商店街のことは全くわからないのよ…ごめんね。」


 あの老婆が明美のような人柄だったらどんなに良かったか。百合華は言った。すると明美は言った。


「でもね、百合華ちゃん。そういうこともあるわ。スナック経営もそうだもん。上手く行ってると思ったら、思い切り罵られたり、悪意を持った嫌がらせをされたりね。怖い思いも何度かした。何でも順風満帆にはいかない、それが人生じゃないかしら。」


 明美さんが罵られる光景なんて、想像したくなかった。


「そのおばあさんも、色々と事情があるからこそそこまで頑なになっているんじゃないかしら。最終的に決めるのは百合華ちゃんだけど、私は百合華ちゃんを支持するわ。お金は払わずに話を聞く。その報告が聞きたいな。」


 明美はいつでも百合華の背中を押してくれる。

 誰かを悪者にはせず、でも最終的には百合華の味方であることを伝えてくれるのだ。

 これはスナックのママをしているからこその技術だとは思わなかった。明美がもともとそういう素質を持っていたからこそ、スナックのママとしてのカリスマ性を発揮しているのではないかと百合華は感じていた。


「明美さん、あれから色々調べていたんですけど、梅下田についてはある程度わかって、弥生は一度執行猶予がついているんです。でも、世田山に関しては今の所何もわかりません。ただ、消印と写真の時期がズレていることはわかりました。もう少し調べて、何かわかったらまた報告がてら飲みに来ますね……烏龍茶。」


 明美は笑い、百合華の調査を労い、「いつでも会いに来てね。楽しみにしてる。ううん、百合華ちゃんが来てくれるのが、今1番の楽しみかも。」


 自分が男なら、すぐ常連になるだろう。

 そう思いながら、オムライスのお礼を言ってスナックのぶ絵をあとにした。

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