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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第7章 日常
100/232

100. 2人

 夜食を食べ終わり、自炊の話をしていたら既に夜中の1時近くになっていた。


「悪い、こんな時間まで。」


 穂積怜はテーブルの上の片付けを始めた。


「あ、ちょちょちょっと待って。」


「何だよ。」


「帰るんですか?」


「そりゃそうだろ。」


 百合華は、自分で自分に何度も確認をしていた。自分は穂積怜を、繋ぎ止めたいのか、それとも今日は帰ってもらって明日に備えた方が良いのか。

 冷静に考えれば後者が賢い。が、本心は、前者だった。


「たまにはDVDとか観ませんか?」


「はい?今から?」


「はい。私、結構DVD持ってるんですよ?」


「あ、そう。」


「………観ません?」


「観るって、もうこんな時間だろ?明日お前五谷行くっつってただろ。車で行くんだろ?」


「五谷は行きます。ですが調査の期日は無いはずです。今は今しかありません。」


「……何言ってんだこいつ。」


 穂積怜は相変わらずテーブルの上の残り物にラップを巻いたり、冷蔵庫に閉まったり動き回っている。


「じゃあ、お願いします!一個だけ、短めのやつ観ませんか。」


「……観るって何を。」


「私のお勧めは…【休暇】っていう映画です。日本のやつで、そんなに長く無いと思います…えっと、コレです。小林薫さんという俳優さんが出てて…115分です。」


「どういう内容なの。」


「死刑に関する内容です。」


「…今観るタイミングなの、それ」


「死刑だけがテーマじゃ無い。死と生、両方が描かれている深い作品です。」


「そういう映画観るんだ、お前。」


「凄く好きですよ。」


「本当にいいのか?明日に響くぞ?」


「響かせませんから。」


「じゃあ、観て帰るか…。」


 百合華の表情は言わずもがなの笑顔だった。

 レ・ミゼラブルもお勧めだったが、少し上映時間が長かった。


 2人ともリビングルームのソファに移動し、DVDを再生した。百合華は何度も観て泣いた映画だ。未だに観ると目頭が熱くなってくる。出てくる俳優陣も豪華だ。この映画は実に深く人生を考えさせられる映画なので、ラフな気持ちで友人たちに勧めたことはない。

 それでも、今日この【今】、穂積怜とその映画を共有したかった。


 穂積怜もその映画にのめり込んでいる。意外と好きなジャンルなのかな……穂積怜の真剣そのものの表情と、映像を見比べながら百合華はだんだん目と頭が重くなってきたのがわかった。


 船を漕いでは目を覚まし、の繰り返し状態になっている自分に気づいた。そしていつの間にか穂積怜の肩に頭を乗せ、眠りについていた。



 ————————


 折角集中して観ていたのに、突然肩に寄りかかってきた時は慌てた。

 これは…故意なのか?事故なのか?


 確かめるために怜は百合華の頭部を左手人差し指でツンツン…とつついた。しかし反応は無い。

 それどころか、怜の肩に頭を乗せながら前後に船を漕いでいる。

 よく聞くと、いびきが聞こえるではないか…。故意ではない。事故だ。


 百合華の部屋は、ソファのちょうど裏側にシングルベッドが置いてある。

 怜は百合華を起こそうと、頭を少しずつ持ち上げてみたが、目は開かない。代わりに口が開いている。無防備なやつめ。


 両手で百合華の肩を持って、少し揺らしてみた。「おい。」声をかけるも、起きる様子が無い。


 仕方がないので、怜は立ち上がり、百合華をそっとソファに横たわらせた。そしてベッドのかけ布団を捲り、再びソファへ戻り、いわゆるお姫様抱っこで百合華をベッドへ移動させた。

 この瞬間目を覚ましたらビンタされるのではないかとハラハラしたが杞憂に終わった。百合華の体にそっとかけ布団をかける。

 よく眠っているようだ。


 怜は、「続きはまた今度。」と呟いてDVDを消した。

 確かに引き込まれる内容だった。

 死ぬことと生きることの間に立つ怜にとってはなおさらだ。最後まで観たとき、何を感じるだろう。


 怜は、まだ片付いていないテーブルの上を全て片付け、台拭きでテーブルを拭いた。台拭きを洗い、乾燥させる棒にかけておいた。


 飲み終わったビールの缶を、音を立てないように捨てた。


 今一度、百合華のもとに戻り、「じゃあな。」と声をかけた。

 目を閉じていた百合華だったが、唇を動かして何か喋っている。夢でも観ているんだろう。その時百合華が言った。




 ()()()()()()()()()()()()()()()



 怜の鼓動が不意に早くなった。



「……倉木?」 


 小さな声で名前を呼んでみる。が、反応は無い。念の為もう一度声を出してみる。


「じゃ、帰るからな。」


 百合華は寝返りをうった。眠っているようだ。



 恋愛関係に発展したことはある。

 それ以上の深い関係になったこともある。

 だが怜の人生で、最初こそ良いものの、最後は『つきあいきれない』と逃げられるのが常だった。それが基本的な、怜の恋愛のパターンだ。


 それにこの間、直接百合華に言ったように、今恋愛をするということは考えていない。もはや何もかもがどうでも良く、人と関わるのは極力避けたい。自分が幸せになるつもりも、人を幸せにするつもりもない。



 ———なのになぜ、俺はここにいるんだろう。



 不思議な女だ。怜は思った。

 ことの発端はこっちが大人気なく罵倒し、貰った弁当をぞんざいに扱ったあげく謝罪もしなかったというのに、むこうから謝りたいと言ってきた。

 本質的な謝罪がしたい、だから怜のことを調べたいと。

 そこまでする女に怜は今まで出会ったことがない。


 それに最初にバーで出会った時の、百合華の瞳に秘められた強い意志。それを怜は感覚で読み取っていた。虚像ではない本当の百合華に関心を持ったのも本音だ。


 (だが以前言ったように、おれはクズだ。怜は心の中で百合華に語りかけた。本当はお前をクズだとは思っていない。俺のクズっぷりに、お前を巻き込みたく無い。)


 怜は、百合華の調査がどこまで進むかに関心が移った。そのうち身も心も辛くなって放り出すんじゃ無いか。

 あまり期待するんじゃない。怜は自分に言い聞かせた。

 怜は自分に答えた。わかりきったことだ。



 それでも怜はひとつだけ、余計なお世話をすることを思いついた。

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