7話 続く闇
聖都・奴隷一斉解放日から2日後。ある奴隷商団の館は未だに聖都騎士隊による取り調べは完了していなかった。
解放日の前夜。聖都に存在する14もの奴隷商団が一夜にして全て壊滅。その多くは半日で検査が終了。生存者は一人もおらず、破損されなかった奴隷は法に基づき「もの」から「人」へと地位の向上が施された。
大量殺人の検査がなぜ半日で終わったか。それは残った最後の商団の館に犯人と思われる魔物が陣取っていることにある。
「魔物は全身から鳴き声を発し皮膚は鳥のくちばしのようなもので覆われています。強さは未知数であり騎士、冒険者混合の特別パーティの結成を要望します……とのことですが」
若干、話し言葉が混じった報告書を読み上げるオーフェン。場は聖都宮殿の中心部、7大議室にて議論が行われている。
7という数字はこの聖都に存在する大臣の数を表す。この街の行方はこの大臣達が話し合って決めるのだ。
「ではそうするがいい。そんなことよりも竜都への贈り物はどうした?」
大臣の一人がしょうもないと言った態度で話しを流す。それに続きほかの大臣も竜都との交友関係を気にしている。
無関心すぎる。その一言しか出なかった。
「……まるでどうでもいいと言った感じですね」
「全くその通りだ。どうせあの男は何もしておらんのだろう? なぁ、副長?」
「それは、そうですが。」
騎士隊隊長フェン・グラン。彼の剣は万物を等しく両断し、圧倒的な強さで敵を屠る聖都の最終兵器。
しかしそんな彼は数年前から全く戦おうとしなくなってしまったのだ。戦わなくなった理由は誰にも話さずいつも話を濁してしまう。それでも騎士隊隊長でいられるのは名前を置いておくだけでも敵国への圧力になったり反乱の抑制になったりと価値があるからだ。
「あいつがやればすぐに解決するではないか。なぜでない?」
「わかりません」
「チッ とりあえずこの件はお前に任せる。命令だ。なんとかしておけ」
「はい……」
「新しい仲間、ですか?」
酒呑が頬に手を当て首を傾げる。
聖都組合は今、依頼を完了した冒険者や依頼を受ける冒険者で一杯になっている。パーティを組むなら都合がいい。
「うん。やっぱり思うところがあってね」
「やはり私では護衛に心配があるのでしょうか……」
「いやいやいやいや! 酒呑のことは何も心配してないよ。問題はそっちじゃなくて」
この世界の情報。それも世界の情勢とか地域の現状などかなり時事的なものだ。例えば聖都の特産品が奴隷などそうゆうことを知っているこの世界の案内人が一人欲しい。
「なるほど。そうゆうことですか……。でもやはり私の力不足が原因なのですね。」
なぜうちの子はこんなにも悲観的なのか。
隣に座りぎゅっと袖を掴む酒呑の頭をゆっくりと撫でる。こんな馴れ馴れしくしていいのだろうか。疑問が残るが雪はこうしてやるととても喜ぶ。最初やったとき喜びすぎて落ち着きが完全になくなってたけど。
胸元の小さなプレートが光を反射して輝く。そのプレートには3という文字が彫られていた。先日おじいちゃんを助けたときにゴブリンの討伐と護衛が点数として加算され一個飛ばしで昇級となったらしい。
「等級って案外簡単に上がるもんなんだな」
「若には少し退屈すぎるでしょうね」
「そんなこと無いって」
クスリと酒呑が笑う。
「またまたご冗談を」
ふと交差する影がぴたりと身の前で止まったのに気がついた。
「あの……同席してもよろしいでしょうか? 席、ほかに空いてなくって」
「ああ、すいません。どうぞ」
ここはテーブル席で椅子が四つある。座っているのは俺と酒呑だけだし別段断る理由もない。女の子は俺の隣、酒呑の反対側に座り飲み物を一つ頼む。
すごくふわふわとした子だなぁ。などと思ってしまう。軽くパーマのかかった髪にヒラヒラが多いローブを身につけているためその印象が否めない。
「おっ、フランちゃんじゃーん」
背後からのねっとりとした男の声。自分に向けたものでは無いとわかっていても少し苦手なものがある。
全身を皮の装備で固めた男はまっすぐへと少女の方へ向かう。
「えっと、どなたでしょうか?」
「そんなことはどうでもいいじゃん。それよりさーおふくろが床に伏せって大変なの。お金貸してくれなーい?必ず返すからさぁ?」
バカなのかこの男は誰が見ず知らずの男にお金を貸すものか。だいたいよく人前で──
「そ、それは大変です! 銀貨一枚もあれば大丈夫でしょうか!?」
えぇ…… 空いた口が閉まらない。隣にいる酒呑だって呆気にとられている。そんなことして大丈夫なのだろうか。それとも異世界でこれは当然の行為なのか。しかしこの男はまだ序ノ口に過ぎなかった。その後9人、金を借りに来た人全員に銀貨一枚ずつ貸している。
「ねぇあなた? もしかして毎日こんなことしてるの?」
青ざめた酒呑が恐る恐る尋ねる。あまりの可愛そうさに思わず聞いてしまったのだろう。かくいう俺だって虫の居所が悪すぎて聞こうかと思っていたところだ。
どうか今日たまたまであってくれと切に願う。しかしそんな都合のいい世界ではなく少女の口から笑顔で「はい!」という言葉が出てくる。「なぜ?」と聞くと「冒険者は助け合いですから!」と笑顔で返され「お金は?」と聞くと「さっき貸したので無一文です!」とさらに笑顔で返される。
「すいません。つい不憫で……」
「いやいいよ。俺も止めようか迷ってたから」
その件の少女は「コレ美味しいですね!」と現在馬の肉を頬張っている。俺の金で買った馬の肉を。
「それにしても酒呑も不憫とか思うことがあるんだ。おじいちゃんの時はなんか俺に合わせてるだけっぽかったから少し意外だった」
「ええ、身振りがまるで若みたいだったのでつい。」
「え……?」
未だに酒呑が俺のことをどう見ているのかわからない。
「はふぅー久しぶりにこんな食べました! ありがとうございます」
皿を重ね机を整える。少女は満足したらしく空いたスペースに腕を置き食後の休憩を取っている。
その時だった。
組合の大きな鐘が鳴ったのは。
「え、何? 敵襲?」
「違いますよー冒険者全員に向けて緊急の依頼が入ったという合図です」
両手を腰に当てドヤ顔で説明する少女。なぜ彼女が自慢げなのか。
「これ凄いんですよ。報酬も高いし、何より人が集まってくるんです」
なるほどと相づちを打つながら依頼が貼ってあるコルクボードを眺めていると一人の女性受付の方がボードの前に立つのが見えた。
それに続き人がどんどん集まってくる。
「皆さん集まっていただきありがとうございます。では今回の依頼を説明しましょう」
さっきまで騒がしかった組合が息を止めたかのように静まりかえる。どうやら緊急の依頼は組合全体に聞こえるよう静かにするのが暗黙のルールらしい。そのため依頼の内容は意図せずとも頭に入ってくる。
「まず今回の依頼主は聖都騎士隊から、つまり聖都全体からということになります。報酬は金貨30枚。あるいはそれ以上」
「おお!」と感嘆の声がところどころで漏れる。かくいう自分も漏らすとこだった。銀貨20枚で金貨一枚。つまり報酬は銀貨600枚。銅貨にすると12000枚だ。そんな美味しいイベントを逃すわけがない。
「依頼内容は討伐。対象は奴隷商団を壊滅させたと思われる魔物です」
「ウワーカイメツダナンテソウトウツヨインダロウナー」
虚ろな目が天井を仰ぐ。
まさかバレた? 大丈夫? ここで「犯人はそこの二人組みだ!」みたいにならない?
助けを求めるように酒呑を見る。
「な、なぁ酒呑? って酒呑顔青い!」
頼りの酒呑は青ざめた顔で全身汗だくになっていた。それでもいつもの柔らかな笑顔を崩していないのだから凄いと褒めるべきだろう。
今回は関わらないのが吉か……。
こんな状態の酒呑を自分のワガママに付き合わせるわけにはいかない。
「じゃあ俺たちもう行くわ」
少女に別れを告げ席をたつ。
「あれ? 依頼参加しないんですか?」
「ああ、ちょっと連れの調子が悪そうだからね。大切な仲間だし無理させるわけにはいかないからさ」
「そうですかーちょっと寂しいです。またどこかで会いましょうね」
「お帰りなさいませ若様! 雪にします? それとも雪にします? って酒呑様の顔色!」
心配混じりの雪さんの声。だがこうしてる場合ではない。
酒呑は手招きし雪を呼ぶ。
「雪さん。耳貸してください」
「え? はい。いいですけど……」
(ひよこ)
(ひよこ……ですか?)
(前に若のために何かの集団を潰して回ったことがあったじゃないですか)
(ええ、はい)
(その時ある1匹の身体にひよこの顔を大量に埋め込んだんですよ。放って置けば勝手に死ぬだろうと放っておいたんですけど聖都が対処出来ないほど強くなってたみたいで……)
(なるほど。それでどうなったんです?)
酒呑は肩をすくめながら答える。
(国に懸賞かけられて組合に討伐依頼が出てました)
(別にいいのでは? 犯人をそのひよこ? になすりつけてしまえばいいと思いますが)
(いえ、人間たちの魔法の力がどこまでなのかわからない以上危険かもしれないんです。私だってそのものの親の特定や物の製作者の特定くらい簡単ですし)
(あー、では跡形もなく消し去ってくるしか……)
(ですよねぇ)
「あの雪? 酒呑? 一体なんの話を?」
「あっ若様と一緒に3人でお風呂はどうかという話を。どうぞ若様は先にお部屋にお戻りください。あとで御夕飯をお持ちします。そのあとお背中お流ししますね」
「えっあっうん? え、風呂?」
「さぁ若様。お疲れでしょう。さぁさぁ」
「ああ、うん。ありがとう」
雪さんが気をきかせてくれたのだろう。若は階段を上り部屋へ戻っていく。
「とりあえず酒呑様、私たちも部屋で話しましょう」
「ほんとに立ってるだけでいいですか?」
元奴隷商団本部前に集まった冒険者達。その中には浩二達が不憫と哀れんだ少女もいた。
「ああうん。フランちゃんはそれで十分。分け前もちゃんとあるし心配することは何もないよー。……まぁ生きてたらだけど」
「うん? 最後なにかいいました?」
「いやいやなにも?」