5話 城主
最近わかってきたことなんだが……雪とか酒呑達、少し過保護過ぎないか? 少し怪我したらすぐにオロオロしてしまい落ち着きがなくなってしまう。前にバジリスクと戦った時もそうだった。あれではオロオロしてる間に攻撃されてしまうかもしれないではないか。
今日はそのことについて対策を練ろうと思っていたのだがなにも良い案は浮かばず暗くなってしまった。
まぁいいや。今日はもう寝よう。
そう言い俺は布団に入った。それから20分ほど経ったくらいであろうか。
急に身体が動かなくなる。
え、嘘。人生初めてのかなしばり? ここで? この歳で? いや歳は関係ないだろうけど。
不意に耳元に吐息のようなものが吹きかかる。
「ぁ────」
……怖くないぞ。
声も出ない。目も開けれない。感じるだけ。でもどうせ、雪とかあのケーキ6人組の仕業だろ? 怖くないからな! でもあれだな、うん。そろそろ無茶したり頻繁に外出するのもやめよう。心配されるもんな。うん。
「──ぁぁぁぁぁぁあああああああ!」
ごめんなさいすいませんもうしません。……消えた? ふっ俺の念術が効いたようだn。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
いやぁぁぁぁぁぁ! マジでやめてマジでやめて! そうゆうのおじさん、ほんと無理だから! お願い! なんでもは出来ないけど出来る範囲で頑張るから!
全身に自由が戻る。俺は勢いのまま布団を蹴り飛ばし立ち上がった。
妖術で近くのランタンに火を灯す。変わったことは特にない。……枕元に膝から先のない、フリルのついた服を着た少女が立っていること以外は。
「……ナカーマ?」
「城主……」
少女はそれだけ呟くと真下を指差す。
つまり俺らが勝手に住み着く前の城主ってこと?
「あなたさっきなんでもするって。やって欲しいことがある」
「なんでもとはいってないです。出来る範囲で頑張るだけです」
「家族をバラバラにしたやつを見つけて連れてきて」
聞いてないな。
「ちなみに断ったら?」
俺がそう聞くと同時にべチャリと真横で何かが叩きつけられる音。
恐る恐る音がした方へ視線を向ける。
すると壁に赤々としたケチャップが叩きつけられていたのが目に入った。
少女は相変わらず浩二をじっと見つめている。
「やらせていただきます……」
「若様? 何をお探しになっておられるのですか?」
書斎にて1時間ほど本を漁っていると雪が訪ねてくる。書斎はこの城にもともと在るものでここを含め一部は改造されていない。そのため洋風なのか和風なのかわからない中途半端なことになってしまった。
「この城がどんな城だったか気になってね。住まわせてもらってるんだから知っとかなきゃと思って、あと俺の命のためにも」
「む? 若様の御生命と城の過去になんの関係が?」
「いやいやいやいや、俺の知的探究心みたいな……まぁあれだよ。うん」
雪の指摘に対し俺は言葉を濁す。
雪や馬骨に知られてはいけない。だって知ったら絶対「若様を脅して何かさせようなど笑止千万。城ごと凍え殺してやりましょう」とかそうゆうよろしくないことになる。
それだと困るのだ。壁だけではなく俺までケチャップまみれになってしまう。思い返しただけで身震いしてしまうではないか。
「では雪も若様にご一緒しましょう」
「ああ、ありがとう、雪」
「では私は向こうを探してきますね」
雪の参戦は普通にありがたい。この書斎、広さは市の図書館並みなのだ。そのくせ本の種類がバラバラ。魔法について研究した本の横に童話があったり図鑑の横になぜか真っ白の何も書かれていない本があったりかなり並びが不規則でそれが余計に探す手間を増やしている。
「何をしてる?」
「ここの本すごいバラバラ」
「若様もケーキ食べる?」
「それはいい。お茶会を開こう」
「若様こないとつまらない」
「ケーキをおひとつ追加。抹茶のケーキで」
「出たなケーキ6姉妹」
赤、黒、青、黄、白、緑。前と同じ順で俺を囲むように立っている。雪が遠くの方へ行ったのを見て近づいてきたらしい。
「失礼な、私達にも名前がある。私はストロベリー」
「ショコラ」
「ブルーベリー」
「ハニー」
「ホワイト」
「ティー」
「なるほど、そうだ。ストロベリー達も手伝ってくれないか? この城について調べてるんだけどここ広くて大変でさ」
「いいだろう」
「ただしタダではない」
「無料より怖いものはない」
「私達優しい」
「よって若様も私達の要望に応える」
「要望は後で決めよう」
「おじさんが出来る範囲にしてね」
「決まり」と6人の声が重なる。
彼女らはそれぞれ宙に浮き高いところにある本へ向かっていった。
それからさらに2時間ほどは経過だろうか。マジでない。この城は自身のことを記録しなかったのか、それともすでに誰かが持ち去ってしまったのか。
「あれぇー? 若ぁ? 何をなさってるんですぅ?」
酒呑だ。お香の香りで紛れてはいるがお酒の匂いがする。まさか昼から飲んでいるというのか。
「あー! 酒呑様、お酒はほどほどにとあれほど!」
「まぁまぁ、たまには飲ませてあげたら?」
「若様は甘いんですよ、もう……」
雪がうなだれ、酒呑が喜ぶ。
「それより若は何をやってるので?」
「そうそう、この城のことを調べようと思ったんだけどなかなかこの城についての記録とか全く無くてね。困ってたんだよ」
「そりゃそうですよ。そんな大切な情報、誰の目にもつくとこに置きませんってば」
「そうなの?」
俺の質問に対し酒呑は「そうです」と告げる。なんとなく聞いてしまったがこれで俺の3時間は否定されたというわけだ。……もうやだ。
「ではどこにあるのでしょう。雪はわかりませんし……酒呑様はご存知になられます?」
「はい、知っておりますよ。おそらくですが」
「それでもいい。案内してくれないかな?」
「若の頼みとあらばもちろんです」
酒呑はさっき俺が探していた本棚に近寄り一冊選んで抜き取る。赤い背広の題名のない本。俺がさっき見つけた白紙だけの何も書かれていない本だ。
酒呑はそれを反対側の本棚のちょうど空いている一冊分の隙間に差し込む。
すると──
「本棚が動いた……?」
木材と木材が擦れ合う音を出し本棚が内側に収納されてしまう。
「ささ、どうぞお入りください」
酒呑に続き皆が中に入る。これ入った後に閉まって閉じ込められないよな?
「ここです」
連れてこられたのは書斎の4分の1ほどの広さの部屋。なぜか部屋の中心にお香が大量に焚かれており、端に本やら書類やらが無造作に置かれている。
「ここでお香を?」
「ハイ。ここは私がお香を作るのに使わせております」
「酒呑様、もしかしてここにあったものを適当に端に寄せましたね? いけませんよ、物を失くす原因です」
なるほど、この端にあるやつか。
浩二は適当に一つ手に取り読み上げる。
連合加入国──
──以上
「文字がほとんどかすれて読めないなぁ。酒呑、これ持ってっていい?」
「どうぞ、私には必要のないものなので」
「雪、運ぶの手伝ってくれ」
「ハイ! 喜んで!」
荷物を全て自室に運び込むと一息いれる。
今日ほどダンボールの存在を欲した日はないだろう。
「ダンボールってあんなに偉大な存在だったんだなぁ。そりゃ某ヘビさんも装備の一つに選ぶわけだ」
会社では姿をみかけるたびに腰を案じていたがここにきてからその心配はいらない。あいつ、いつも影から俺たちを支えてくれてたのか。ギックリ腰原因の象徴とか言ってごめん。お前が恋しいよ。
失ってから大切だと気づくものがあったことに悲しみながら俺は部屋に持ち込んだ資料に目を通す。
いくつもある中で一目で違うとわかるものは除けていく。すると中から一冊の本を見つけた。
本を開くと日付らしきものとその日にあったことが書いてある。
「日記か」
人の日記を覗くのはちょっと申し訳ないがそのまま先を読んでいく。
──日目 聖都との関係は良好だ。竜都とは少し不安だが必ず友好関係を築いてみせる。
──日目 明日、北都との会合がある。これが上手く行けばアレも上手くいきここら一帯は平和になるはずなのだ。
……ページがいくつか抜けてるな。
──日目 最近魔物が増えすぎている。このままでは人民達も安心しないだろう。なんとかしなければ。
──日目 調べたら──が意図的に魔物をここに追いやっているらしい。一体何故だ。
──日目 俺の力不足を許してくれ
えぇ……死んでるじゃん。紙もボロボロで何十年経ってるかわからない。第1、今考えるとツタで覆われているような城が朽ちたのって何年前だよ。まぁ命がかかってるからもうちょい調べるけど。
まず、ここに出ている聖都、竜都、北都。多分犯人はこのどれか。かといってどこも知らない場所だ。
「明日、町で調べてみるか」
「こんにちは、コージさん」
2日ぶりに来た組合はあいも変わらず冒険者達によって賑やかだった。
「こんにちは。えっと……」
「アッシェとお呼びください」
受付嬢のアッシェさんは笑顔でそう答える。
「では、アッシェさん。聖都、竜都、北都のどれかにいきたいんですが何かいい方法あります?」
「ここの近くでしたら聖都が一番近いですかね? ちょうど良い依頼もありますがどうなされます?」
アッシェさんがいくつかの書類を目の前に提示する。
なるほど、ついでに依頼をこなしてお小遣い稼ぎもイイかもしれない。
「おい、お前。酒場の時のやつじゃねぇか?」
後ろから声に意識を割く。こちらを知ってるような口ぶりだが……受付に置いてある鏡で顔を確認すると確かにどこかで見たような顔だ。
男は背中に大きなナタをぶら下げており胴体を鎖で覆い鎧がわりとしていた。
「若……」
少し遠くにいた酒呑が不穏な匂いを嗅ぎつけ心配そうに近づいてくる。
「イイじゃねぇか? おい、前の続きだ。表出ろや」
いつのまにか賑やかな空気は消え失せ周りは静かにこちらの様子を伺っていた。
「ガゼルさん、次問題を起こしたら証剥奪となります。よかったら今、組合長を呼びましょうか?」
アッシェさんの重いトーン。流石に仕事を奪われるのは避けたいのかガゼルは舌打ちをして組合を出て行く。
「ありがとうございます」
「いえいえ、騒ぎを事前に収めるのも受付嬢の仕事ですから」
組合に再び賑やかさが息を吹き返す。あのガゼルってやつ色々問題起こしてるっぽいな。以後注意しておこう。
「それで依頼はお受けなられますか? オススメなのは荷物を運ぶ仕事などですが。ちなみに商団の護衛任務とかあるんですがこれはもうちょっと階級が上がってからですかね」
そうだったのか。それにしても色々あるな。仕事が選べるというのだからつい目移りしてしまう。
「じゃあ荷物運びで」
それなりに考えたが経験があるこれだ。
俺は書類の中から一枚選びアッシェさんに提示する。
「荷物運びですね。わかりました。ではこちらをお受け取りください」
そう言って手渡されたのは弁当箱ほどの手包。これを聖都の組合に届ければ依頼は完了だ。
この時、不意に背中に何か押し付けられるのを感じた。
「スーハースーハー」
振り返らなくてもわかる。酒呑が俺の背中に顔を押し付けているのだ。そしてすごい臭いを嗅がれている。
「えっと……酒呑? 何やってるの?」
「すいません、若。ちょっと……いえとてつもなく苦手な匂いが近づいてきてまして。ゴホッ」
酒呑は鬼をベースに作られた妖怪で嗅覚や聴覚がとてつもなくいいらしい。そのため悪臭には弱く、城にお香の匂いが蔓延しているのもそのためだ。
組合に来た当初、血の匂いがしてここはあまり好きではないと言っていた。だとしたら多分犯人は新しく帰ってきた冒険者だろう。
「そっか、俺の用事に付き合わせてゴメン。早くここを出よう」
「はい、申し訳ありません」
酒呑に背中を預けたまま早足で出口へ向かう。
俺が扉に手をかけようとするとドアノブが離れて行く。反対側から誰かが開けたのだろう。
開かれた扉の先には白い鎧で全身を固めた男が立っていた。
「失礼。新人君」
男はそう言い残すと俺たちの横を通りすぎる。そのすれ違う瞬間、背中の押し付けが強くなった。
「酒呑大丈夫?」
「はい。もう大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました」
「なんなら聖都に向かうの明日でもいいけど」
「いえ、若のお好きなようにしてください。私はすでに癒されたばっかりなので」
「俺なんか酒呑にあげたっけ?」
「はい、とっても良い香りでした」
必死に頭をひねる。うーむ、どうしても何かあげた記憶が出てこないのだが……。