5話 冒険者
「逃げて! いい? あれはバジリスクって言って推定レベル等級7以上、複数人でも等級6以上じゃないと倒せないと言われてるの。ごめんね、新人達が依頼をこなせるように教えるのが今回の私達の仕事なのに……」
ジュセは振り返って浩二と酒呑に背を向けると毒々しい紫色をした大きなトカゲのような怪物に立ちはだかる。
「私達がアレを足止めするからあなた達は組合に戻ってバジリスクが接近していることを伝えて! あと……パーティ、銀の剣は未来の等級10を守り勇敢に戦ったとも。ふふっ頑張って強くなってね。そしたら私達の名前もいろんな人に広まるから」
走っていくジュセの背中を眺めながら浩二は会社の事を思う。
(俺の上司もあんなんだったらなぁ……)
「というかどうしてこうなったんだっけ?」
事の始まりは2日前、浩二が冒険者をやってみたいと言ったことにある。
「冒険者をやってみたい、ですか?」
七輪で魚を焼くために出た煙が雪の息によって少し軌道を変える。
「ああ、うん。やっぱりこの世界のこと色々知りたくてね」
「ダメです」
「へ? でも前は護衛つけたらいいって」
「町に行くだけならです。組合に所属するということは何かと戦うということ。そんな危ないこと若様にさせるわけにはいきません」
「本音は?」
「若様とずっと一緒にいたいです! 出来ればずっと部屋を出て欲しくありません!」
うん、大丈夫そうだね。
「主よ。護衛なら我に任せていただきたい。きっと役に立ちましょうぞ」
いつのまにか庭に出ていた馬骨が話に交わる。
「馬骨……多分その身体じゃ人と違いすぎるから無理だと思う」
気持ちはありがたいのだが流石に馬の下半身と頭を持っているやつを連れて行ったら逆に駆除対象となってしまう。
「不覚……」と言って崩れ落ちている馬骨には本当に申し訳ない。
「で、では雪を! 雪をお使いください! 見た目では人と大差ありませんし! いつでも美味しいお料理を作ってあげられます! 身体が火照ったときも雪なら冷やせます! 人肌が恋しく感じたときでも雪ならどこでもお相手します! たとえそれが人前だとしても雪は脱ぎます! だから雪を! 雪をお使いください!」
「流石に人前はやめてくれ。でも雪なら大丈夫かもなぁ。多分、妖怪とかわからないだろうし」
「はい! お任せください! 若様に命令するもの、馴れ馴れしいもの、目障りなものは全て凍らします!」
「失格」
「若様!?」
それじゃただの危険者だ。残念ながら雪を候補から外す。
すると後は誰が残っているのだろうか……。
「若、新しいお香を作ったのですが、一緒に試してみませんか?」
扉をゆっくりと開け酒呑が部屋に入ってくる。
「酒呑!」
「はい!? あ、あなたの酒呑ですが……どうなされました?」
「酒呑は俺に命令するもの、馴れ馴れしいもの、目障りなものがいたらどうする?」
「若が手を出されないのなら私も耐えますし、若が粛清するというのなら私が代わりにやりましょう。私は若の意思通りに事が進めばそれでいいです」
「採用」
「へ?」
俺は酒呑に事の経緯を話し、組合のものと思われる建物の前まで来た。さすがに嫌がるかと思ったのだが酒呑は笑顔を崩さず二つ返事で「はい、若が求めるのならどこまでも」と了承してくれた。
妖術で町に戻ってくること自体は簡単であったがここの住民、建物の場所を教えるのが本当に下手なのだ。誰に聞いても大まかな方向しか教えてくれない。その上、この町は無駄に入り組んでおり下手に歩くとすぐに迷う。
そんなやっとの思いでたどり着いた赤色の何かの鱗のようなもので外壁を形成している冒険者組合へ入っていく。
「ようこそ! 冒険者組合へ!」
扉を開けると白い服の女性が大きな声で出迎えてくれる。少々うるさすぎるくらいだ。
「今回は依頼でしょうか? それとも報告でしょうか?」
「あー、冒険者になりたいんですが」
「ではこちらへどうぞ」
女性に案内され受付の奥にあった部屋へ入る。
部屋に入ると大きな長机が1つとソファが机を挟んで向き合うように設置してある。
「少々お待ちください」
女性は俺たちをソファに座らせた後、お茶を出し部屋を出て行く。
「やはり血の匂いも混じっていますね」
害になるものを駆除して戻ってくるものもいるのだ。仕方ない事だろう。しかし自分では気づかないほどうっすらとした匂い。
やはり酒呑のような鬼というのは人よりも嗅覚や聴力、視力までも違うのだろうか。
「でもやはり若の匂いは落ち着きます。若がいるだけで私は安心していられるでしょう」
家のような安心感と言いたいのだろうが自分のような中途半端な年齢のおじさんが言われると少し加齢臭を気にしてしまう。気がついたら自分の服の匂いを嗅いでいた。
無意識って怖い。
「どうもー、おまたせしましたー」
元気な挨拶と共に同年代くらいのおっさんが入ってくる。
少しぽっちゃりめでタバコ臭い。
やはり酒呑には匂いがきついのか、身体を俺の腕にピッタリとくっつける。
「来るものは拒まないのがウチの組合です。といっても本部の最低基準が文字を読めるかどうかなんでそこは見ますけどね。ではこちらの書類へサインを」
文字を読めるかどうか。そういえば重大な問題だった。世界が違うのだからもちろん言語も違うだろう。
ものは試しだ。とりあえず出された書類を手に取る。
すると3D映像のように文字の上に立体で日本語が出てきた。
都合のいい世界だな……
俺は簡単に目を通し名前を書く。酒呑も似たような感じだ。
「ハイハイ、コージさんとシュテンさんですね。ようこそ冒険者組合へ」
その後1と彫られた小さなプレートを貰い受付嬢に簡単な説明をして貰う。
プレートの数字は等級を表しており、数字が増えるほど経験を積んだ強い冒険者ということになる。
等級1の最初の仕事は上の等級の仕事についていき、依頼をこなす大まかな流れを掴んだりすること。
「こんにちはー今回あなた達の付き添いをする銀の剣のリーダージュセでーす」
「リョウです」
「ガンテツと申す」
この人たちについて行けばいいらしい。左からお姉さん、イケメン、ゴリラだ。
「こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
浩二に習うように酒呑も少し頭を下げる。
「では早速出発しましょうか」
どれだけ歩いただろうか。軽く5時間は超えている。というのも今回の依頼は隣町まで荷物を運ぶというものだからだ。
「若、大丈夫ですか? なんなら私がおぶっていっても良いのですよ?」
「いや、大丈夫だよ。気遣いありがとう酒呑」
酒呑は「貴方の酒呑ですから」と嬉しそうに一言。
浩二はこの世界に来てから不思議と身体が強化されてるせいでどれだけ歩いても疲れない肉体となっている。
例えそうでなくとも人前でおんぶされるというのは少し恥ずかしい。
「もう少しで町が見えてきますよ」
イケメンが残りの距離を教えてくれる。目を凝らすと確かに石の壁が見える。
「今日はラッキーですね。いつもなら数回は戦闘になるのに戦うどころか姿すら見ませんでしたよ」
そりゃあうちの酒呑が何かの視線を感じるたび睨み返してましたからね。
そうこうする間についに町へたどり着く。
「荷物をここの組合に届ければ今日はもう何もありません。観光するも良し、デートに行くのも良いですよ。宿はこっちでとっておきますから」
「わ、私と若はそ、そんな関係ではぁ……」
「では邪魔者はすぐに退散するとしますか」
「宿の名前はふくろうというとこなり」
知らない町で上司に見捨てられ呆然とする俺と酒呑。というか酒呑、耳めっちゃ赤くなってるけど大丈夫か。
「と、とりあえず城に戻って雪さんが作ってくれてるであろう夕食をいただきましょうか」
「若様、お帰りなさいませ! 雪はずっと若様の帰りを待っていました!」
元気な声が城に響く。やはりここが一番落ち着く。
「もう夕食の支度は出来ております。酒呑様もどうぞ。あ、お酒は無しですからね。若様が戻ってこられたときのアレ。酷すぎですから」
「ハイ、自重します」
俺が戻って来た時、というのは多分俺が馬骨の試練を受けた後、酔った酒呑に絡まれたときのことだろう。
「わかっておられればいいのです」
その後、俺と酒呑はまた町に戻り部屋に入ったのを銀の剣のリーダーに確認させてからまた城に戻って夜を明かした。
「では、朝早いですが出発しようと思います」
リーダーが簡単に今日の予定を伝える。
ちなみにまだ太陽もほとんど出ていないので本当に朝早い。なにやら朝は魔物達も眠っておりほとんど遭遇することもないのだとか。よって昨日は使えなかった森の中を突き進む近道が使えるらしい。
「では、張り切っていきましょー」
そう言ってリーダーは馬にまたがる。何故昨日、歩かされたのか疑問である。
「こら、別に取って食べたりしませんので暴れないでください!」
珍しく酒呑が苦戦している。
「暴れるのなら仕方ありません。悪い子にはこうです」
酒呑は懐から一枚の長方形の紙切れを取り出し馬に貼り付ける。すると暴れていた馬は途端に静まりかえり動かなくなった。
「さぁ行きましょうか」
一体何をしたのだろうか。俺には怖くて聞けなかった。
「シュテンさんも乗れたようですし出発しましょうか」
リーダーの馬が走り出すと、後を追いかけるように自分たちの馬も走り出す。
「まさかこの人生で馬に乗る日が来るとは」
「馬に乗ったことがないなんて珍しいですね」
「まぁちょっと変わった生活を送ってましたから」
「やはり何かいいとこの出身なので?」
「おいガンテツ。そういう話はタブーだぞ」
「む、すまなかった」
何気ない話をすること1時間。近道だという森へ突入する。
(若、ちょっとよろしいですか?)
(何?)
(この森、あちらの3人より強いものがいますが大丈夫なので?)
(それって俺たちにも勝てる相手?)
(私達にとっては足下にも及びません。ですがあの3人には少し難ありかと)
(じゃあいざとなったら助けてあげよう。それまでは現状維持ということで)
(わかりました)
(ちなみにそいつとの距離とかわかる?)
(数百mほどですね)
酒呑がそう告げた瞬間、前方の茂みからゴブリンの群れが飛び出してくる。
「みんな! 馬から降りて武器を構えて! 新人達は無理しないように!」
それぞれ馬から降りると自分の武器を構える。戦闘になるかと思われた。しかしゴブリン達はこちらを少し見ただけでまた茂みに消えていく。
「なんだあいつら? 戦わず逃げていったぞ」
「まぁ戦闘を避けれるのはいいことじゃないですか」
「しかしあやつら何かから逃げている感じもしたが……」
ゴリラの予想は大当たりだった。森の奥から毒々しい紫色をした大トカゲが木々を押し倒して突っ込んできたのだ。
「バジリスク!?」
ナルホド、あれが酒呑の言っていたあの3人じゃ勝てないという奴か。
「行くぞ!」
リョウとガンテツがバジリスクと呼ばれた大きなトカゲを挟みこむように立ち回る。
「逃げて! いい? あれはバジリスクって言って推定レベル等級7以上、複数人でも等級6以上じゃないと倒せないと言われてるの。ごめんね、新人達が依頼をこなせるように教えるのが今回の私達の仕事なのに……」
ジュセは振り返って浩二と酒呑に背を向けると毒々しい紫色をした大きなトカゲのような怪物に立ちはだかる。
「私達がアレを足止めするからあなた達は組合に戻ってバジリスクが接近していることを伝えて! あと……パーティ、銀の剣は未来の等級10を守り勇敢に戦ったとも。ふふっ頑張って強くなってね。そしたら私達の名前もいろんな人に広まるから」
そう言い残すとリーダーはバジリスクに突っ込んでいった。
「リョウ、ガンテツ! わかってると思うけど奴の光線には絶対当たっちゃダメだよ! 石にされるからね!」
ジュセがバジリスクに剣を叩きつける。しかし鉄程度の剣ではバジリスクの鱗に傷をつけることも出来ず、逆に剣を折られてしまう。
「そんな!?」
お返しするぞ、と言いたげなバジリスクの目が光を集め始める。
「逃げてぇぇぇぇぇ!」
一瞬。森の中を光が突き抜けると全てが終わっていた。
バジリスクの周りにはさっきまで人間だった彫像が立っており、近くの木々も半分石になっていた。
「若、ご無事ですか?」
「ああうん、少し腕が痛いくらいかな」
そう言って右腕を持ち上げる浩二。
「──ッ! 若……申し訳ありません」
浩二の少し石化した腕を見て膝から崩れ落ちる酒呑。
「私が守らなくてはならなかったのに……!」
「大げさだって。別に死んでないし酒呑なら治せるでしょ?」
「それはそうですが……」
「ほら、雪とかに言うとまた俺も怒られちゃうからこのことは内緒ね。別に俺は怒ってないし、第一、俺が呑気に突っ立ってたからこうなったんだしそれに酒呑がこれぐらい治せる術師ってこと知ってるから」
「しかし、しかし!」
「いや本当に酒呑は何も悪くないから、そこまで申し訳なさそうにされるとおじさんもちょっと罪悪感に苛まれるんだけど……。ほら、とりあえずアレ倒そう? ね?」
「……わかりました。若はここでお待ちください。10秒で終わらしてきます」
そう言い酒呑は立ち上がる。そして立ち上がったと思ったらもうそこにはいなかった。
一閃の蹴り。バジリスクの大きな右目が潰れ血が溢れる。痛みに反り上がった身体は無防備な身体をさらけ出した。無論、それを黙って見ているほど酒呑は優しくなく重い拳を3発ほど無造作に叩きつけ、呪符を一枚貼り付ける。貼り付けられた呪符はバジリスクの生命力を吸い取り尽くし、バジリスクが倒れるとともに消えていった。
「死ね、下郎」
そう言い残すと酒呑は浩二の元へ戻ってくる。
「若、今すぐに腕を治します」
酒呑は胸元から一枚の札を取り出し浩二の石化された腕に貼り付ける。すると腕の石化を札が肩代わりするように腕は治り、代わりに札が石となった。
「ありがとう、酒呑」
「若のためならこんなことお安い御用です」
「もしかして酒呑はあの3人の石化って治すこと出来る?」
「もちろんです。若がお望みになられるのなら今すぐにでも」
「あれが一匹だけとも限らないし、森を抜けてから頼める?」
「お任せください、若」
「あれ? 私、何やってたんだっけ?」
ジュセが目を覚ましたのは宿のベットの上。もう一つのベットにはガンテツとリョウが無理矢理詰め込まれている。
「えっとバジリスクと遭遇したとこまでは覚えてるんだけど……」
ふと、近くの机に一枚の紙が置いてあるのを見つけた。
「依頼完了の証明書? 私、いつ報告したっけ? もしかしてあの新人? ……まさかね」