4話 愛
「か・え・り・ま・す・よ・!」
憤慨している雪の掴んだ浩二の腕が冷気によりどんどん冷え青白くなっていく。
「いやだぁぁぁぁぁ! 俺は……俺はここで酒を飲むんだぁぁぁぁぁ」
叫ぶ俺の願いは天には届かず華奢な見た目に反して力強い雪によって連行されていく。連れて行かれる俺を見る酒場の人たちの目はすごく切ない色をしていた。
「おかえりなさいませ若様」
「ああ、ただいま……」
出迎えてくれる小鬼達に挨拶を交わすと自分の部屋に入っていく。
そこには布団の用意がされていた。小鬼達か、はたまた酒呑がやってくれたのか。
綺麗に敷いてある布団に倒れこむ。
「何か食いたかった……」
そっと目をつむる。
まさか見当たらないと思った雪が町に来ているとは思わなかった。
「若様、疲れた?」
「ああ、うん。やっぱ疲れた……って誰?」
ここにはあまり人は入ってこない。入ってきたとしても一言声をかけるだろう。気になって目をそっと開ける。
最初に目に入ったのは布団の周りに大量に置かれたケーキ。そしてその周りをさらに囲む六人の少女。
「何かの儀式!?」
少女たちは他と違って和風な装いではなくフワフワとしたドレスを着ていた。赤色の髪、黒色の髪。青、黄、白、緑。髪の色に応じてドレスの色がそれぞれ違っている。
「疲れてるって」
「じゃあ甘いものだ」
「甘いものといえばケーキ」
「英語にするとcake」
「賛成」
「じゃあどのケーキを食べたい?」
赤、黒、青、黄、白、緑色の順で六人で会話していく。色で判断するのは悪いと思うが顔が恐ろしく似ているので判別が出来ない。あとこの部屋にある甘ったるいケーキの匂いにそろそろ酔ってきた。
「ストロベリーね」
「チョコでしょ」
「ブルーベリーで」
「蜂蜜しかない」
「シンプルが一番いい。よってショート」
「抹茶……」
見事に全部別れたな。
寝ている俺の上で交差する視線が火花を散らせる。これ、俺に振ってこないよな?
「ここは若様に決めてもらおう」
「えっ」
「それがいい」
「えっ」
「もちろん私を選ぶよね若様?」
「えっ」
「頑張れ若様。英語にするとa young master 」
「それ若様しか訳してなくない?」
「さぁ私を食べて」
「うん?」
「eat me 」
「さっきと変わらんじゃないか」
何か大変なことになってしまったような気がする。
そっとなにかが背中に触れる。振り返ると背中から黄色の子が抱きついていた。
「な、なにをなさっているのデスカ?」
「若様にハニートラップ。蜂蜜だけに」
誰が上手いこと言えと。というかトラップなら言ったらいかんのでは?
いやそうじゃない。いつのまにか六人全員が布団の上に入ってきている。
『さぁ選んでください』
六人の声が重なる。一人一人がどこかしらに抱きついているので身動きも取れない。
ヘタレな俺が出した答えは──
「ぜ、ぜんぶもらおうかなぁ」
地獄が始まった。
「若様ー入りますよー。若様?」
返事がない。もしかして寝たのだろうかか。
「灯りを消し忘れているではありませんか」
若様を起こさぬように襖をゆっくりと開く。
「さぁまだ残ってますよ」
「3個追加です」
「このつぶつぶが美味しいのです」
「どんどんいってください」
「これが毎日食べられます」
「幸せすぎて若様死にそうな顔してます」
開いた襖の先は地獄絵図。六人の少女がケーキを浩二の口に詰め込んでいた。
「な、なにをやってるんですかぁぁぁぁぁぁ!?」
とっさに冷気を放ち少女達を散らせ、倒れてる浩二の元へ駆け寄る。
「若様!? 若様お気を確かに!」
「あ、甘さの暴力……」
浩二はそれだけ言い残し目を閉じた。
「邪魔されちゃった」
「私たちのお部屋デートが」
「残念」
「明日またくればいい」
「雪ちゃんも若様大好き」
「なら仕方ない」
物音をたてぬようこっそりと部屋を出ようとする少女達。わずかながらその足は震えていた。
「待ちなさい」
空気が変わる。そこにいるのが先の主人を心配する雪ではなく不届きものを粛正する雪だったせいだ。
『逃げよう』
再び六人の声が重なる。ケーキの甘ったるい匂いはすでに消え失せ、今あるのはピリピリとした張り裂けそうな空気だけだ。
そんな中ゆっくりと半透明になった少女達はまるで落下しているかのように床を貫通し下に降りていく。
「待ちなさいと言ったのが聞こえませんでしたか?」
雪が威圧をかけると一瞬にして畳が凍り少女達の降下が止まる。運の悪いことに落下途中の彼女らは全く動けなくなり首を横に振ることしか出来なくなっていた。
文字通り手も足もでない彼女達に雪は微笑みながら迫っていく。目は全く笑ってなかったけど。
「若様、すみません。私がいながらこんなことに……」
申し訳なさそうにうなだれる雪。少なからず責任を感じているらしい。
「いや、こっちは大丈夫だよ。雪の美味しい薬膳料理のお陰で胃もだいぶ晴れてきた」
「美味しいだなんてそんな私なんてまだまだで……。 でもそれなら作った甲斐があると言うものです」
雪の料理は本当に美味しい。塩や味噌の調節が絶妙なのだ。さっきも頂いた薬膳料理も甘ったるさで限界だった胃にサッパリした味付けで食べやすかった。本人は謙遜しているがこれで生活していけるほどだ。
「そういえばさ、雪は俺が外に出るの嫌がるけどなんでなの?」
ずっと聞かなければいけないと思っていたことだ。
「それは……」と口ごもる雪。
一旦つむいだ唇はなかなか開かない。こういう時、問いただすとさらに口を固くするのは知っている。だから待つ。
なんかちっちゃい子に説教してるみたいだなぁ。自分としては全く怒ってなどいないのだが。
「私はですね……若様を独り占めしたいのです。」
ゆっくりと告白し始める雪。部屋が静かで優しい声がよく響く。
「でもそんなわがまま通りません。みんな若様をお慕いしておりますから。自分だけを見て欲しい、自分だけのものになって欲しいなどと……」
声が震え始める。
「だからせめて自分の目の届くとこにいて欲しかった。離れ離れになりたくなかった。やっと手にしたあなたを目を離した瞬間にどこか手の届かぬ所へ行くんじゃないかと……」
うつむいた雪から数粒の小さな水晶のような球体が転がり落ちた。落ちた涙が凍ったのだろう。
確かに自分は本当にこの妖怪達に慕われるような人物か、もしかしたら何か悪いモノが自分を騙して利用しようとしてるのではないか。そんな考えをつい頭の端で考えていてしまった。
「でも……だめですよね。私は私欲の為に若様を振り回しています。お嫌いになられましたよね? 当然です」
「嫌いじゃないよ」
「え?」
うつむいていた雪の頭が上がる。久し振りにみたその顔は少し驚いていた表情だった。
「いやぁおじさんの会社の部下はわからないことは相談しないし出来ないこと無理にやろうとして失敗するし、とにかく頑固な子がいてねぇ。何も話してくれないから困っちゃったんだよ。当時の俺は」
「はぁ」
「結局、その子やめちゃってね、まぁ俺も最後にはやめたんだけど。とにかく俺は雪みたいにちゃんと聞いたら理由話してくれて、自分のやりたいことをできる子が好きだなぁ」
あれ? 前半の会社のくだりいらなかった? というかこれだと部下がめんどくさいやつで雪はめんどくさくないから好きみたいに思われてない? 大丈夫?
「若様はお優しいですぅ。ぐすっ こんな私を好きになってくださるなんて」
よかった。誤解されなくて。手のかからないやつが好きってなんか嫌なやつだもんな。
「おじさんは雪がちゃんとやりたいことやって言いたいこと言えればいいと思うよ」
「若様……私が間違っておりました」
うんうん。
「でもそんな……ありのままの雪がいいなんて……若様大胆です。」
「うんうん──うん?」
あるぇー? なんかおかしいぞー? 俺変なこと言ったっけぇー? 何? 大胆って。俺恥ずかしいこと口走った?
「でも若様が望むなら雪は喜んで身体を捧げます!」
勢いよく着物を胸元からはだけさせる雪を浩二は慌てて止める。
「なぜ止めるのですか!? 私を抱いてくれるのでは!?」
「いやそんなこと言ったっけ!?」
「私に囁いてくれたではありませんか! やりたいことをやればいいと! 私は今若様と繋がりたいのです。身も心も!」
「そんな意味で言ったんじゃない! いやぁー誰かー! 誰かー!」
浩二が助けが求めるとドタドタと大きな音を立てながら階段を駆け上がる音がする。
「なにごとですか若様ぁ!?」
「ご無事ですか若!?」
最初に部屋に入ってきたのは酒呑と馬骨。その後、小鬼達がぞろぞろと集まってくる。
「若様! 若様! 若様ぁぁぁぁぁぁ!」
暴走した雪は浩二に掴みかかり馬乗りになる。当然、浩二も抵抗するが徐々に押され気味だ。
「雪よ! 何があったのだ!?」
「雪さん! しっかりしてください! 何があなたをそこまで駆り立てるのです」
二人が雪を羽交い締めにしても全く勢いが止まずそれどころか加速していく。
「人海戦術!」
誰かがそう叫ぶとたくさん集まっていた小鬼達が一斉に雪に覆い被さり担ぎ上げていく。
「若様ぁぁぁぁぁぁ! 好き! 愛しておりまぁぁぁす!」
小鬼に連れて行かれる雪を見送るとグチャグチャになった布団を直す為立ち上がる。
「怖かった……」
朝、目を覚ますと何事もなかったかのように雪は食事を作っており、馬骨は木刀で素振りをしていた。
「あっ若様、おはようございます。よく寝られましたか?」
「ああ、おはよう。おかげさまでいい朝だよ」
満足げに優しく微笑みかける雪。昨日の出来事は夢だったのだろうか。
うん、きっと夢だ。
自分にそう言い聞かせ庭へ出る。
「若様、町へ行かれるときは腕のたつものを誰か護衛につけてくださいね。基本この世界の住人は私達の足元にも及びませんがそうでないものも出てくるかもしれません」
料理を中断し、浩二の後をついてきた雪が釘をさす。
「わかったよ。雪の言う通りにする」
「ありがとうございます。では、私は料理に戻りますね。あっ……後もう一つ」
雪が何かを思い出したかのように振り返り再び近づいてくる。
「若様は子供はどれくらい欲しいですか?」