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3話 町

 お香の香りが漂う城の中を小さい子鬼達が慌ただしく走り回る。


「急げ急げ!」

「走れ走れ!」

「頑張れ頑張れ!」


 ゲーム機を介して異世界に来てからまだ3日が経過したばかり。

 初日、馬骨という妖怪に試練みたいなことを受け自分の出来る事を知った。3日で妖怪達ともだいぶ馴染めた。だから今度は最初に会ったとき、雪が言っていた人間の町でこの世界のことを知ろうと思ったのだが。


「……見当たらないなぁ」


 この通り今朝から雪の姿が見当たらない。それどころか城の中で迷子になりかけている。


「あら若ぁ、おはようございます」


 酒呑だ。後ろからで気づかなかった。昨日と同じ服装で服のはだけ具合全く一緒。もしかして寝ていないのだろうか。それとも妖怪とは寝る必要がないのだろうか。


「ああ、おはよう酒呑。雪を見なかった?」


「雪さん、ですか? そういえば今日は見てませんねぇ。どうかしたので?」


「人間の町を覗いてこようと思うんだ。でも黙っていくのは良くなさそうだし」


 どこにいてもホウレンソウは大事にしないといけない というのが俺のモットーだ。

ホウコク

レンラク

ソウダン

この三つの頭二文字を取ってホウレンソウ。

ちなみにこのホウレンソウを怠ると爆発する。マジで。


「では私が見かけたら言っておきましょう。若は気楽に町に行ってください」


「そうか? 悪いな、助かる」






 俺は酒呑に言伝を頼み城を出る。ここ3日、城からほとんど出ていなかったので外の風が気持ち良い。


「さてと……町はここから南に向かったところだよな」


 事前情報はバッチリだ。町の名前は「コムラン」。そこそこ大きい町でそこには人々の依頼をこなしたり危険な魔物が町に来ないようあらかじめ退治する冒険者組合という建物があるらしい。

 俺は城の唯一の出入り口である洞窟を抜け南に真っ直ぐ向かう。

 雲一つない青空。人が何度も通ったであろうおかげで草原の中に土がかたくなって草が生えてない一本道がある。方向的には合っているのでこの道を真っ直ぐに進めば町につくだろう。

 俺はおおまかに方向を見定め、道に沿って進む。間違ったら間違ったでいいのだ。妖術には一度記憶した場所にワープするものもある。間違えたら城に戻るだけだ。

 一度で着いたら良し。つけなかったらまた戻って雪に案内してもらおう。






 1時間程歩いただろうか。

 いつまで経っても変わらない景色に飽きてきた頃、遠くに数人の人影と大きめの牛のような影を見かけた。


「第1村人発見!」


 嬉々としてその影に近寄る。

 何しろ町までの道を知っているかもしれないのだこれを逃す手はない。


「あのーすいませーん!」


「──め!」


 何かを叫んでいるが聞こえない。もう少し近づいてみるか。


「来ちゃダメー!」


 制止を促す女性の声が聞こえた。だがもう遅い。牛はこちらに気づき全力で走ってくる。

 小さかった影がどんどん大きくなる。

 2倍、3倍、4倍……


「おい…… 待て待て待て待て!」


 近いてくる影はどんどん大きくなり、ついには日本最大の大仏と同じ程度の大きさになる。さすがに大きすぎないか?

 ふと思う。

 こうゆうときこそ、妖術の出番ではないか?

 威力が高すぎて屋内では使えない妖術。だが外なら……。

 俺は右手を突き出し呟く。


「鳥術・(おろし)


 術を唱えると牛に向かうように上下左右全方向から風が吹く。

 風力はどんどん強くなり、ついには牛の巨体が浮き上がる。当然これだけでは無い。巨体を持ち上げてなお強くなる風圧。牛の身体はみるみるうちに小さく圧縮されていく。大きな四肢は身体にめり込み顔は潰れ平らに。


「ブモモモモッブモブッ──」


 ふうせんからガスを抜くような鳴き声を断末魔に牛は完全な肉団子となる。

 

「……結構グロいなこの術」


 こんなモノを子供を見せたらトラウマモノだ。二度と使うものかこんな技。風圧によって潰された牛を前に誓おう。

 そんなことより第1村人は?

 肉団子が大きくて見えない。俺は肉団子を迂回する。どうやら向こうもこっちに向かっていたらしい。肉団子を挟んだ反対側で座り込んでいた。


「どっどおっどうやったんですかコレ!?」


 肉団子の前で座り込んでいたのは所々金属でできた革製の防具をつけた男性。というかどうした。すげぇ噛んでるぞ。


「リーダー! 立ってください失礼です!」


 後ろからもう二人走ってくる。一人は男性もう一人は女性だ。

 リーダーと呼ばれた男性は後からきた男性によって起こされる。


「あ、ああ。まずはすまない。こちらの敵をあなたに押し付けてしまった。」


 リーダーは立ち上がると兜を外し頭を下げる。

 ふむ。大事な第1村人だ。慎重にいかなくては。


「こちらこそ不用意に近づいて獲物を横取りしてすみませんでした」


「いえっ謝らないでください! 巻き込んだのはこちらですので」


「それにしても焦りましたねリーダー。民間人が自分達の仕留め損ねたバッファに殺されてしまうかと思いましたよ」


 息を切らしながら女性が安堵の息をつく。


「バカッ 失礼だろ。あっこちらの女性はヒナ。私はジルと言います。で、そこの男がクロトです」


「御紹介に預かりました。クロトです」


 赤髪の男がペコリと頭を下げる。

 リーダーの男がジル。もう一人、赤髪の男性がクロト。で女性の方がヒナ。まずは名前を覚えなければ話にならない。急いで3人の名前を頭に焼き付ける。


「ああご丁寧にどうも。俺……私は佐々木浩二と申す者です」


「コウジさんですか! さっきはありがとうございます」


 再び頭を下げるジル。


「いえいえ気になさらないでください。あれぐらいならいくらでも」


「バッファをあれぐらい……やはり強い者が言うと言葉の重みが違いますね……」


「ところでコージさんはここで何を?」


「実は──」


 俺は町に行ってみたいことをジル達に伝えた。


「なるほど、では一緒に行きませんか? 私達も一旦戻らなければなりませんし」


「いいんですか? 私としてはありがたいのですが」


「はい。コウジさんが良ければ。私達本来四人なのですが一人急用でしてね。やはり攻撃できるのがリーダーだけなのは私としては不安ですし」


「コージさんがいれば百人力です」


 俺は内心でガッツポーズをとる。この人達についていけば確実に町に着くのだ。これほど楽なことはない。

 俺達は南に向かって再び歩き始めた。





 あれからどれほど歩いただろうか。体感10時間くらい歩いたんではないか?さすがに足に応える。まぁ会社勤めの頃はこんな歩けなかっただろうが。


「ゼェーゼェーどれだけ歩くの早いんですかっ!」


 おじさんの足では少し早かったらしい。だがもう夕暮れ時だ。

 正面には大人の身長と同じくらいの高さの石壁がある。言われなくても分かる。町だ。


「本来2日かけて着くんですよ!? それをコージさんは1日もかからないって」


 とりあえず着いたから良いではないか。


「それじゃあ行こうか」


「ちょ、コウジさん待ってください!」


 町に足を踏み入れる。

 大通りにある色々な看板を下げたお店達。

 その中でひときわ光を放っていた店に入る。看板にビールジョッキの絵が描かれていたので多分酒場だろう。


「いらっしゃい!」


 威勢の良い声が出迎えるその店はたくさんの人で賑わっていた。


「では俺たちはこれで。組合に依頼報告しなくてはならないので」


「えー私もうちょっとコージさんといたいー」


「じゃあヒナだけ報酬無しな」


「ひどいぃー」


「じゃあ私達はこれで」


「ああ今日はありがとう」


 三人に手を振り別れる。

 ……さて、ここの酒は美味いのかな?


「そういえばあいつらの報酬ってどれくらいなんだろ」


 ん? 報酬?

 急いでポケットを確認し、何も入ってない事に絶望する。


「俺……金持って無いじゃん」


 その時目の端に店員をナンパしているガタイのいいあんちゃんを捉えた。


「おい、お酌ぐらいしてくれよ? それにしても可愛いなぁ、俺の部屋で専属身体洗いがかりでもしないか?」


「あの……困ります……」


「あ!? 聞こえねぇよ!?」


 いい財布を見つけてしまった。

 いやそうじゃない。あのあんちゃん、どさくさに紛れて足とか胸とか触ってやがる。あれじゃあナンパではなくセクハラだ。


「今日もかよ。誰か止めてくれ……」

「無理だって。等級5のガゼルだぞ」


 明らかに不穏な空気だ。


「またうちでやってんのかい。これ以上やると衛兵呼ぶと行っただろい!」


 他の店員とは違った服装をしたおばさんが店の奥から出てくる。多分あれが店長だろう。しかしガゼルと呼ばれた巨漢は店長の脅しに全く動じない。


「ハッそんなんで俺が退かせるといいな。この等級5のガゼル様をな!」


 どうやらガゼルはここでのセクハラにだいぶ味をしめてるらしい。

 ここはおじさん頑張っちゃって女の子を助けてあげようかな?

 まぁ? もし? ガゼルの財布が地面に落ちてそれを俺が拾ってしまいさらにそれでお酒を飲んでしまうかもしれないがそれはただの事故だ。仕方ない。


「おい、いいじゃねぇかぁ。え? ほんとはお前も嬉しいんだろ?」


「待てーい!」


 俺は店員の女の子とセクハラ野郎の間に割って入り二人を引き剥がす。


「なんだお前!」


「おじさん、セクハラはいけないと思うなぁ」


「あ? なんだそりゃお前このガゼル様に喧嘩売っといて無事でいられると思うなよ?」


 ガゼルは椅子の横に立てかけてあった大きな鉈を持って席を立つ。相手はすでにやる気満々らしい。というかそうでないと困る。

 俺は返事の代わりに拳を構えファイティングポーズをとる。決闘者に言葉は要らないのだ。


「そのほっそい身体で魔法に頼らないのは褒めてやる」


 ここには魔法があるのか。いい事を聞いた。


「お前に魔法なんてもったいなくておじさん、使えないよ」


 魔法はな。

 ……まぁ威力高すぎて妖術も使えないからトンチは意味ないのだが。


「舐めやがって!」


 ガゼルは鉈を振りかぶって真上から叩きつけるように振り下ろす。だがそれだけ一動作に時間をかければ十分だった。俺は間合いを詰め拳をガゼルの顔に叩きつける。


「おじさんパーンチ!」


 拳が顔から離れるとガゼルはきりもみ回転しながら出口に吹っ飛んでいった。


「おあぁぁぁぁぁぁ! おでの! おでの鼻がぁぁぁぁぁぁ!」


 一拍、店が静まり返ると遅れたように歓声が上がる。


「すげぇよ! おっさん!」

「あんなのどうやったんだ!?」

「あんたはこの酒場の英雄だ!」


 俺はガゼルの落とした布の袋を拾うと店長に渡す。


「これで酒とつまみを頼む」


「お客さん……銅貨1枚じゃ足りないよ」


「え?」


 え? いやなんでだ!? なんであいつお金を持っていない!? 俺の鮮やかな作戦が破綻してしまうではないか!

 今考えれば衛兵でも立退かない奴なのだ。律儀に金払うやつではない。もともと無銭飲食しにきていたのだ。


「うおおおおおおおお」


 おっさんの嘆きの声が響く。叫ぶおっさんとは反対に店は笑いで溢れていた。


「おっさん金持ってなかったのかよ」

「ここは俺らが払うしかねぇなぁ!」


「いい……のか?」


「当たり前だよ!」

「俺ら、あのガゼルの顔見てすげぇスカッとしたからな。その駄賃だ!」

「おい! 俺にも払わせろ!」


「まちな! この店からも店員助けてもらった感謝として何か奢るよ! 酒とつまみだけでいいのかい!?」


 なんて優しい世界なのだろう。

 俺、この世界に来て良かった!


「若様?」


「え?」


 ゆっくりと声の方に振り向くと入口の方に雪が立っているのが目に入った。

読んでいただきありがとうございました

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