2話 試練
草原から森。森から洞窟を通ったところにそれはあった。
世界で現存している城など比にならないほど立派な城が。
しかしもう長年使われていないようで、外壁は苔や蔦で覆われており本来の姿がどのようなものかわからなくなっていた。
俺が目を覚ましたところを地点Xとするとここはそこで見えていた城だろう。
雪が城門に手を掛け、押す。
「おお……!」
思わず関心の声が漏れる。雪の体格は中学生くらいであると言うのに俺の二倍くらいの扉を開けると言うのだから驚きだ。
門は錆びれた金属が擦れるような高い音を出しその道を開く。
「どうぞ若様。皆があなたの帰りを待っています」
雪が道の端に寄り俺に先に行くよう促す。
城の中は暗くて見えないので少し怖いが今はこのまま進むしか無い。
ゆっくりと城の中に足を踏み込む。
何やら城の中は変わった匂いがする。別に不快なものではない。それどころか気分が良くなる気がする。
「若様!」
悲鳴にも似た声。というかほぼ悲鳴。
振り返るとほぼ閉まりかけている扉とそのわずかな隙間から雪の姿が。扉は無慈悲にも閉ざされ押してところでうんともすんとも言わない。
「なんだこれ……全く状況が飲み込めない」
状況がわからないのは目を覚ましてからずっとだがこれはもっとわからない。
「若様! 若様大丈夫ですか!? 待っていてください。今開けます!」
雪のこの慌てぶり。誰が見てもわかる異常なこの状況に焦っているのであろう。
「雪よ。その必要は無い」
部屋の奥から渋い男の声が響き部屋にうっすらと明かりが灯る。
「何故です! 馬骨様、説明して下さい! いくらあなたでも許されませんよ!」
扉ごしに雪が吼える。
「ではお主が連れてきたそこの男は本当に我が主なのか? それを説明するものはあるのか?」
「ッ! それは……」
聞く限りもっともな質問だ。俺も自分の事を「あなたたちを作ったものです」と言って納得させられる材料がない。正直雪が何をもって俺を若様だと判断したのかわからないしもしかしたら俺が勝手に己を雪達を作った制作者と思ってるだけかもしれない。
だが
「それでも。それでも若様は本物です!」
何故
「なるほど。では力で示すがいい」
俺の預かり知らぬところで話が進んでいるのだろう。
「容赦はしない」
彼はそれだけ告げると部屋の奥からゆらりと姿を現した。
大きな人間の身体に馬の顔。馬の頭骨を被っており上半身は胸当てをしているだけ。ゲームでもないのにオーラみたいなのが錯視的に見える。
(はは、これ死んだかなぁ?)
いざ向き合うと思ったより数倍も大きい。現実で会ったら漏らして気絶してしまうだろう。
彼は薙刀のようなものを手にしておりこちらが構えるのを待っている。
もはや覚悟を決めなければいけない。
深く息を吐き腰にある刀を引き抜く。
「おじさんの友達は剣道部の主将だったんだからな」
「行くぞ! 雪が連れてきた男よ!」
一閃。顔の左頬を薙刀がかすめていく。
続けて上段突き。躱す? 不可能。動きが早すぎる。気合いで刀にぶつけ軌道をそらしやり過ごす。微妙な空気の流れを切り裂き鳴り響く刀と薙刀の音。刃がぶつかるたび手が痺れる。このまま押し負け死ぬのも時間の問題だ。
「若様! 妖術です! 妖術!」
またもや扉ごしに声が聞こえる。
妖術とは雪がゴブリンを凍らせた時に使っていたものだろう。
試してみる価値はある、と言うより使ってみたい……がもしも使えなかったら? そんな事を考えている場合では無い。右手を突き出し叫ぶ。
「鬼術・烈火!」
「さすが若様! 惚れ惚れする力です!」
竹箒で煤だらけの床を掃除しながら俺の事を褒め称える雪。
「ああ、うん。ありがとう……」
雪の笑顔が眩しい。
自分のせいで掃除する事になったのに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。まさか使えるどころかこんな威力だとは全く想像もつかなかった。しかしわかった事もある。『鬼術・烈火』は俺が作ったゲーム『百鬼夜行』に存在する妖術の一つだ。他にも色々試してみたがゲームに存在する妖術ならばほとんど使えるらしい。使えないのは妖怪の種族的な個性みたいなもの。つまり雪の雪女としてのモノを凍らす息などだ。
そして何故掃除する羽目になったのかだが。それはさっき、俺と馬骨が戦った事にある。
俺がとっさに放った妖術。それが地面から天井を貫く炎柱を生成したのだ。
上を見上げると室内のはずなのに夜空が見える。
「若ぁ〜? お酒。どうです?」
背中に圧がかかる。その圧の正体は酒呑と呼ばれる鬼だ。大きな角を持っており鬼と呼ばれるだけあって角に見合った大きな身体を持っている。彼女は身体をこちらに預け完全にもたれかかっている。彼女は着物を常にだらしなく着ており色々見えそうで危ない。
「あっ酒呑様も手伝って下さいよ!」
「え〜いや〜汚れちゃう〜」
「逃げても無駄ですからね! 足を凍らせてでも連れて行きますから!」
襟を引っ張り酒呑を連れて行こうとする雪。それ以上引っ張ったらいよいよ見えてしまうのでは無いかと思いつつ見守る。さて俺も掃除する事にしよう。掃除道具を手に取る。
「あっ! 若様はそんな事しなくてもいいですよ。どうぞ座っていて下さい」
「え〜じゃあ私も座っていたい〜」
「酒呑様はダメです」
彼らはいつもこんな感じなのだろうか。だとしたらずっと一人暮らしだった俺には羨ましい。雪に掃除道具を強奪された俺はやることもないので瓦礫などを集める作業に移る。あれだけやっといて自分は高みの見物は流石に俺の良心が許さなかった。ここには色々な妖怪が掃除をしに集まっているので人手は足りている筈だ。せめて雪に見つからないよう外で作業をするとするか。
夜風が気持ちいい。日本とは大違いで新鮮な空気が運ぶ冷ややかな温度は心が落ち着き眠たくなってくる。
「いけない、いけない」
散らばった瓦礫を端に寄せていく。ここに来てから腰の痛みも無いし身体も軽い。
「これはすぐに終わりそうだな」
腕を回し次の瓦礫に手をかけた時、近くの鏡か何かの破片に自分の顔が映った。しかしそれはここに来る前の仕事に疲れたおっさんの顔では無い。疲れなどまるで知らないというかのようなツヤツヤなハリのある顔を持ったおっさんだった。いやおっさんはおっさんだよ?
「主よ」
「うおっ! ……なんだ馬骨か。どうした?」
いつのまに背後に立っていたのだろう。全く気づかなかった。
馬骨は片膝立ちになり頭を下げる。
「先程の無礼! 申し訳ありませんでした!」
「馬骨……」
「若ぁ〜許してあげて下さい〜」
雪のところから抜け出して来たのだろう。酒呑が馬骨の隣で同じように頭を下げていた。そして真面目なトーンで俺に話す。
「あのですね若。馬骨も私も本当はわかってたんです。あなたは本物の若だって。でもそう証明出来る訳でもなかった。これを考えたのは私です。若を試すような事をして申し訳ありませんでした。罰なら私が受けましょう。ですが馬骨は……」
何も悪くありません。そう消え入りそうな声で俺に告げた。
「なぁ酒呑」
「はい」
「馬骨」
「はい」
「俺は君たちの若様として認めてもらえたかな?」
「「もちろんでございます」」
二人の声が重なる。
若返った俺の身体。新しい世界。自分を慕ってくれる妖怪達。
そろそろ決める時かも知れない。覚悟を。
新しい世界で新しい人生をこいつらの頭領として生きる事を。
どうせ元の世界の戻り方などわからないし戻る気もない。今度こそ自由な生き方をするのだ。
「酒呑も馬骨も俺が本物だと証明するため、俺のためにしてくれたんだろ? だったらいいよ」
「で、では……」
「ああ、罰なんて受けなくていい。それどころか感謝したいところだ。俺も自分の事を疑っていたんだからな。お前たちが良ければもっと俺のために動いてくれないか?」
「「喜んで!」」
俺は今、数年ぶりに心のそこから笑った。
「では早速主のために。私のせいで疲れている身体を休ませていただなくては」
「うん。うん?」
何か嫌な予感がする。
「おーい雪ぃー! ここで主が掃除をしておるぞぉー」
一度馬骨が大声で呼びかけると雪は辺りを凍らせながら走って来た。どうやらすごい怒っているらしい。
「若様ぁ! 雪がやっておくので休んで下さいとあれほど! もしかして……もしかして雪のことが嫌いなのですか!?」
雪が怒りながら涙ぐみ始める。気がついたら酒呑の姿も無い。あいつ逃げやがったな!
この後、雪を泣き止ませるのに丸一日かかり雪の言う事はちゃんと聞こうと心に誓った。
今回も読んでいただきありがとうございます