妹との憂鬱な朝
と、まぁ・・・・僕の言っていて虚しくしかならない望みはさておきだ。
まずは、目の前にいる妹の雪葉に世間一般でいう常識というものを徹底的に教え込ませる必要がある!
そう意気込む圭吾は不満のあまり頬をぷくっと膨らまして、だが可愛さは一切失われていない妹を真剣な眼差しで直視する。
「お前に大事な話がある・・・・・」
「まっ、まさかっ!?♡ 苦節10年・・・・やっと私の圭兄への気持ちが伝わったんだねっ・・・・雪葉はとっても嬉しいです・・・・・」
雪葉は先程の不満そうなから一転、ニパァっ♪と満開の笑顔を咲かせる。
どうやら圭吾の大事な話を自分に対する愛の告白と勘違いしたらしい。
だが、本気度をアピールするために敢えて真剣な眼差しで見つめるといった超ブラコンの妹がいかにも勘違いを起こすような紛らわしい行動をとった圭吾も圭吾である。
そして、勘違いしたままの雪葉はというと、目をとろんっとさせ頬を赤くした状態で圭吾の唇に自身の唇をゆっくりと近づけていた。
だが近づいてくる雪葉の肩は――――――ガシッ!!! と圭吾の両手によって突然掴まれる。
「きゃっ!?♥ どっ、どうして急に雪葉の肩なんて掴・・、ハっっ!!」
突然肩を強く掴まれて驚く雪葉だったが、数瞬のうちに何かに気付き驚いた顔から心底嬉しそうな顔になる。
「もうっ♡・・・お兄ちゃんは強引なんだからっ・・・・・お兄ちゃんから無理やり組み倒されてっていうのも雪葉的には問題ないというか、むしろご褒美というかっ♡ ・・・・いいよっ♡・・・・・私は当の昔に覚悟はできて・・・・・・」
勘違いのスパイラルに嵌まってしまった雪葉は、自身の頭の中で想像しているような展開になるのを心待ちにそっと目を閉じる。
しかし、当然のことながら、そんな雪葉が考えているような展開になどなるはずもなかった。
「お前には一般的な兄妹の関係における一般常識というものを身に着けてもらうっ!!」
「・・・・・・・えっ??・・・・・」
組み倒される気配すらなく圭吾の口から予想だにしていなかった言葉を聞き、意味が分からないといった様子の雪葉。
「だからっ・・・・・お前にはこれから立派な”普通の”妹になってもらうためにだな、節度ある関係をだな・・・・」
「・・・・・お兄ちゃんに組み倒されたりは?」
「そんなことするわけないだろ」
「・・・・お兄ちゃんからのキスは?」
「普通の兄妹がすることじゃないだろ」
「・・・・お兄ちゃんからの愛の告白は?」
「まったく、どこをどう解釈したらそんな考えに至るんだよ。 兄である僕が妹の雪葉に愛の告白なんてするはずがないだろう、普通に考えて・・・・」
先程の満面の笑みから一転、表情が暗くなり信じられないといった様子の雪葉。
(はぁっ・・・・今日から雪葉も高校生だっていうのに・・・・・まったく先が思いやられる・・・・)
そう、今日という日は圭吾にとって高校2年生になって初めての登校日であり、圭吾よりも一つ下の雪葉にとっては高校デビューする日でもあり同時に入学式を迎える日でもあるのだ。
普通の兄妹の関係ならば妹が高校に受かったことを普通に祝福するのだろうが、僕の心情は少し複雑なものがあった。
当然、高校に受かったという点については嬉しいことである、というか中学でトップクラスの成績を誇っていた雪葉がたかだか高校受験で失敗することなどないと確信していた。
だからこそ、残念でありあまり嬉しくない理由でもあった。
なぜなら、妹が受験した高校が僕と同じ華ノ宮高校なのだから。
どうしてそこまで妹が自分と同じ高校に通うのが嫌になるかって?・・・・・う~~~ん、それにも少し面倒な事情があるんだなこれが。
例として中学の話をしよう。
皆が思っているような、学校にいる時に雪葉が四六時中暇を見つけては会いに来たりするようなことはあまりなかったのだ。
とはいえ、雪葉曰く、『今日はお兄ちゃん成分の補給をする日なのっ♪』という極稀に休み時間にやってくる時はあった、本当に指で数えられるほどだが。
このことから分かるだろうが、学校での、さらにいえば家以外の場所での雪葉は家にいる時のようなブラコン全開モードを封印しているのである。
だからこそ、周りからの雪葉の印象は相当によく、美人で頭も良く友達も多くて茶目っ気もある兄思いの出来た妹だと思われているのだ。
すなわち、外では猫を被っているため表面上は特に問題ないのだ、そう・・・あくまで表面上では。
ここで問題になってくるのは表面ではない裏の事柄についてである。
裏というのはもちろん、周りに気付かれず雪葉が密かに行っている工作を指している。
僕はご存じの通り包容力のある年上女性やその姉属性を持つ女性に憧れを抱いているため、彼女の候補となるのは必然的に年上の先輩ということになる。
当時の僕が中2の時に1つ上の先輩である女性に少なからず好意を抱いていた。
中3の女性にしては大人の雰囲気を醸し出していて、当時の僕の身の回りにいる女性の中では断トツだったのだ。
その先輩、ここではAさんとするが、そのAさんは生徒会長をしていて学校行事や学校関係の雑事をしていることが多く、またその手伝いをする助っ人として有志をよく集めていたのだ。
学年が違うだけで関わる接点が少ないあの状況下で、これこそが神の采配に等しいチャンスだと考えた僕はここぞとばかりに生徒会の、もとい生徒会長とお近づきになるために助っ人として仕事を手伝うことになった。
最初の頃はAさんが指示を出しそれを聞いて手伝いをするだけだった。
まぁ、見ず知らずの、しかも学年が違う異性がいきなり距離を縮められるなんてことはなかった。
しかし、その手伝いを3回、4回と繰り返して継続していくうちにAさんも僕の顔を、さらには名前も覚えてくれるようになっていった。
他の生徒はAさんの友達や生徒会役員の友達が暇で都合の良い時のみ参加する程度であり、継続的に手伝いを買って出ていたのは僕くらいだったから、Aさんの印象にも残りやすかったともいえる。
その甲斐あって、顔と名前を覚えられた後はAさんと友人どうしでするような「今日はこんな面白いことがあった」や「今日は友達がこんな可笑しいことをして笑ってしまった」など生徒会の仕事以外の日常会話もするようになっていた。
そして、Aさんと仲が深まっていき、とうとう運命の日である文化祭がやってきた。
僕はこの文化祭で自分の想いをAさんに伝えようと決心していた。
いつもとは違う賑やかな雰囲気になり文化祭で思い切って自分の想いを伝えようというべたな理由だが、それでも学年が違うAさんに気持ちを伝えるとしたらこの日しかないだろうという考えも同時にあった。
だからこそ、この文化祭ではクラスの実行委員に自ら志願して出し物の出店スペースやその内容などを報告したりなどと生徒会に関われる状態にしておいたのだ。
クラスの出し物の準備の目途がたって時間に余裕が出来れば生徒会に出向き、忙しそうにしている生徒会の仕事を手伝ったりもした。
その時に、少しだけだがAさんと僕の2人で学校内の見回りの同行する約束を取り付けたのだ。
これで告白する準備は整ったも同然、あとは自分の気持ちを素直に伝える勇気を振り絞るだけだった。
そして、文化祭当日。
クラスでの役割を終えて休憩時間になり昼ごはんを食べ終えた僕は見回りの時間である午後3時の5分前にAさんと待ち合わせをしていた生徒会室の前に行き、既に待っていたAさんと合流し学校内の見回りに出向いた。
見回りと一口に言ってもそこまで仰々しいものではなく、特に問題を起こすようなやんちゃな生徒はいないため、実質的には二人で学園祭を見て回っているようなものだった。
僕たちが1時間程かけて校内中を見て回り終えた頃には陽が落ちはじめ辺りが少し暗くなり始めていた。
このまま何もしなければ生徒会室に戻りAさんとは解散するだけ。
話を切り出すなら今しかないとAさんに話しかけようとしていたら、横にいたAさんが僕に話しかけてきた。
「君に言わないといけないことがあるから・・・一緒に少しだけ屋上に来てもらえないかな?」
そのAさんの言葉に僕の心臓は一瞬で跳ね上がってしまった。
2人だけのこの状況で、わざわざ屋上に行って言わないといけないこと。
当然僕の頭の中にはAさんからの告白という考えで埋め尽くされていた。
だがここで変に緊張していることを悟られないよう僕は至って普通の態度で「分かりました、それじゃ行きましょうか?」と落ち着き払った声で受け答えをする。
しかし当然のことながら、屋上に向かうまでの道中での僕の心臓の鼓動は早鐘を打ったかのように激しいものだったことはお分かりのことだろう。
告白しようとしていた相手から、よもや告白されるなどという状況がいきなり、不意に、突然わが身に降りかかってきたのだ。
嬉しいのは山々だが、あまりに突然すぎたため困惑や緊張の方が勝ってしまっていた。
そんな僕はAさんと一緒に屋上へ向かう道中、そんな態度を出すまいと必死に平静を装ってはいたものの心の中はとてもじゃないが穏やかなものとは程遠い状態だった。
そして、3,4分くらい歩いていると目的地である屋上に到着してしまっていた。
公立の普通の中学校は当然のことながら大した規模の大きさではないため、当然短い時間で目的地に着いてしまうというもの。
緊張のせいで、僕はAさんと2人で告白場所に向かうまでの道のりの記憶がないまま屋上に来てしまったのだ。
(うわぁぁ~~っっ・・・・・・せっかくカップル成立前のAさんとの貴重なシーンを記憶し損ねるなんて・・・・・・いやっ! 本番はここからっ、ここからの記憶をしっかりと脳裏に焼き付ければ十分さっきの思い出分をカバーできるっっ!!)
はっきり言おう、あの時の僕は少々、いやっかなりのレベルで浮かれていたと言わざるを得ない。
なにせ、あの時の僕は完全にAさんが告白ないしはそれに近い何かしらの僕に対する好意を伝えてくることしか頭になかったのだから。
そして、屋上に着いた僕とAさんはドアを開け四方がフェンスで囲まれたエアコンの室外機や給水塔しかない屋上へと足を踏み入れる。
午後4時を回っていたため綺麗な夕焼けが地上を明るく照らし、屋上から見えるいつもは殺風景なだけの街並みを赤く美しい風景に変えていた。
そんな光景を背にAさんはフェンスに手を置きじっと何かを考えながら見つめていた。
夕日に照らされ物思いに遠くの風景を見つめるAさんは僕にとって、いつもの雰囲気とはまた違ったものがありより魅力的に見えていた。
そんなAさんを見つめながら僕は、誰もいない屋上・・二人きり・・夕焼けに照らされた美しい風景・・文化祭・・イベント・・・異性である自分に話したい事・・という言葉が延々と脳内リピートされていたのだ。
文化祭という学生にとってはビッグイベント後に、女性から2人で話したいことがあると言われれば、健全で多感な年頃の男子中学生ならばこう考えるのも致し方ないというもの。
僕がそんなことを考えてると、Aさんは考えがまとまったような、何かの決心をしたような顔で振り向
き僕の目をまっすぐ見つめて話し始める。
「えっと、まずは文化祭やこれまでの生徒会の仕事を色々と手伝ってくれて本当にありがとう! 感謝の言葉だけじゃ足りないかもしれないけど、君には本当に感謝してるしちゃんと言葉で伝えたかったの・・・・こうやって誠意が伝わる二人きりの形で」
「そっ、そうなんだ・・・・・けど僕も自分が手伝いたいからしただけで、だからそんなに気にしないでください」
そう言って圭吾は努めて冷静な口調で言葉を述べた。
しかし、実際は―――――――――
(この展開はやっぱりっっ!!! 絶対に告白される・・・・・テンプレでしょっ!!! 屋上で二人きりっっヤバいくらい高まってきたぁぁぁぁぁ~~~~っっっ!!!!)
と、僕の心の中はテンションがあまりにおかしくなりすぎてしまっていたのだ。
今から思い返すと、恥ずかしすぎてタイムマシーンがあったなら世界改変なんて気にしないで迷わず屋上にいるその時の自分の頭を叩いてやりたいくらいだ。
それくらい僕はあのときの自分を後悔しまくっている。
とまぁ、自己反省はこのくらいにして続きをご覧いただこう。
「そうなんだ・・・・やっぱり優しいね君は、だからこそあんな可愛い・・がいるんだよね」
「えっ? 最後の方が良く聞こえなかったんだけど・・・」
圭吾の指摘した通り、Aさんは少し羨ましそうな様子で最後の部分を小さな声で発したのでよく聞き取れなかったのだ。
この時の僕は、今から考えれば無意識的にその言葉を排除していたのかもしれない、なぜならその言葉があの時の僕の耳に入っていれば否が応でもその言葉の真意を確かめざるを得なくなっていたからである。
だからこそ、あの時の僕はどこぞの難聴系主人公のような突発性難聴モードに切り替わっていたのかもしれない。
「いっ、いや・・・・・これは君に言っても仕方がないことだから気にしないで。 そっ、それでね?・・・・今日、わざわざ君と二人きりで話をしたかった理由のことなんだけど・・・・・いいかな?」
「えっ!・・・はっ、はい・・・・・・僕は全然いつでも大丈夫というか、なんというか・・・・・話の内容もほんとは少し心当たりがあるような気もしないっていうか」
「そっ・・そうなんだ・・・・・やっぱり・・がいる君には私の心の中なんて全てお見通しだったんだね・・・・もうバレちゃってるなら、思い切って言うねっ」
そう、言うまでもないがこの時も僕は無意識的に難聴系主人公モードになっていた。
(よしっ、いよいよだ! 僕から告白するはずが、まさかAさんから告白してもらえるなんてっ・・・・今日この時が僕の人生で最高の日に間違いないっ!! よっし、Aさんが告白した瞬間に僕も勢いよく返事をするぞっ!)
そう心の中で力強く息巻いていた圭吾は自分が好きな人の愛の告白を聞き逃すまいとAさんの顔やその声を発する口元に全神経を集中させる。
一方のAさんは、圭吾が既に自分の言おうとしていることに勘付いていたと知り先程よりかはだいぶ緊張がほぐれている様子。
そして数秒後――――――――Aさんが圭吾の顔をまっすぐ見つめ言葉を発する。
「私っ、書記のB君のことが好きなんだけど2歳も年上の女性から告白って年下からしたら迷惑に思われないかしら!?」
「ぼっ僕もAさんのことが好っっっ・・・・・・・・・・・・・はっ??・・・・びっ、B君???」
「うっうん・・・私ね、B君のことが好きなの! だから最近わたしとも話をするようになってそれなりに親しくなった・・・・友達でもある年下の君に意見を聞きたいなぁって思って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
この時の僕はさぞ滑稽なピエロだっただろう、なんせ一人で勝手に舞い上がり勝手に自爆したようなものなのだから。
今から思えば1日あれば死にたくなるような気分も晴れるほどにマシにはなったが、あの時の僕の顔は『いっ、意味が分からない・・・・』といった感じの顔をしていたに違いない。
なんせ、Aさんから告白されるに違いないという考えしかなかったのだ、それがいざ蓋を開けてみれば他に好きな人がいるだとっっ!!??・・・ふざけるなっっ!!っという心境だったのだが、それも完全に相手側のセリフだろう、だって勝手に勘違いしていたのは完全に僕自身なのだから。
それより何より、この時の僕はそんな怒りの感情が出てくる以前に、あまりに突然の出来事に気が動転してしまい心ここにあらずといった具合の一種の放心状態になってしまっていたのだ。
そんなピクリとも反応がない僕を見てAさんは心配そうに声を掛ける。
「だっ、大丈夫? なんか顔色が少し・・・・・ねぇ、聞こえてる?」
「えっ!?・・・・うっ、うん・・・聞こえてますよ、びっ、B君のことが好きなんですよね? やっ・・・・・やっぱり! どことなくそんな気がしてたんですよぉ~・・・・・ハハッッ・・・・あんまり予想してた通りの内容だったから・・・・・逆に・・・拍子抜けしたっていうか・・・・・」
心配そうにAさんに声を掛けられやっと現実に戻ってきた圭吾。
咄嗟のことでどういう反応をすればいいか分からず敢えてAさんの話に乗って相談内容には気づいていたという設定で通すことに。
しかし、大きすぎるショックのせいか笑い声はカラッカラの乾いたものになってしまい、最後の方の声など掠れて消えてしまいなほどに小さいものだった。
ちなみに、B君というのは今年生徒会に入ってきた新1年生の男子で、男子にしては少し小柄の可愛らしい顔立ちをした俗にいう癒し系の部類である。
僕も実際に何度か生徒会の仕事を手伝っているときに話をして入りたてのB君と一緒に仕事を覚えていったこともあって印象には残っていた。
それに、AさんのB君を見守るような目が少し気になっていたこともあって余計に記憶に残っていたのだ。
その時の僕はてっきり一生懸命に頑張る後輩を温かい目で見つめる先輩的なものだとばかり思っていたのにっ。
まさか、B君に好意を持っているから熱心に見ていたなんて思わない、完全なノーマークもいいところだ。
そんな現実を叩きつけられた僕だったが、頭が少し混乱から回復してきたおかげで何か妙な引っ掛かりに気付き始める。
(Aさんが僕に相談してきた理由は親しい後輩だったから・・・・だったよな? でも・・・・生徒会役員の中にもAさんと話したり、役員じゃない僕よりも仲の良い男子の後輩なんていくらでもいるのに・・・どうして部外者の僕なんだ? 生徒会役員じゃない部外者の方が相談しやすかったからか? いやっ・・・・恋愛関係のそれも告白するかしないかなんていう大事な相談、最近仲良くなったからっておいそれと後輩の、しかも異性の学年も違う僕にするなんて普通はないはずだ・・・・だったらどうして・・・・・んっ? そういえば・・・・さっき相談する前に何か言っていたような・・・・・・・)
そう、ここで僕はAさんが相談前に言っていた僕自身が無意識的に聞こえないようにしていた言葉の存在に気付くのだった。
いくら聞こえない振りを脳がしていても、耳にはしっかりと音が入り言葉は聞いていたのだ。
ただ、脳が強制的に忘れたふりをしていただけで、僕自身が実際はその言葉を聞いていたのだから、思い出せない道理はない。
その証拠に、僕の頭の中には先ほどの彼女の言葉が、先程は聞こえていなかった部分の言葉もしっかりと脳内再生されていた。
『そっ・・そうなんだ・・・・・やっぱり”彼女”がいる君には私の心の中なんて全てお見通しだったんだね・・・・』
んっ?・・・・・・彼女?・・・・かのじょ?・・・ガールフレンド??・・・・・・彼女だって!?
一体どういうことだ!? 僕に彼女!? 年齢=彼女のいない歴のチェリーボーイである僕に彼女!? 一体なんの話をしてるんだAさんはっっ!
そう、あの時に僕が聞こえていなかった言葉は”彼女”という単語だった。
そして僕はAさんがどういった経緯でそのような勘違いを抱くようになったのかが疑問に思えてならなくなり彼女に恐る恐るそのことを尋ねる。
「一つだけ聞きたいことがあるんですけど・・・・・」
「うんっ、どうしたの?」
「えっと・・・・僕にどうして彼女がいるって思ったんですか?」
「だって・・・・・その彼女さんが君に相談してみればって言ってたからだけど?」
僕にとって一番重要な情報をあっけらかんと何を今更というような顔でAさんは答える。
(誰なんだよっAさんにそんな嘘を付いたのはっ!? そんなことを言って得する女性なんて誰も・・・・・・・・・・ちょっと待てよ、まさかっっ!!)
僕の頭の中に一人だけそのような嘘をつく人物に心当たりがあった。
「ちなみに、その彼女って言ってた女性ってどういった感じの子でしたか?」
「んっ? 彼女なんだから君の方がよく知ってると思うんだけど・・・・・まぁ、背は低くて小柄、ツインテールが凄く似合ってて笑顔がとにかく可愛らしい1年生かな、それと君の事がとっても大好きっていうのが凄く伝わってくるところがまた健気で純粋なんだろうなぁっていう印象だったかな?」
まっ、間違いない・・・・・・・・完全に雪葉の特徴と合致するじゃないかっ! 学校では家と違ってツインテールなんて髪型しないくせに素性がばれないようにわざわざ髪形まで変えてAさんに接触したのかっ!? 特に僕の事がってところが疑いようがない、1年生で僕のことをよく知っている女子なんてアイツしかいないんだからっ
と、今更ながらにAさんに嘘を吹き込んだ人物の特定に至ったが、時既に遅くそんなことが分かったところで現在の状況が変わることはない。
Aさんに告白されるどころか、違う男が好きでどうすればいいかという告白もとい相談をされた事実はどうあっても変わらないのだ。
「そっそれでどう思う?・・・・B君に2つも年上の私が告白するなんて・・・・めっ、迷惑に思われないかな? 彼女からは君の方から告白してきたって聞いてるから・・・・年下の子に告白したっていう点で先輩にあたる君にどうしても告白前に意見を聞いておきたくて・・・・・」
(あっ、アイツ・・・・そんな所まで嘘をついてたのかっ!・・・・・・とはいえ何でAさんが僕に相談してきたのか理由はハッキリしたけど・・・・ハァ~~~~、なんかいろんな感情が混ざり過ぎて僕でも自分の今の感情が判断できなくなってるな・・・・ここで何も言わないのもアレだし、一応は・・・・)
「まっ、まぁ嬉しいじゃないないですか? 先輩美人ですし、年下の男子からすれば憧れの存在って感じでしょうから。 僕も先輩みたいな美人から告白なんてされたら即OKしちゃうと思いますし」
素直に大丈夫というのも何か悔しい思いがあったので、自分も遠回しに先輩なら全然OKだという文言も一緒に伝える。
「そっそうかな? 君でもそういう風に思うんだね、彼女さんがいるからお世辞っていうのは分かってるんだけど、それでも男の子にそう言ってもらえるのはやっぱり嬉しいものだね・・・・・うんっ! ありがとうっこれで少しは自信がついた気がするよっ!」
しかし、僕の想いなど当然のことながら後輩から先輩に対するお世辞としか取られず、僕がAさんのことを密かに想っていたことなど気づくはずもなかった、Aさんの中では僕にはれっきとした彼女がいるのだからそんな僕が本気で彼女以外の他の女性を好いているという考えになるはずもなかった。
「そっ、そうですか・・・・・それは、何よりです・・・・・」
少し不安そうだった顔はすっかりいつもの優しい笑みが戻って眩しいくらいに輝きを取り戻していた。
対照的に、完全に予想外な、自爆で幕を閉じさらには追い打ちをかけるように手榴弾まで投げつけられた結果になった僕はといえば、力無くAさんの後ろに広がるフェンス越しの風景を見ていることしかできなかった。
「それじゃあっ、今日は本当にありがとうねっ! これで決心がついたよ、今からB君に告白してくるから! 本当に本当にありがとうっっ!!」
そう言って、僕が声を掛ける暇などなく足早に屋上から去っていくAさん。
僕はそんなAさんの後姿をただただじっと眺めていた。
その後―――――僕は数十分ほど屋上にいたことだけは覚えているが、いつどのようにして家に帰ったのかという記憶が曖昧なのである。
そして家に帰宅した僕は制服のままソファーに倒れ込むように横になった。
家に帰って幾分か心が落ち着きを取り戻していたが、何かを考えようとすればするほど『今頃、Aさんが告白してB君は当然その告白を受け入れて晴れてカップル成立してるんだろうな・・・・』といった一番考えたくもない考えばかりが頭に浮かび再び落ち込む負のスパイラルに嵌まってしまっていた。
すると――――――――
「たっだいま~~~~~~~♪♪」
文化祭という学生にとってはお祭りイベントを最悪の形で終えた僕とは対照的に、文化祭を大いに楽しんできたかのような飛び切り元気な声を出して家に帰ってきた雪葉。
その勢いのままドタドタッとリビングに入ってきた雪葉の目にソファーで倒れ込んでいる僕の姿が映り込む。
「あれっ? お兄ちゃんがソファーで寝てるなんて珍しいね? 何かあったの?」
「何って、おまえ・・・・・・今日は告白して振られたんだよ・・・・・・」
なんで僕に彼女がいるっていうあんな嘘をAさんについたのか問い詰めようとも思ったが、よくよく考えれば元々AさんはB君のことが好きだったようだし、雪葉があれこれ裏工作じみたことをしていなくとも僕の告白が成功する見込みはほぼ皆無だっただろうことは今回の告白でのAさんの態度を見れば明らかだった。
勝手に舞い上がり勘違いをしたからこそその分落胆も大きくなったし、それは僕自身のせいなのだからそれを雪葉のせいにすることもなんか違うような気がした。
だからこそ、たとえAさんに嘘をついていたとはいえ結果があまり変わらなかったであろう今回の件をあまり一方的に責めようという気が起こらなかった僕は、呟くように今日起きた事実を述べるだけにとどまった。
そして、僕の言葉を聞いた雪葉は驚いたような顔をした後、なるほどと合点がいった様子を見せる。
「ふ~~~ん、そうなんだ・・・・・・・それを聞いてホッとしたよ、お兄ちゃん」
「・・・・・それってどう意味なんだ?」
「どうってそのままだよ・・・・やっとお邪魔虫がいなくなって清々したってことだよ、私のお兄ちゃんを誑かした張本人なんだから」
「誑かすっておまえなぁ・・・・別にAさんが何かをしたってわけじゃ・・・」
「でも、よかったでしょ? あの人がお兄ちゃんのことをどうも思っていないことは分かったんだから」
「だからって、あんな・・・僕とお前が兄妹っていう事実を知らないからって、わざわざ付き合ってるなんて嘘をつかなくてもよかったじゃないか・・・・」
そう僕が言った後の雪葉の顔は数年経った後の今でも鮮明に思い出すことが出来る。
嬉しそうな楽しそうな何ともいえない顔で、こう言ったのだ。
「あぁっ・・・あれはね・・・・お兄ちゃんへの罰なんだよっ♡」
「・・・・はぁっ!?・・・・そっそれってどういう・・・・」
「だから、ああ言っておいたらあの人は彼女がいると思っているお兄ちゃんに相談まがいのことをするでしょ? 最近は特に仲が良かったみたいだしねっ♡」
(たったしかに・・・まさに今日、その相談を持ちかけられて僕が盛大に勘違いして自爆したけど・・・・・まさかっ! そこまで計算してたのか、雪葉はっ!)
「そうしたら、お兄ちゃんが告白する前にあの人からそんな相談をされれば告白前に玉砕する形になる可能性が高いでしょ? 私以外の女の子を好きになって、あまつさえ特に最近私に構ってくれなくなったお兄ちゃんへの私からのお仕置きなのっ! 私というお兄ちゃんのことが世界で一番好きな妹がいながらあんな人を好きになるなんて信じられないよっ私は!」
「そんな理由だけであんな酷いことをしたっていうのかっ!?」
「そんな理由っていうお兄ちゃんの方が酷いよ、私にとってはお兄ちゃんが全てなのっ! それに私自身は特にそんな酷いことはしていないつもりだよ? だって、私がしたのってお兄ちゃんに私という可愛い可愛い彼女がいるって言ったことくらいなんだもん、それだけで酷いこととは言わないんじゃないの? それにあの人はもともとお兄ちゃん以外の生徒会の人が好きだったみたいだし、私がどうこうしなくても多分どっちみち結果は見えてたわけだし」
「そっ・・・それはまぁそうかもしれないけど・・・・・でもっ」
「お兄ちゃんがいつまで経っても私の気持ちに応えてくれないのが一番悪いんだよ? いっつもいっ~~~つも上手く逸らしてはぐらかすんだからっ、私の気持ちも少しは考えてくれてもいいんじゃないの?」
「お前なぁ、いつも言ってるかもしれないけど、僕にとって雪葉は家族なんだから・・・・お前みたいにだな、そういった関係になることなんてありえないっていつも・・・・・」
「お兄ちゃんの分からず屋っ! こんなに可愛い妹が一生懸命アピールしてるのになんで堕ちないのっ! ゲームの中じゃとっくに兄妹の一線を越えて子供も生まれてハッピーエンドルートに突入してるのにっ!」
「それはゲームの中だけの話だっ! 現実と2次元を混同するなっ! それに子供なんて話が飛躍しすぎなんだよっ、大体僕たちの年齢を考えても子供なんて早過ぎにも程があるだろ・・・」
「えっ!♪ おっお兄ちゃんが今わたしたちの子供のことをっっ・・・・・・」
「ちっ違う! 仮にっ、仮にの話だ馬鹿っ! 僕とお前なんて絶対にないからなっ!」
「もうっ////・・・・・そんな照れなくてもっ・・・・・本当は心の奥底で私とその・・・・・したいって思ってるんでしょっ/////」
「そうやって頬を赤く染めて照れるんじゃないっ!! お前ってやつはいつもいつもいつも僕の話を聞かずにそうやって自分の都合のいいことしか耳に入らないよなっ! まったく、どうしてお前は・・・・・」
「もぉ~~酷いなぁ、お兄ちゃんは・・・私はただお兄ちゃんのことが日本一・・・世界一・・・ううん、全宇宙で一番好きなだけなんだよ?」
「だからぁ、それが一番問題なんだっ! いいかお前はまず普通の兄妹の在り方をだな・・・・・・・」
とまぁ、こういった具合でいつもこんな風にお馴染みの僕と雪葉との言い合いが続くのだ。
お分かりいただけただろうか? 兄である僕を思いまくるあまり僕が好きな女性にまで裏工作を施し、あまつさえ僕が雪葉を蔑ろにしたという理不尽極まりない理由でお仕置きと称した告白して断れることよりもさらに酷い告白前に相手から好きな人がいることを伝えられるという最悪の形で僕の恋の玉砕を目論み見事に成功させてしまう恐ろしい妹であるということをっ!
当然、雪葉は例のごとく僕の話をまったくと言っていいほど聞かず、自分の都合のよい解釈しかしないため話し合いはいつも平行線をたどり、不本意ではあるが僕がいつも根負けする形になってしまっていた。
そして、現在―――――――あれから1年が経った今でさえ妹の考え方は一向に変わることはなく、むしろパワーアップしてさえいるように感じる。
今日のように、ベッドに忍び込んできたことも踏まえれば、最早改善するどころか悪化しているのは明白だろう。
加えて自分に都合の良いいいことしか聞かず悪いことは自分の良いように変換する特殊スキルを有したブラコンよりさらに上のブラコン・オブ・ブラコン(通称ブラブラ)であり、兄の僕を異性の対象として見ているような現在高1になった雪葉といえば・・・・・
「むぅぅぅぅぅっっっ・・・・・・・・お兄ちゃんの分からず屋・・・・・こんなに可愛くて超絶ラブリーな妹が迫ってるっていうのに、もうっっ!!」
僕の自室に設置されたベッドの上で不機嫌そうにぷくぅぅっっと可愛く頬を膨らませながら僕の方をじっと見つめていた。
僕以外の男子なら頬を膨らませながらもその愛らしさが些かも失われていない、むしろ不思議と可愛く見えてドキッとさせられてしまうだろうが、僕にそんな小細工は通用しない。
なぜって? そんなの決まってる・・・・ただ単に昔から日常茶飯事的に見飽きてしまい、今ではすっかり慣れたものだ。
まぁ・・・とはいえ、昔と比べて格段に女性らしさが増した今日この頃の雪葉の愛らしさは姉萌え属性を持つ僕から見ても決して無視できないレベルに達していることだけは癪だが認めざるを得ない・・・・・だっ断じて妹である雪葉の愛くるしさに屈したわけではないっ、いやっ屈するわけにはいかないのだっ決して!
誰に対して言っているのか分からない言い訳を心の中で必死にする圭吾だったが、ふと机の上に置かれた時計が視界に入ると同時に目を見開き声を上げる。
「やばいっっ!! もう7時なんてとっくに過ぎてるじゃないかっっ!」
そう、デジタル時計に表示されていた時刻は7時を5分ほど過ぎたところであった。
「えっ? お兄ちゃんは気づいてなかったの?」
それに対して雪葉は『何をいまさら?』と言わんばかりに不思議そうに首を傾げる。
「当たり前だろ! 朝は余裕をもって行動したい派なんだよ僕はっ! それに今日は雪葉の入学式だから余った時間でお前に学校での注意事項なんかをみっちり最終確認させようとだな・・・・」
そう、圭吾は入学式がある今日は特に早起きをして雪葉に学校での注意事項を再確認させようと思っていたのだ。
雪葉が圭吾と通学するのは圭吾が中学を卒業してから実に1年が経っている現在、一緒に学校に通える身分となった雪葉が嬉しさのあまり舞い上がり、あまつさえ家でするようなあまりに一般的な兄妹の関係から逸脱したスキンシップを取ることを見越してのものだったが結局いつものパターンになってしまったのだった。
「雪葉はてっきりお兄ちゃんが私と離れたくないから朝の貴重な時間を潰してまでこうやってお話してるとばかり・・・・///」
雪葉は嬉しそうに両手を頬にあて顔を少し紅潮させながら恥ずかしそうにモジモジと体をくねらせる。
(はぁ~~っっ・・・・・あれだけ言っても雪葉のご都合主義変換耳スキルは健在と・・・・・・)
ここまで都合よく解釈して自分のベッドの上で喜ぶ妹を見た圭吾は心の中で盛大な溜息を漏らし、今後降りかかるであろう災難を予見せずにはいられず言い知れない不安が身体中に充満していくような感覚に陥ってしまっていた。
とはいえ、いつまでもグダグダと考えていては本当に学校に遅刻してしまうため、多少の、いやかなりのモヤモヤ感はあったが、圭吾はそれらを無理やり胸の中に押しこめ今はやるべきことをしようと行動に移す
。
「とりあえずっ!・・・・・この話は一旦保留にして、今は学校へ行く支度を急いで済ませるぞ、いい加減現実に戻って・・こいっ!」
・・・・・ベシッッ!
「あうぅっ・・・・・妹に暴力を振るうなんて酷いよお兄ちゃんっ・・・・」
叩かれた頭部のてっぺんを手で押さえ少し目元を潤ませながら見つめる雪葉。
そして、圭吾はそんな自分がいかにも過剰な暴力を振るわれた被害者ですと言わんばかりのあからさまな態度を示しながらチラっチラっとこちらに視線を送る雪葉にジト目で―――――――
「軽く小突いた程度のチョップなんだからそんなに痛くないだろ? それに・・・お前が嘘泣きしてるかどうかなんてすぐに分かるぞ・・・あとそのあざとく目元を潤ませる仕草も他の男ならコロッと騙せるかもしれないが僕にはまったく効かないからすぐにやめて顔でも洗ってくるんだ」
「もうっ・・・お兄ちゃんはやっぱり手強いなぁ~~・・・・まぁ、そんなところも雪葉的にはかなりグッとくるんだけどっ♡ ここはお兄ちゃんに免じて大人しく引き下がることにするねっ、このままだと本当に遅刻しちゃうし・・・・よいしょっと、それじゃ雪葉は顔を洗ってくるからお兄ちゃんも早く朝ごはんを食べに来てねっ」
ベッドから降りた雪葉はこれまたあざとい敬礼ポーズをしてから圭吾の部屋をパタパタと出て行く。
「はぁ~~・・・・本人を目の前にグッとくるとか言うなっての・・・姉に言われるならまだしも妹に言われるなんて・・・・ハァァ~~~~っっ、妹の入学初日の朝にこれとか先が思いやられる・・・・・」
雪葉が部屋を出て行った後、早く支度を済ませ朝ごはんを食べないといけないと分かっていても本日何度目か分からない溜息を漏らさずにいられない圭吾であった。
やっと投稿できました!
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
文章や言葉の誤字や使い方に間違いがあればどしどしご指摘ください。
この作品の評価や感想も今後の執筆活動の糧になるので是非お願いします。