野人、婚約破棄される
とある貴族しか通えない学園での話。
目の前に立つ優雅な男性とそれに可憐な女性。
私を冷たく見下ろす。
彼らは学園の同級生で、男の方は曲がりなりにも私の婚約者だ。
女の方は……見覚えが無いなあ。
あれ? おかしいな。
今日の学食はお肉だぞ?
お肉が嫌いなのか? 君たちは?
お肉をフォークで突っつきながら見上げる。
婚約者殿は良く通るいい声で尊大に叫ぶ。
「エル・ウルフファング!」
「はい、なんでしょう?」
「食べるのをやめないか!」
「何故です?」
今、良い所なのに?
「冷めたらお肉が不味くなるじゃないですか」
冷めたら大変だ。
折角のお肉が硬くなってしまう。
そう聞いた婚約者殿の顔は真っ赤だ。
「君はこのマリアよりも肉の方が大切だと言いたいのか?」
「はあ、聖女気取ってそうな名前ですねえ」
私の手は止まらない。
食べる事より大切な事と言えば、睡眠ぐらいなものだ。
と言うかマリア、お前ビッチだろ。顔を見ればわかる。
婚約者殿が怒りからか震え始める。
「エル・ウルフファング!」
「へい」
「君がマリアにした数々の嫌がらせ、どう責任を取るつもりだ!?」
「ふあ?」
おおう?
「マリアさんとは初対面ですよ?」
「嘘を吐くな! 証言は上がっているんだ!」
「ふーん」
あーもう冷め始めちゃったよ。
慌ててかきこむ。
お肉最高! これだけ食べてたい!
女のにやけた顔が勘に障るが、まあいいだろう。
「よって君をこの学園を追放する!」
「あ、ほんとに?」
「婚約破棄をさせてもらう!」
「まじで? やったあ!」
「二度と私の前に現れるな!」
「言われなくても現れませーん」
食べ終わり、立ち上がる。
もう学校に来なくていい! 勉強しなくていい!
めんどくさい婚約者殿の相手をしなくていい!
「じゃあ私、狼の森に帰るから」
それだけ言い残し、私は森に帰る準備を始めた。
*****
私の元婚約者はあの国の第三王子だった。
人を見る目が無かったな……淫売女なんかに引っ掛かって。
ホント、笑っちゃう。
私の一族は代々狼の森に住んでいる。
名前の通り、狼が沢山住んでいる森だ。
私の一族は狼と意思疎通できる。
狼と共に生きてきたのだ。
「エル、大丈夫だったか?」
「うん、問題ないよ」
我が一族は最近、あの国に発見された。
そこで、うまいこと利用しようと考えたのだろう。
狼を操る一族を徴兵し、他国に戦争を仕掛けようとしたのだ。
狼は戦争の道具ではないと言うのに。
「村の様子は?」
「問題ない、エルが帰って来てくれて本当に良かった」
この人は私の兄。
私達は村長の子供なので、兄はそのうち村長になるのだろう。
兄のサポートがしたいと子供の頃から思っていたので今回の事は願ったり叶ったりだ。
ところで何故、王子と婚約するにあたったかと言うと。
簡単に言えば試用期間だ。
あちらとしてもこちらをうまい具合に利用したいし、こちらとしても甘い汁をすすりたい。
じゃあお互いの子供を結婚させて血のつながりを作って裏切らないようにしましょうね!
子供の交流を深めるために同じ学校に通わせましょう!
ハッ、なんでじゃ。
まあ、村長たる我が父は、上手くいくとは思ってなかったようだが……
私は元婚約者殿が苦手だ。
甘い言葉? そんなものより肉だろうよ?
香水のプレゼント? 鼻が曲がるわ!
ドレス? 動きにくくてたまらんわ!
「エル」
「なんでしょうか、兄さん」
「どうやって帰って来たんだ? 馬車で帰って来た様子は無かったみたいだし」
「あー、それはね」
野生の馬を捕まえて帰って来たのだ。
あの街を出ると草原が広がっているのだ。
そこには野生の馬が沢山!
足の速そうな馬を捕まえて、乗って帰って来た。
狼の森は遠いから結構時間がかかった。
森に入ると狼の餌になってしまうのでその前に逃がしたのだ。
ありがとう、馬。
……馬の肉って美味しいよね。
「そんな事が出来るのはエルぐらいだよ……」
「そお? 兄さんも出来るでしょう?」
「無茶を言うな」
この村の人たちは、身体能力が高い。
だからあの国は兵士にしようとしたのだ。
私はその中でも特に身体能力が高いみたい。
もちろん自覚は皆無。
「座ってばかりだったから体がなまってるかも」
「野生の馬捕まえるような人の体はなまってないと思うけど?」
「狼達、散歩してくる!」
家を飛び出す。
森の中の村。
背の高い木々の隙間から陽が零れていた。
ピィーッ
指笛を吹くと村の狼達が一匹、また一匹と姿を現す。
狼達……三十匹ほどが集まった。
その中の一匹に抱き着く。
「リオ! 久しぶりね!」
銀狼のリオ。
子供の頃から特に可愛がっている一匹だ。
首元を撫でまわすともっともっととすり寄って来た。
かわいいなあ。
「よし、皆! 散歩に行くぞ!」
走り出す。
すれ違った村人から行ってらっしゃいの声を聴きながら飛ぶように前へ。
山をかける。時折木を蹴飛ばしながら。
谷を駆け下りる。草を蹴散らしながら。
崖を飛び越える。風を切りながら。
息が上がってきた。
おっと、このぐらいで息が切れるとは、なまっていたようだ。
視界が開けた。目的の草原に着いたようだ。
「はあ、はあ、ふぅ……」
草原に大の字で寝転がる。
あー、久しぶりに全力疾走した!
狼達も息が上がってるし、ちょっと休憩!
草原に座って息を整えていると、狼にベロリと顔を舐められた。
「なんだあ? かまってほしいの?」
一匹を構い始めると、草原で自由にしていた狼たちが集まりだした。
「……ゥウ……」
「ウー……」
「ガアアッ」
喧嘩をし始めた。
「ちょ! やめえ! 順番!」
それから、撫でてほしい子を順番に撫でて行ったので時間がかかった。
再び指笛を吹いて、狼を呼び、村に帰った。
「エル!」
「お?」
おお!
「グリ! 久しぶり!」
村で待っていたのは幼馴染のグリだ。
私の一つ年下で、ガキ大将だった私の一番の子分。
「エル、会いたかった!」
「わっぷ」
いきなり抱き着くんじゃないよ。ビックリしたじゃないか。
ああ、グリ大きくなったねえ。
会わない間に背が伸びたし、男らしくなったねえ。
「エル、僕聞いたよ」
「何を?」
「婚約破棄されたって」
「うん、したねえ」
まあ、今となってはどうでもいい。
私にはここでの生活の方があってる。さっき自覚した。
狼達と野山を走る方が性に合ってる。
グリが急に真剣な眼差しになって、私を見つめ、両手を包むように握ってきた。
おお? グリ? どうしたんだ?
「え、エル……僕、その……」
「……」
黙ってグリの言葉を待つ。私は空気の読める女なのだ。
「僕っ……エルの事が好きです!」
「私もグリの事好きだよ? 大切な友達だもの」
耐えきれず、空気の読めない発言をする。
グリは一瞬ひるんだが、続ける。
「違う! そう言うんじゃ、無いんだ!」
「じゃあなんなの?」
「っ………そのっ」
ぐっとグリの手に力が入る。
手を強く握られる。
頑張れ! 頑張れグリ! もう少しだ!
「ずっと一緒に居たい! 結婚したい!」
「私と一緒に居たいなんて物好きね、他にいい子がいるでしょう?」
遠まわしに違う子と結婚したら? と言ってみる。
グリの顔が真っ赤になって行く。
おおう。大丈夫か?
「エルがいい! エルじゃなきゃ嫌だ! ほかの子は嫌だ!」
「もういいんじゃないか? エル」
突然、声がかかる。
「お父さん」
私の父、村長だ。
「グリをからかうのも大概に、な?」
「私はグリの男気を見ていたのです」
「少々遊びが過ぎたような気がしたがな」
「そうでしょうか?」
まあ、遊んで居た感はいなめない。
「グリ!」
「エル……」
「結婚してあげる。そのかわり、村で一番の男になるのよ?」
「ほっ、ほんとう!?」
なる! 一番になる! とグリは叫んだ。
グリが私の事を好きなのは子供の時から分かっていた事だ。
グリが居れば、わたしは行き遅れになる事は無いし、いい夫になるだろう。
これが本来の流れだ。
国の王子様と結婚するなんてガラじゃない。
と言うか、王子様の名前、何だったっけ? もう覚えてない。
グリは私への告白を村のど真ん中でおっぱじめたので、私とグリが結婚すると言う事が知れ渡ってしまったようだ。
何人かの友人に、やったな! と言われグリは小突かれている。
それを、弟分が成長して感動している親分がごとく、どこか他人事のように、うんうんと頷いた。
*****
その数日後。
「敵襲!!」
カァン! カァン! カァン!
鐘が打ち鳴らされる。
狼達と、日課の散歩を終わらせて帰ってきたら、鐘が力強く鳴っているではないか。
見張りをしている村人に話を聞く。
「何が来たの?」
「エルちゃん……その、」
直ぐに分かった。
そいつは、白い馬に乗って、何人もの護衛を付けてやってきた。
「おお、元・婚約者殿」
元、の部分を強調して言い放つ。
「エル!」
そいつは甘ったるい顔と声で、私と対峙する。
どの面下げて……ああ、この面か。
「エル……すまなかった」
「何に対しての謝罪?」
「人目に付く場所で婚約破棄などして、君に恥をかかせてしまった」
「気にしてないです」
「君への誠意として、婚約破棄をなかった事にしたい!」
「ご遠慮願いたい」
今、この村との接点を無くすのが惜しいと考えたか、王様よ。
しかしまあ、無理だろうよ。
私はそうでもないが、村の皆は怒ってるし、兄も父も母もご立腹だ。
そんな怒りの感情が狼へと移ったようで、さっきから唸りっぱなしだ。
「事の発端をお教え願いたい」
なぜああなったの?
というか、嫌がらせを受けていたのはもっぱら私だ。
教科書を隠されたり破かれたり、上履きを隠されたり?
嫌味を言われたり、野人とさげすまれたり?
言っておくが私の嗅覚は狼並みだ。誰がやったかなど直ぐに分かる。
それに私はこそこそなどしない。正面突破でやり返してきた。
……あ! それで? これがマ……何とかさんの嫌がらせの種火になったのか?
元婚約者殿は暗い表情になる。
「私は騙されていたんだ!」
「ほお」
「あの女に利用されて!」
「それでそれで?」
話を聞く。
でもまあ、聞けば聞くほど、人を見る目がないですね、王子。
あと、言い訳臭い。
「あの女は追放し、二度と私たちの前には現れない!」
「うんうん」
「だから戻って来てくれ! エル!」
「王子、一つ聞いて良いですか?」
気になってきたことを聞いてみる。
「あの女と子作りしました?」
「……………」
おお、無言。
芝居がかった王子フェイスが崩れ始めているぞ!
婚約破棄を言い渡された時、二人はお互いの臭いがべったりだった。
何をしてたかは簡単に想像がつく。
「王子と子作りした人って子供が出来てるかもしれないから王宮に行くって聞きましたけど?」
「いや、その」
「二度と現れないっておかしいですよね? 結婚したら王宮に入る事になるのに?」
「………」
「これって立派な浮気だと思うのですが?」
「……」
「もしもし?」
ちょっと楽しくなってきた。
私の悪い癖だ。
そこに、私達に横やりを入れる影一つ。
「グルルル……」
「リオ!」
銀狼が私を守る様に立ちふさがる。
リオは喉を鳴らして威嚇しており、すぐにでも王子にとびかかりそうだ。
「お帰り下さい」
「エル! 君が帰って来てくれないと私はっ」
「このままだと狼のおやつになるよ? いいの?」
すでに何十頭という狼がこちらを睨んでいる。
命令があればすぐにでもとびかかるだろう。
「ガアアアアッ!」
特に血気盛んなリオが飛び出した。
「待て! リオ!」
牙をむき出しにしたリオがぎりぎりで止まる。
「ヒッ、ヒイイ!」
王子フェイスが完全に壊れた。
慌てて馬に乗りこみ、お供を連れてそのまま村を出て行った。
なんだったんだ? まったく、人騒がせな。
そういやグリはどうした?
助けてくれてもいいじゃないか。
と思っていたら、狩りに行っていたようだ。
一言二言ガツンと言ってやりたかった!
と悔しがっていた。
まあ、代わりに美味しそうなお肉を取って来たから良しとする。
その後、向こうの国からいろいろ交渉が有ったようだが、村長である父はこれを拒否。
話し合いは平行線へ。
結果、交渉人が来ることも無くなり、村は元の生活を取り戻していった。
*****
数年後。
今日はグリとの結婚式だ。
花嫁しか着られない特別な白の服を着て、花婿を待つ。
「グリ、遅かったな」
「エル……すごい、綺麗だ」
「普段の私は綺麗ではないのか?」
「違う! いつも綺麗だけど今日は特に! 惚れ直した!」
「相変わらずだなあ」
いつもこんな調子だ。
するとグリは突然ぐずりだした。子供か?
「おお? どうした」
「エルがっ、僕のお嫁さんになってくれるのが嬉しくてっ」
「泣く事ないだろう」
ハンカチで涙を拭ってやる。
「グリ、結婚は終わりではなく始まりだ」
「……うん」
「死ぬ時にグリと結婚してよかったなあと思わせてくれ」
「! うん! 分かった! 僕……ううん、俺、頑張る!」
王子と結婚していたらどうなっていただろう?
と、思わないでもないが、どのみち無理だったろうな。
私は狼の森で生まれた。
なら、この村で一生を終えるのが筋と言う物だ。
「グリ」
微笑む。
「私は今、幸せだ」
そして結婚式が、始まる。