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平和平凡世界。  作者: マイン
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存在を取り戻すための『存在』

 昨日と同じように、リビングへ集合。

 リビングには大きなホワイトボードが丸テーブルの前に設置されていた。

 辺りは、昨日とは違う緊張感に包まれ、沈黙が漂う。

 月の姫と書いて月姫。

 流れるような黒髪を、今日もツインテールに結い、今日は清掃なイメージの白いワンピースを着て、ホワイトボードの前に立った月姫は、懐から厳かに黒いカラーペンを取り出すと、


「では、黒澤家主催、第1回、存在を取り戻すための有意義で優雅で格好いビューティフル会議~!」


 全ての緊張感をぶち壊すように、元気いっぱいな声でユーモアさ溢れる会議名を口にしたのだった。


「「ワーー、パチパチ、イエーイ、ヒュウヒュウ(棒)」」


「2人してなんだってんですか!? なんで棒読みなんですか!?」


 一応これでも、会議名の物申したさとしての対応は善処した方だ。

 最悪、桃ちゃんと沈黙を守ろうかと思った程に。

 それにしても、なんだかやたらめったら飾り付けた会議名だな~。

 はっきり言ってダサい。ダサダサだ。

 月姫のネーミングセンスは小さな頃からかなり変だったもんなー。

 ある雨の日のこと、拾ってきた泥だらけの猫に『終焉の時刻を支配せし魔物、テン・プルスト・ラピュラート』なんて名前つけるくらいだからな。

 幼稚園児のくせに、中二病でも患ったのだろうか。

 まあ、その猫には僕が後から、ちゃんと『白』という、とっても素敵で平凡な名前を付けてあげた。

 今現在も『白』は此処でくらしている。


 まあ………、つるぺた女子の月姫にネーミングセンスを問うてもな。


「誰がつるぺた女子じゃ、誰が!」


 月姫が僕の首の襟をひっつかんできた。


 ぐ、ぐるしいぃ………。


 この心の声を無意識に出す癖も、いい加減に直さないと、いつか月姫に殺されるな。

 そもそも、月姫が中学一年生の癖に発育が悪いつるぺた女子なのが悪いとも思うけど。


「こほん。 では、改めてピーチちゃんの『存在』が奪われた事について、今の状況の確認をしようと思います」


「それなんだけどさ………、存在がなくなるって、僕にはいまいち分からないんだけど」


 僕は腕を組んで考えこむ。


ーー存在がなくなる。


 とは、つまりどういうことなんだ?

 ぼやける。とか、目には見えないだけ。とかとは、意味が違うんだよな。

 完全に消滅する。

 いきなりパッと言われたって、意味が分からない。


「存在が奪われる………、それは、誰からも見えなくなり、誰からも認識されない。

正確には、消滅も正しくはありません。相手の目からは見えなくなって、まるで自分が透明になったような感覚。

つまり、この世界から切り離された『何か』になる。自分以外の存在から自分の『存在』を否定される、ことです」


「そ、そうなの、か………?」


 月姫がやけに無表情に言った。

 表情筋が全く動いてない。なんか、いつもの活発で笑顔ばっかりの月姫にしては、うん、珍しいな。

 ただ、月姫はなんでそんなに冷静で、『存在』の事について詳しいんだろ?

 もしかして、自分なりに調べたのか?


「別に………、これは私なりの解釈です、が。 解釈はこんなもんであってると思います。

だから、まあ、ある意味では、誰からも無視され続けるようなイジメと、少し似てもいます。」


「そうなのか?桃ちゃん」


「………………はい。ある日、起きたら、私……、誰からも無視……、と、言いますか、まるで、私がそこに存在しないような扱いを受けて」


 桃ちゃんはギュッと手を握り締めた。

 桃ちゃんは、この話をする度に片手で肩を抱き、深呼吸を繰り返す。

 前にテレビで見たことがあるが、人間が手で肩を抱く時は、不安な時や、恐怖を抱いた時に、誰かに抱きしめられたいのに、誰も抱きしめてくれる人がいないから、自分で肩を抱いて、必死に自分の事を落ち着かせようとしているらしい。


 だから、月姫が抱きしめた時、桃ちゃんはあんなにも泣き崩れたのかもしれない。


 辛かったのだろう………、1人ぼっちだった事が。

 誰にも認められない。それは、本当に辛いことだと、月姫に話してもらった今なら理解できた。


 つまり、誰とも喋れないし、誰とも触れ合えない。

 誰にも自分が認識されないということは、家族とすら触れ合えないということなのだ。

 それは、本当に、僕でも耐えられない。

 自分の声が自分以外からは聞こえてなくて、話しかけても届かない。

 まるで、透明なガラスの壁が出来ていて、世界と自分とを分けているような気さえしただろう。


ーーー僕だったら、一週間で気が狂う。


 自分の住み慣れた家を失い、幾宛もなく、誰にも頼ることも出来ず、雨がふったら1人で雨宿りして、晴れたら、また1人で歩き続ける。


ーーー永遠に1人のループの繰り返し。


 自分が此処にいるのだと伝えたいのに、涙を流したのに、誰も振り向いても、慰めてもくれない。


 自分が本当に存在しているのかも、分からない。


 だって、人間は、誰かに認識されて始めて、生きる事ができる。

 赤ちゃんだって、生まれてから、誰かに見られるから生きていると認識されるのだ。

 もし認識されないのなら、何も出来ない状態のその赤ちゃんは、どうやって生きていけばいいというのだ。


 桃ちゃんは、正にそんな赤ちゃんのような状態だった。

 そういう思いをしたなかで、やっと自分を認識してくれる存在、つまり、僕達に出会えたのに、自分の『存在』が災いを招くと、迷惑になると思いこんで、帰る家もないのに、桃ちゃんは家に帰る、と、言ったのだ。


ーーー結局、僕は、本当に何も気付けてなかった。



「でも……、それだけじゃ、ないんです」


 桃ちゃんが、静かに、絞り出すように呟いた。


「っ……! 桃ちゃん、それは、どういうことですか!」


 月姫が食いついた。

 本当に、桃ちゃんの事となると、理由とか関係なしにやけに積極的だ。

 まあ、兄弟に僕という男だけだから、女子には元々甘い性質なんだと思うけど。


「そ、それが…………、わ、私、と、同じ顔というか、その……、私、が、もう一人いるみたい、なんです」


 うん? シリアスな展開から、なんか急に怪談みたいな展開になってきたな。

 僕は意外と本とか読むから、よく知ってるんだよな。

 同じ顔。そっくりさん、世界で同じ顔が3人、人面草、人面疽………。

 それに、世界各国にそういう類いの怪談があるから結構いろいろな感じで知ってる。

 例えば、そんな怪談の原因は、本当にただのそっくりさんだったり、草だったり、妖怪による病気だったり。

 日本にも昔から伝えられている。

 ただ、たくさん知ってる怪談のなかで、僕が一番近いと思う怪談は、そうだな…………。


「ドッペルゲンガー?」


「ドロップゲンガー……」


 桃ちゃんが呟く。


「ロッペルゲンガー?」


「ロッケルゲンガー……」


「ドロックキック?」


「ロックキング……」


「その話し合いもどきに、一体、何の意味があるってんですか?」


 なんとなく始まった掛け合いに、呆れ顔の月姫が終止符を打つ。

 いやあ………、つい、なんとなく始めた桃ちゃんとの掛け合いが楽しくて、止めれなくなってしまった。

 僕が言った単語に、桃ちゃんが微妙にズレた言葉を返す。

 これから、このギャグを定番していこうか。


 それにしても、自分と同じ町に同じ顔がもう一つ、か。

 うん。……なるほど、怖い。

 僕なんかの普通の人間なんかが太刀打ちできる相手なのだろうか。

 いや、無理だろ。

 だって、ある意味でもなんでもなく、正真正銘の化け物だよ?

 どんな森羅万象的な力を持つ存在なのか、考えただけでも恐ろしい。

 ただ、そうなってくると、専門家として、神社や巫女さんとか、ゴーストバスターとかに相談したほうが良いのか?

 それか、無謀、無情の覚悟で勇猛果敢にも挑んで、ドッペルゲンガーに塩をぶっかける……とか?

 まあ、激怒されて逆に殺されかねないけどな。

 だって、あの桃ちゃんのそっくりさんだからな。

 本人と似て、何をしでかすか分からん。


 ふーむ。だとしたら、大抵の方法、全部危険なんだよな。


「難しい話しだよな」


「難しいですね」


「難しいです」


 三者三様に考え込むが、いい案が思い浮かばない。

 となれば、やっぱり神社なんかに相談に行った方が良いのかもしれない。

 僕達の拙い知識より、そういった怪談系の専門家の方が、より良い解決方法を提示してくれるだろう。


「なあ、やっぱり神社とかに相談したほうがいいんじゃないか?」


 かなり良案な気がする。

 だって、ドッペルゲンガーや人面疽にしろ、そういう類いのは、全部お祓いでなんとかなると、相場が決まっているのだ!

それに、こういうのは現実的に考えて、子供だけで解決するのは難しい問題だからな。


ーーーべ、別に、自分で挑むのが怖いとか、そういうんじゃないんだからね!


 と、考えていたが、月姫は顎に手を添え、目を瞑ってからこう言った。


「兄貴………、恐らく兄貴は頭がおかしい人って思われて、病院送りになりますよ」


 確かに!


「そうですね。 私の姿がハジュハジュさん達以外に見えないとなると、ハジュハジュさんは、精神的に鬱になり、心を病んでしまって、ついには死んだ恋人の幻覚まで見るようになった、かなり可哀想で痛い人になりますね」


「あ……、そっか。 って、どんだけ僕が可哀想な事になってんだよ」


 その筋書きだと、もう本当に僕がヤバい人じゃないか。

アニメや漫画で出てくる世捨て人でも、そんな人はなかなか実在しないよ。

 でも、本当に良案だと思ったんだがな。

 じゃあ、どうすればいいんだ?


「兄貴は違法な薬物を摂取したと思われ……」


「最悪、警察に通報されたり。」


 加速する月姫と桃ちゃんの妄想。

 ただ、どれも現実味がある。

 まあ、とりあえずこの2人は置いといて、はてさて、どうするべきか。

 誰にも相談出来ない、する方法がないとなると、自分達で解決するしかないのだが………、やっ、やっぱり、た、闘うの?

 くっ……、僕に桃ちゃんのそっくりさんを倒せるのか?

 いや、体力的にもかもしれないけど、精神的にもなんだよな。

 桃ちゃんと同じ顔を殴ったりしなくちゃならないのは……辛い。

それに、少し油断すれば、桃ちゃんのそっくりさんに呪われたり?殺されたり?

 うーん。それか、さっきも考えたけど、月姫の馬鹿力で抑えてもらってる間に、大量の塩をぶっかける、とか?

 なんだか、これが一番手っ取り早い気がするんだけど。

 でも、それだと月姫を危険にさらしちまうんだよなー。


「………き、兄貴、それで良いですね?」


「えっ、あ、うん……」


 あっ、どうしよう……、色々と考えこんでて、全く聞いてなかった。


「わ、分かり、MASHITA………。 み、みみみんな、ででで、闇打ちに、す、するん、ですね…………ゴクリ。」


「いや、全く良くないよ!」


 なんでそんな危険で犯罪者的な思想の果てに結論を出しちゃってるんだよ!

 僕が考え事してる間に、一体2人にどんな心境の変化があったんだよ。


「もう! 兄貴もそれで良いって言ったじゃねえですか」


「そりゃあ、こんな犯罪者級な考えじゃなかったら、どんな提案でも許可してたよ!」


「はぁ……、やれやれです」


 なんか、やれやれ仕方ない、年上だから譲ってやるか。みたいな感じで月姫が首を振る。

 いや、僕の方が常識的な判断したはずなんだが。

 なんで僕が我が儘を言ってる風なんだよ。

 納得できん。


「じゃあ、妥協案として、偽物をとっ捕まえるって、ことでいいんじゃないか?」


「そ、そうですね! そうですよね。ねぇ、月姫ちゃん、私も物騒なものより、こっちの方がいいと思う」


「えっ、あ、でも………、うぅ……、それじゃあ………」


 見た目だけは優しそうなたれ目が動揺に揺れる。

 よし、月姫が渋った時が狙い目だ!

 なんだかんだ、かんだなんだ言ったって、月姫も本物の鬼じゃない、このまま懇願の姿勢を突き通せば、策はなんとかなるはずだ。


「お願いだ、月姫!(うるうる)」


「お願いです、月姫ちゃん!(うるうる)」


「む、むぅぷむぅ~~~~~~」


 優しげなたれ目が、次は涙で一杯になり、口は金魚のようにプクッと膨らませてる。

 白魚のような頬も、今は林檎のように真っ赤に染まっていた。

 何だろ……、普段、全然勝てないからか、何かを必死で我慢してるみたいな月姫の顔を見ていると、胸のなかのモヤモヤがスッと溶けていくよな感じがする、そして何より………月姫の顔が超面白い。


「むぅ………、分かり、ますた。 分かりました! ただし、私が偽物をひっ捕らえます。だから、兄貴とピーチちゃんは避難していて、もし私が危なくなったら、逃げて下さい」


「…………………」 


「兄貴、返事は?」


「やだ」


 それは、僕としては絶対に無理な話だ。

 いくらこの世界の銀河の彼方にしかない、ミジンコよりも小さな兄のプライドだったとしても、それだけは、絶対に譲れない。

 兄の立場は、譲りたくない。

 妹を守るのは、兄の役目だ。

 例えそれが、妹の力に到底及ばない兄だろうと、それでも肉壁ぐらいの役には立つだろう。


「だから、せめて、いざという時のために僕が肉壁になれたら、役に立つだろう?」


「兄貴は………、別にそこに居てくれるだけで私の勇気になるのに……(ボソッ)」


 今、月姫が何か呟いた気がしたけど、気のせいか?

 ただ、別に月姫は僕に何かを言いたかった訳じゃなさそうだし、聞かなくても大丈夫かな?

 でも、やっぱり一応は聞いておくか。


「月姫、何か言ったか?」


「な、なんでもねぇです!」


 月姫は心なしか頬を赤くして、首をぶんぶん振った。

 ちょっと本気で首が外れそうになるくらい首をぶんぶんと。

 月姫のツインテールが、月姫の顔を打っている。

 相当動揺しているように見えるけど、本当に大丈夫なのか………?


「ただ、危なくなった時、くれぐれもピーチちゃんだけは逃げて下さい」


「えっ……、私も手伝おうと思って、キッチンから包丁を持ってきたんですけど」


 月姫と僕が話してる間に、どこかに行ったから何してたのかと思ったら、戻ってきた桃ちゃんの小さな手には、不釣り合いなぶつ切り包丁が握り締められていた。


「恐らく偽物の狙いはピーチちゃんです。だから、ピーチちゃんが出ていったら、偽物の思うツボです」


「うぅ……、つまり、私には何も出来ないんですね。歯痒いです」


 桃ちゃんにとっては悔しいことかもしれないが、仕方ない。

 ここは月姫と僕がなんとかするしかないだろう。

 それに、少しくらいは僕だって役に立たないといけないからな。


「それじゃあ、お腹が減ってたら戦は出来ないと言うし、そろそろお昼にするか」


「賛成でーす!」


 僕は早速キッチンへと向かった。

 なんとか桃ちゃんの『存在』を取り戻せる方法の活路が見いだせてきて良かった。

 これで、桃ちゃんが泣くことは、もうないはずだ。


「全く………、アレはそんなに甘いものじゃねぇですのに」


 そんな月姫が僕の背中にの呟やくように言った、僕には、全く聞こえていなかった。



物語………進まない。

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