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平和平凡世界。  作者: マイン
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賑やかな『月』

誰か見て下せ~。おねげーしますだ。

 コトっと、リビングの丸テーブルに珈琲とホットミルク、カフェオレが順に置かれる。

 あれから、桃ちゃんにはとりあえず、僕の家のリビングで休んでもらうことにした。

 桃ちゃんはソファーに置かれていた蛇のぬいぐるみをギュッと抱きかかえ、ソファーに座りこんでいる。

 月姫の趣味で集められた数あるぬいぐるみの中の一つだ。

 シリーズ(蛇、兎、犬、鳥、猿、ライオン、白熊、パンダ、鯨、)などなど……。様々なぬいぐるみがある。


 このまま桃ちゃんを家に泊めるのは構わない、が、流石にずっとという訳にはいかないだろう。

 緑川や緑川母達も心配するだろうからな。


 チクタク チクタク


 時計の音が、無機質に奏でられる。

 僕は机に置かれたカフェオレを、ジッと眺めた。

 因みに、月姫が珈琲、桃ちゃんがホットミルク、僕がカフェオレだ。


 僕は珈琲が飲めないのだ。


 そう、高校生だが、飲めない。

 何だろ………、妹に先に珈琲デビューされたお兄ちゃん程、悲しい事はあるだろうか。

 いや、むしろ悲しいというよりは、年下に背を追い越された時のような、虚しい、悔しい、さもしい気持ちで胸が、そして心が一杯になる。


「だ、大丈夫、ですよ……、ぷっ、まだ、一生珈琲が飲めないと、くすっ、決まった訳では、ぷっ、ないん、ですから………くすくすくすっ」


 友達の妹に慰められた。

 しかも、笑うのを我慢されながら。


「あははははっ!ぐふふっ!あー、おかしい! 兄貴ったら、高一にもなって、まだ珈琲も飲めないなんて、本当におこちゃまなんでちゅから!!」


 フローリングの床の上で笑い転げている、自分の妹を初めて僕は殴りたいと思った。


嘘だ。


 何度も殴りたいと思った事はあった。その後の報復が怖すぎて、したことなんてないけれど。

 そもそも、一回、殴っただけでも十倍で返してきそうな奴だしな。

 何度も言うが、この我が不肖の妹は、とにかく強い。

 強さや瞬発力、一発、一発の打撃性が強いのに加え、なんといっても、特筆すべきは、月姫の執念の強さだろう。

 月姫の辞書に、「諦める」という文字は、例え世界的な危機に瀕したとしても、絶対に存在しないと、僕は断言できる。

 例え宇宙人が攻めてこようと、ゾンビが世界中に溢れかえったとしても、地球上の自分以外の人間が死に絶えようと、月姫は自分の信念は絶対に曲げないし、目的があるのなら、自分の命を賭してまで叶えようとする奴だ。


 僕には絶対にそんなマネは出来ないだろう。



「おにいちゃまは、まぁだピーマンも食べれないんでちゅよね~?」


 なんて絡んでくる月姫を僕が振り払えないのも、仕方ない。


 僕はカフェオレを飲んだ。



「実は、ハジュハジュさんに処女を奪われたんです」


「ぶふぅぅ!?」


 思わずカフェオレを吹き出した。


「ほぅ………、兄貴、どういう事か説明してもらいやしょうか?」


「ち、違……、待て、月姫、そのトンカチ、どこに隠しもってたんだよ!」


 僕の吹き出したカフェオレで水も滴るいい女状態の月姫様が、どこからか隠し持っていたおトンカチを、今まさに僕に振り下ろそうとして……………。


「まあ、冗談ですけど」


 なんて一件があって以来、桃ちゃんは相変わらず喋らない。

 いや、一言二言であそこまで状況を混乱させたのはある意味凄いけど……………。


 それにしても、静か過ぎるくらい静かだ。

 それくらい、桃ちゃんは家に来てから、やけに静かだ。

 そりゃあ他人の家にくれば、夜だし、黙りこんでしまうのも分かる。

 借りてきた猫とは、まさにこの桃ちゃんのような状態を言うのだろう。

 ここは、年上の僕から話しかけてあげるとするか。


「まあ、何にせよ…『パリッ』、桃ちゃんが…『パリッ』、無事…『パリッ』、見つかったのは…『パリッ』よかっ……『パリパリパリパリッ』うるさーーーい!!!」


「もう、あにひの、ムシャムシャ、ほうが、ムシャムシャ」


「食べ終わってから話せよ!」


 月姫はカフェオレをタオルで拭った後、どこからか取り出したスナック菓子を頬張りながら話していた。

 それはもう、リスの如く頬一杯に詰め込んで、さっきから『パリパリ』と効果音を出し、僕の話しの邪魔をしている。

 こいつは僕の邪魔をしないと生きていけないのだろうか。

 1日5悪とか、そういうノリなのか?


「ムシャムシャ…、ごくごく…、ぷはぁっ!」


 月姫が豪快に珈琲を飲み干した。

 珈琲って、そんな飲み方をするものだったのか?

 本当に月姫はどこかの女海賊のような女傑感が滲み出ている。


「ふぅ……、まあ、ピーチちゃんが元気を取り戻せたのは、不幸中の幸いってもんですよ」


 月姫は、ポイッと近くにあった猫型ゴミ箱に、スナック菓子の袋を投げ捨てた。


❇花より食い気。


「ああ……、あのまま、ずっと雨の中を倒れていたら、大変な事になってただろうからな」


 本当に、僕がたまたま通りかかって良かった。

 もし、倒れたまま誰にも見つからなかったと思うとゾッとする。

 最悪、車に轢かれて死んでいたかもしれないのだ。

 それに、あのまま気づかずに素通りなんてしていたら、僕は緑川の奴に立つ瀬がなかっただろうし。


「ピーチちゃんが助かったのは、私のお陰ってもんです!」


「僕のお陰だ!」


「何言っちゃってんですか、兄貴、兄貴に命令したのは私なんですよ?

それに……、兄貴の手柄は私の手柄、私の手柄も私の手柄でしょう?」


「どこのガキ大将だよ!」


「私立七咲丘中学校のガキ大将様です!」


「そうだった!」


 そう、そうなのだった。

 こいつは、僕の知らない間に、いつの間にかガキ大将になり、陸上部のエースとして、活躍しているのだ。

 こいつの場合、思わず空手や柔道のエースと勘違いしてしまいそうになるが。

 この町きっての希望の星ともてはやされている月姫は、それはそれは足が速い。あと、強い。


「ふっ、ふふっ、あはは! ほ…、本当に、は、はじゅはじゅさんと、月姫ちゃんは、仲が、いいんですね………」


 それまで静観を保っていた桃ちゃんが急に笑いだした。

 目に涙を浮かべながら、鼻を真っ赤にして。


(えっ? えっ? えっ? どうしよう………、僕、なんかしくったか?)


 それは、「一応」と枕台詞がつく笑顔だった。

 笑っているからといって、それが本当に心の底からの笑顔なのかなんて、その涙を見れば分かる。

 心の中は大雨だというのに、無理やり表情は笑顔に保つ。


 瞳が、笑えていない。    


 人は、無理して笑うと、こんなにも切なげ表情になるのだと、初めてしった。



「ピーチ、ちゃん………」


 月姫が、呆けたように、ポツリと呟いた。


「あっ、ううん……! 何でも、ない、ん、です………。ただ、ちょっと、羨ましいなって、思った、だけで………」


 桃ちゃんは不器用な笑顔を浮かべる。


 それは……、つまり、僕達兄弟の仲が、羨ましい、と、そういう事だろうか。

 こんな、何でもないような会話が。


 だが、緑川が、あの妹想いの馬鹿が、とても妹をこんなにも追い込むような奴だとは、どうしても思えない。

 それこそ、友達が少ない妹のために、僕の事を紹介したくらいなのに。

 それに、僕は知っているのだ。

 この年齢になっても、妹の入学式の写真を、桃ちゃんの笑顔の写真を、待ち受けにしてるくらいの、友達として少し引いてしまったくらいのブラコンだということを。

 なら、原因は『兄弟』ではなく、『家族』という括りになってくるのだろう。


「桃ちゃん……、もし良ければ、何があったのか……」


『パチンッ☆』


 言いかけて、僕の唇にビンタが入った。(痛い)

 月姫の鮮やかな手捌きで、手を出してから唇を叩くまでに、一切の無駄がない。

 って、いや、問題はそこじゃない。パチンッ☆って、パチンッ☆ってなんだよ!?

 可愛くしたところで、痛さは変わんねーよ!!


「痛って~~~~!!!」


 とりあえず、痛さのあまり、床を転げ回る。

小さい手で、大きな衝撃だった。


「はっ? ちゃんと効果音は、パチンッ☆に、してあげたじゃないですか」


「効果音なんかで痛みが誤魔化せられると思ってんのか!?」

 

 月姫は、首をコテンと傾げ。


「……………?」


「いやいやいや、理解出来ないふりすんなよ!」


 流石にそれくらいは分かる年頃だよな?

 理解力がないにも程があるぞ!


 しかし、月姫は首をフルフルとふり、僕の言葉を吹っ切るようにすると、僕にビシッと指を指した。


「って、そんな事はどうでもいいんです! 兄貴はいつもいつも、他人の人生の安請け合いしすぎってもんです!」


「少しばかり格好いい台詞だけど、まずはお前が口より先に手が出る癖を直せよ!」


 僕はヒリヒリしたままの唇を撫でた。


 血が出てる。 


 でも、月姫の言うことも、それは、まあ……、確かにそうだ。

 生半可な覚悟で他人の家庭事情に口出しするのは、ある意味、どちらにとってもダメージを負う可能性がある。

 どこの家にだって、立ち入られたくない所はあるだろう。


 それには、この黒澤家も決して例外では、ないのだから。


 月姫が、あれほどに喧嘩っ早いのも、月姫が家長であるのも、月姫が、お茶を用意したのも、それだけでなく、それ以外の家事を月姫1人でこなしていて、こんなにも背伸びをしようとしているのだって、それは結局のところ、この家の立ち入られたくない所に関係するのだから。


 桃ちゃんの事にしたって、所詮は他人が差し伸べる救いの手、行き過ぎてしまえば、それは、ただのお節介だ。

 他の家庭事情に首を突っ込めば、抜け出せなくなる可能性だって、ある。


 だけど………、それは、やっぱり、他人だからだ。


確かに僕には、緑川と桃ちゃんと違って、血の繋がりなんてない。

 緑川の人生という長い長い時間の中で、僕と過ごす学校生活なんて本の一瞬の出来事かもしれない。 

 大人になれば会える機会もほとんどなくなって、緑川の妹の桃ちゃんなら、なおのこと会えなくなるだろう。

 

 それでも


 僕は毎朝、緑川と挨拶をしている。


 僕はいつも緑川とふざけあってる。 


 桃ちゃんとは、何度か人生ゲームをしたことがある。


 僕はいつも……、緑川に助けられ、助けている。



ーーー僕は()、緑川の()()なんだ。


「月姫、緑川と桃ちゃんは…………、他人じゃない」


「じゃあ…………、何だっていうんですか?」


 月姫は、僕の覚悟を試すようにジッと瞳を見つめてくる。


「友達だ」


 人によって友達の意味は変わってくる。

 僕にとって友達は、緑川は、いつもどつきあいを繰り返すような、僕にとっての大切な日常なのだ。


 僕は、そんな日常を失いたくない。



 しかし、月姫は首を振り………。



「違う。 そういう事を述べてんじゃ……、言ってんじゃ、ないんです。

…………いいですか? 一つ屋根の下、兄貴と緑川さんとでは、過ごしてきた年月が、繋がった絆が、話した言葉の数が、違う。


それに、あまり言いたくないですが、素人の兄貴が野暮な事に首を突っ込んだら、戻ってこれなくなるかもしれません。 その点、家族ならいくらでも和解できる。そのための時間が、『家族』なら、ある。

家族と友達とは、どうやっても消せない、一線ってもんが………あるって、言ってんです」


「それでも、桃ちゃんや緑川は僕の大切な日常の一部で、その日常では、緑川も桃ちゃんも笑顔なんだ。

そんな日常を、僕は壊れて欲しくないと思ってる」


「…………………」


 月姫は、ジッとしたを向いたまま、黙り込んだ。


 月姫にも、確固たる意志があって、その意志は何時だって僕を守らんとする意志なのだ。

 その意志を僕が蔑ろにしようとしているのだって分かっる。けど、これだけは、譲れない。


 僕と月姫の間に沈黙が訪れる。



 しかし、最初に動いたのは僕ではなく、月姫でもなく、桃ちゃんだった。



「っ……………!」



 桃ちゃんは勢いよく立ち上がり。


 そして、口を大きく開け、深く息を吸い込むと…………。



「止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ止めれ、止めれえええぇぇぇぇーーーーーーー!!!!!」




キーーーーン!




こ………こま……鼓膜、鼓膜、が………壊、れ…………。


目がぐるぐる回る。


「ぐっ………、も、ももひゃん……、い、いきなり……なに……ほ?」


ろ、呂律、が上手く回らない。


「@&※¥=○**££Å%£$¢£¥¥×≠÷>_<(>。<)(+o+)(x_x)(>.<)(*_*;(*_*;(*_*;(*_*;…………あばばばばば」


 月姫が()()を言った。


 部屋一杯に響いた、声。


 窓が、本当にカタカタと震え、本気で割れるかと思った。


 月姫も桃ちゃんに何か抗議しようとしたのだろうか、もはや前半、言葉にすらなっていないが。


 というか、白目剥いたまま泡をふいて床の上に倒れている。


 月姫も鼓膜をやられたか、それすら超えて脳に直接桃ちゃんの声が響きわたったのか。


 仮にも美少女がしていい顔じゃなくなってる。


 僕の頭の中も未だにグワングワンいっていて、なんだか長時間バスに乗って酔った時みたいに、気持ち悪い。正直言って吐きそうだ。



 だが、桃ちゃんは、()()、口を大きく開け………。


「やっ……、もう、や、めっ………」



「すぅーー。 私のーー! ためにーー! 喧嘩ーー! するのはーー! 止めれえええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!!!!」


 桃ちゃんは叫びながら、手に持っていた蛇のぬいぐるみを僕の顔面に投げつけた。



「がっ………」



 目の前が真っ暗になる。


 端的に言えば、留めを刺された。



 視界が暗転して、何も見えない。



 こうして僕と月姫は気を失ったのだった。

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