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夢幻の世界で、無限の時を  作者: PhiA
ー1章ー〈出会い〉
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-9-杭と、地下牢と、制裁と。

 3階に植えた醜いチューリップは捨て置き、上の階を目指して階段に足をかける。


『思うんだけどさ、君の身体能力なら階層突き抜けられるんじゃない?直上ジャンプでさ』

「あー、その考えはなかった」

『穴は【朧月】で開けながら進めば怪我しないだろうし。そもそも怪我という概念はその【疾風】で意味をなさないし』


 ヴェルダンディのショートカットをしようという提案には賛成なので、【朧月】を巨大な杭に変える。

 筋力Aの腕から放たれる杭は、みんな大好きパイルバンカーのごとく軽々と天井を貫いていった。

 ゴッゴッゴッと、どこまでも飛んでゆく杭によって、はるか上方に星空が見えた。


「じゃあ行きますか!」


 衝撃波を発生させつつ真上に飛ぶ。1度外に飛びだして空に飛んでいった杭を手元に呼び、鍵に戻す。


 そして重力に従い、最上階に戻る。


「あちゃー、なんかしまらないなぁ……」

『やっちゃったね』


 元は豪華な家具が揃えられていたのであろう最上階の一室、丁度穴を開けた部屋には、宝石をたっぷり使ったマントをはおり、長い髭の生えた人がいた。いや、尻から茶色い尻尾が生えているからこれが噂に聞く猿人なのだろう。恐らくこいつがイルネスだろう。


 イルネスと思しき猿人は高そうな家具と一緒に、瓦礫に埋まっていた。白目を剥き、気絶していることが伺える。


 非人道的な行為をしてきた者には直々に鉄槌を下したかったのだが、既に再起不能だろう。

 机に三角のたてがおいてあり、「イルネス」と書いてある。裏社会のものとして警戒心あさすぎるでしょ……

 死体蹴りは趣味ではないので、一応瓦礫から救出、【朧月】で縛ろうとして、部屋に手頃なロープを見つけた。


『確か、《捕縛》って妖術があったよ。ロープとか手錠がないとできないんだけど、おえつら向きに置いてあるし、使わせてもらおう』

「だね。どうせ盗品だろうし。《捕縛》」


【環境順応】により簡単に使えるようになったように見える《捕縛》は結構妖力を持っていかれた。持続性の術は消費が激しくていけない。


 といってもまだまだ余裕はあるので、開けてきた穴を捕まえたイルネスを持って飛び降りる。


 そして、イエローの上に着陸する。


「フブルァッ!」

「あ、ごめんなさい!」

『うわーまたやっちゃったね』

「よくもイエローを!くそっ!肩まで埋まってるから動けねぇ!」

「うっうっ……もうお嫁に行けない……」

「大丈夫だブルー!別にまだ何をされたわけでもないんだ!そんで行き遅れても俺が貰ってやる!」

「レッド……!」

「ブルー……!」


 また漫才が始まったよ。

 この3人は3階の床に肩まで埋めておいた。手はもちろん床の中。足は下の階に少しはみ出ているが、だからどうしたという話である。


 埋まった状態でお熱いふたりにイライラしながら、流石に不憫に思ったイエローだけは発掘してやる。

 ギルドでモヒカン信号機に使った治癒効果のある妖術は、調べたところ《全快》というものだった。効果はその名の通り、術をかけた場所を完治させる妖術だ。部位欠損には使えないが、大体の傷はこれで治る。


 未だにいい所のないイエローは《全快》を受けて目を覚ます。そして見つめ合うレッドとブルーみ視界に入れるなり、唾を吐いた。(たん)入りだった。気持ちは分からんでもないので、(とが)めない。


「ありがとうございます。俺らはクライアントに雇われてここにいるんですが、どうやらもう任務は破棄のようですね」

「ああ!やっとマトモな感じの人!多分、この簀巻きにされてるのがあなた達の依頼主だと思いますよ」


 そして、イルネスの正体と、やっていたことを説明する。レッドとブルーはまだ見つめあっている。聞けよ。


「なるほど……僕らは悪人に手を貸してしまっていたわけですか……正義の味方としてあるまじき行為です……」


 天を仰ぎつつ、フルフェイスのマスクから一筋の涙が首筋を伝ってこぼれ落ちる。悔し涙だろうか。ヒーローっぽい!


「だが……っ!こういう展開はたまらん……っ!たまらんぞぉ!」

「一瞬でもまともな人だと思った私が馬鹿だったよ」

『なんかもう……いろいろダメだね、この人たち。埋め直しておくことをおすすめするよ』

「もうやってる」


「うほぉぉ!」とか気持ち悪い笑い声をあげ始めた気持ち悪いイエローを強制的に埋める。もちろん意識は手放してもらってからだ。

 レッドとブルーは未だ見つめあっていたので、その間に植えてやる。すると2人は器用に首を地面とほぼ平行にし、イエローを挟んでなおお互いを見つめ合い始めたので必殺シュートをお見舞いしてやった。


 雇われヒーローを討ち滅ぼし、捕まった人の救助に向かう。

 といっても場所はわからないので、御者だった男に聞いてみよう。


 そう思って1階の最初捕まっていた部屋に行くとそこに人はおらず、代わりに壁に扉が空いていた。


 こんな扉はなかったのだが、隠し扉だろうか。イルネスといい、なんとも警戒心にかける行動をするな、この組織。

 ちなみに邪魔なイルネスは簀巻き状態のまま3階に植えてきた。

 尻尾には床を掘る際に出てきた謎の液体を塗りたくっておいたので、今頃カピカピになっているだろう。


 一階は暗いので、掌から再び光球をだして進んでゆく。

 男はどうやって逃げたのだろうか。解除装置を持っていたか、仲間が助けに来たかのどちらがだと思うが、どちらにせよお縄の未来だ。


 扉の先にはまた階段があり、今度は地下に続いているようだ。


「……またやっちゃう?」

『いいんじゃない?ボクらのものじゃないんだし』

「だね!」


 パイルバンカー、下へ参りまーす!真下に向けて杭を発射し、できた穴を飛び降りるとそこは牢屋だった。

 両手に手枷と、足には鉄球のついた足枷をはめられ、痩せこけた女性や子供たちが捕えられていた。誰も彼も目は光を宿しておらず、虚ろな表情でただ1点をじっと眺めている。


「……解放は後回し。もうすこしだけ、我慢していて!」


 今解放しても混乱を招く恐れがあるので、敵の討伐を優先させた。


 地下牢を抜けた先には幾つか楽屋のような部屋があり、それを見つけ次第開け、中に人がいれば叩きのめしていく。既に10部屋ほど潰したが、件の男はいない。


 部屋潰しをしていると、搬入口にでた。馬車が何台も留まっており、その1台に例の男と1人の少女がいた。


 音をたてないように近づき、慌てて出発の準備をしている男を後ろから捕縛する。


「なっ!小娘がぁ!イルネス様はどうした!」

「もう捕まえたけど。今頃は3階あたりで色とりどりのチューリップとともに咲いてる頃ね」

「は?イルネス様が捕まった、だと?嘘をつけ。貴様はすぐにそうやって嘘をつく」

「いやいやちゃんと捕らえたし。しかも今の状況わかってる?」

「私が捕まろうと代わりはいくらでもいるのだ!イルネス様がいる限り、我々は不滅だ!」


 埒が明かない上にうるさいので、気絶させる。この男のいう代わりというのは道中潰してきた部屋にいた者達のことだろうか。どいつも大したことなくて瞬殺だった。


 さて、あとは馬車の中にいる少女は誰かってことなんだけど……


「あれ?捕まってた子?」

『みたいだね』


 その少女は手枷足枷をされて口には猿ぐつわのようなものを噛まされている。


「今外したげるから」


 そっと猿ぐつわを外し、手枷と足枷を【朧月】で断ち切ると、少女がこちらを見上げて一言。


「……お姉さま……」

「はい?」


 なんて言ったの、この子。

 10歳ほどの少女は栗毛の髪の上に可愛らしい耳があるが、狐のものよりか少し小さい。


「……あの、ありがとう……なのです、お姉さま。私は、猫人(びょうじん)のリリィなのです。街を移動する時に捕まって、今日売られる予定だったのです……」


 ギリギリセーフか!危なかった!

 この子は売られる直前だったというのに泣かないなんて……強いんだね。

 それにしても猫人か……王都では見かけなかったな。


「猫人は、鼠人と仲が悪いのです。十二支の逸話にある通り、騙されたことを根に持つ人が多いのです」

「ああ、それで」

「お姉さまは、どうしてここに来たのです?」

「そのお姉さまってのはやめて欲しいんだけど……私も捕まってね。今全部なぎ倒したところ。これから捕まった人たちの解放に行くけど、来る?」

「なんと!是非とも行かせてほしいのです!みんなが……!」


 辺は暗い。本日3度目の光球を召喚し、ヴェルダンディに施設内部を【朧月】を飛ばして確認してもらったところ、もう施設のなかで動けるものはいないようだったので、心置き無く解放ができる。罪人の回収はあとでもいいだろう。


 地下牢に戻り、牢屋の格子をぶった切っていく。


 鋼鉄の格子が突然大きな音を立てたので全員が「もう連れていかれるんだ……」と絶望した表情になったが、格子を開くのではなく破壊している状況を把握し、驚いた。

 足枷がついていて移動はできないが、この破砕音が自分たちがどれだけ待ち望んで、しかし諦めてしまった福音であることを肌で感じとり、ある者は涙し、ある者は天に祈りを捧げ、またある者は藍波の手を取ってひたすらに感謝を述べた。


「これで、あなた達は自由です。とはいえ、残念と言ったらなんですが数日はまだ不自由が続くことと思われます」

「いいんです!ここの生活よりマシだってことはよく分かります!本当に、本当にありがとうございます……ありがとうございます……」


 結局、全員に泣かれた。ただ、それが悲しみの涙でないことは、皆の目に光が戻っていることから感じ取ることが出来た。

 きっともうダメだと思っていたのだろう。イルネスのスキルは強力なようだし、大人はまだしも子供に抵抗できるはずもない。


 ……やっぱり、あとで懲らしめておくか。


「えー、皆さん。首謀者を捕まえてありますので、私はその回収をしに行きます。攫われた時に何か持ちもののあった人は付いてきてください」


 すると、大半の人がついてくることになった。ちょっとしたアクセサリーも剥ぎ取られたらしい。きっと形見とか、色々あるのだろう。


 3階に戻ると、醜い花は未だ咲いていた。回復が早いというか、もう全員目覚めており、ギャイギャイ騒いでいる。


「イエロー!お前があの時ちゃんと怪人を倒していればこんなことには!」

「なんだとこの『ピ──』が!お前あの時ブルーといちゃいちゃしてたじゃねぇか!死ね!」

「なんだと!リーダーに逆らうか!」

「やめて!私のために争わないで!」

「ええい!やかましいわ愚民どもめ!……腕利きと言うから雇ったのにこんな阿呆の集団だったとは……」


 私物を取り返しに来た私達はゴミを見るような目でそれを見ていた。それはそれはゴミだった。花と表現したのは間違いだったな、花に大変失礼だ。


「あ、蹴りたい人は死なない程度に蹴ってもいいですよ。首謀者こいつですし」

「貴様何者だ!この私にこんなことをしてただで済むと思うな痛っ!やめ……痛っ……え、ちょっ、ま痛っ」


 ついてきた人達が蹴りまくっている。スキルを発動されても私が解除できるし、発動のタイミングを図らせないように後ろから蹴りつけているためイルネスはどうしようもない。


『君は鬼畜というか……もはや外道だよ』

『え?私が外道?……なんのことさ』

『いや……気持ちは痛いほどわかるからさ。いいんだけど、これっていわゆるリン……』

『ヴェルさんストップ。これは制裁。いいね?』

『もはや何も言うまい』


 イルネスの様子を間近で見せられている残念戦隊ゴミレンジャーはマスクをしているはずなのに青ざめているのがよく分かった。額に線が浮かび上がってる。凄いな、それ。


「この人たちはこのイルネスに雇われた残念なヒーロー(笑)です。あとでどうぞ、好きなだけ罵ってあげてください」


 あとでと言ったのに「この役立たずめが!」「一生埋まってろ!」などと罵詈雑言を浴びせ始める。イエローは嬉しそうだ。気持ち悪いから早く行こうよ。


 イルネスのいた階はここから更に3階層上の6階だった。捕まっていた人たちは体力の消耗が酷いためゆっくり登った。さっきハッスルしすぎたのかな?と思ったが、ろくな食事をしていなかったらしい。


 さすが奴隷商人。無駄と思ったら経費を削ってやがる。1日1回だけ、しかも水と硬いパンとたまに干し肉という酷い食生活をおくらせていた。


 それでも形見や形見でなくとも大切なものを取り返しに来た人たちは階段を登った。そしてわかりやすく「倉庫」と書かれた扉の前で立ち止まる。鍵がかかっており、それどころかドアノブすらない。


「ひらけーごまっ!」


 開かないので、【朧月】を用いて扉を粉々に破壊する。これで開く扉はなくなった。

 皆が一斉になだれ込み、教室ほどの広さがある倉庫から各々大切なものを見つけ出していた。


 私は倉庫の端に別の扉を見つけたのでこれも破壊する。その部屋は書斎のようだった。

 ポンと置かれている机に寄り、引き出しを開けると中から分厚い紙の束が出てきた。

 なになに?「奴隷候補者個票」?はい没収。

 その他にも「奴隷取引収益」とか「組織組員個票」とか出てきた。全部王に突き出してやる。極刑は免れないだろう。


 大方探し終わったようなので、皆を連れて戻る。探し物を手にした人たちの足取りは軽くなっていた。よほど嬉しかったのだろう。


 3階でボロボロになりながらまだ言い争うゴミを踏みつけつつ、地下から行ける搬入口で捕えられていた人全員が再び集合した。

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