-5-神と、大戦と、ステータスと。
光が収まると、柔らかい緑色の髪を短く切りそろえ、インテリジェンスな眼鏡をかけた女性が隣で伸びをしていた。
「話は聞かせてもらった! このボクが助力いたそう! ……うーん、言ってみたかったんだよね、これ!」
まるでお母さんがやったものを再生するかのように、眼鏡を人差し指と中指でクイッと上げながら香ばしいことを言った女性が、いつの間に用意したのか椅子に座る。
「貴様……何者だ? どうやってこの部屋に……」
「あらネスト王、見てただろう? その鍵から出てきたのさ。正確には鍵に吸収された結晶……『封印石』からね」
鍵から出てきた女性は私の持つ鍵を指さしてネスト王に返事をする。
「『封印石』……? 封印というくらいなのだから、貴様は些か危険な存在と見た。本来なら切り捨ててしまいたいところだが……」
「王として的確な判断だね。確かにボクは、単体でもこの国を滅ぼすだけの力がある。いとも簡単にね……まあ訳あってそんなことは出来ないしやる気もないけどさ」
それを聞いて、歴戦の大英雄は手をかけていた剣から手を離し、お手上げの姿勢をとる。
命の応酬の体験が少ない藍波でも、この人は危険だと本能が言っていたので動かなかった。
そしてそれは紛うことなき正解であった。
「ボクの名は、時女神ヴェルダンディ。《現在》を司る北欧の神さ」
「「「──はっ!?」」」
3人同時に驚きを口にする。カミって何?
「あっはっは! いや、期待通りに面白い反応するね君ら。神は神。運命の三女神。ノルンなんて呼ばれ方もするね」
「いやいや、そうじゃなくてですね」
「わかるよ、どうして神がここに? ってことでしよ?」
突然出てきた神様はそう言うとすぐに真面目な顔になって、
「ボクは4000年前……神界大戦の折、姉妹揃って封印された……きっと一番邪魔だったんだろうね。何せ運命を見通し、操れるから」
「神界大戦……創世史にある大戦争か。神が神を裏切り、神と神が闘い、終いには世界が二分割されるほどの大戦争」
「そう。残念だけど、ボクらは誰に封印されたのかは分からない。ちなみにその裏切りの神の筆頭は……創造神。この世を作った者だよ」
「な……に!? 自分で作った世界を壊そうとしたということか……!」
「そう。『この世界は失敗作だ』ってね」
自分たちが今まで住んでいた世界を失敗作と聞いてネスト王とお母さんは何も言わず、しかし確かな怒りの眼差しをヴェルダンディに向けていた。
「ボクにそんな顔されても困るんだけど……その失敗っていうのはね、人に欲を与えたことなんだ。与えたことで人は争い、滅亡への道をたどってしまう」
「だからって消さなくても……」
「うん。だからボクらは戦った。この醜くも素晴らしい世界を守るために」
醜くも素晴らしい世界──争いが絶えない反面、悲しみや不自由の中に見出す希望の光こそが至高であると多くの神は考えたらしい。
「だからこそ、ボクらは創造神率いる『リセット派』と相討ち覚悟でやりあった。そしてなんとかリーダーの創造神の能力を封印した。ボクはその封印のあとに力尽きて、気づいたらあの封印石の中さ。封印をする側がむざむざ封印されるなんてね。情けない話だよ」
書物も残っていないほど過去の大戦争の真実に、絶句する。
同時に、疑問もあった。
「わざわざこの世界を壊さなくっても……他に作ることは出来なかったの?」
「それは出来ない。例えが難しいんだけど……ゲームのセーブデータが1枠分しか用意されてないのに、そこに2枠目のデータは作れないでしょ? 要はキャパオーバーってやつ。まあ、メモリーを買ってくれば済むんだろうけど、流石に「世界一つ分」なんてメモリーはどこにも売ってないからね」
「それで、『あたらしくはじめる』ために前のデータは削除する、と」
「さすが、理解が早くて助かるよ」
パチン、と指を鳴らして肯定するヴェルダンディの説明に生来のゲーマーである私が理解を示す。
失敗した世界か……育成方法間違えると詰むゲームとかもあるしなぁ……。
「創造神は、次の世界は人に欲を与えないと言った。そうすれば争いは起きず、みんな平和だと。……でもさ、それになんの意味があるのさ」
神として、それ以前に一人の意識体として、譲れない部分があったのだろう。
「スクルド──《未来》の力を持つボクの妹が、その世界の未来をのぞき見て、絶望した表情をしたのをボクは忘れない。突然叫んだと思ったら震えだして大変だった。ボクも《現在》の力を使って半ば強引に見せてもらったよ。そして同じく絶望した。あれはもう、生き物じゃない」
欲望のない生き物……それは生命活動こそするものの、目には光を宿しておらず、食べることも、誰かと喋ることも……笑うことすらない世界。
それは果たして「生きている」と言えるだろうか。
「そんな世界には絶対にさせない。だから同士で集まって戦い、創造神の力を封印したんだけど……最近どういう訳か運命の歪みが酷いらしいんだ」
「どういうこと?」
「封印されていたと言っても、若干の情報は入ってくるものでね。4000年の間力を蓄え、スクルドと交信したんだけど……突然、未来が見えなくなったらしい」
「な……!」
「いつ、どのタイミングでかを問いただそうかとした時、突然交信が途絶えた。これはいけないと思って《過去》の力を持つウルド姉に連絡を試みたんだけど……」
「繋がらなかった?」
「うん。それでどうしたもんかと思っていたら君の鍵に取り込まれたわけだ」
手元の鍵を見る。確かに不思議な鍵だけど、どういう事なのだろうか。
「あ、その鍵ね、私がこっちで作ってもらった鍵なのよ。というか、家自体がコスモ・グランデ産ね」
「まじか」
その割に周りの家に馴染んでたなぁ。
また魔法で済ませる気だろうか。視覚を誤魔化す魔法とか?
「……」
「え? まさかの図星?」
スッと視線をそらした母親を問いただすのはアホらしいと思ったので、もうどうでもいいや、と諦めた。
「さて、過去の大戦の真実と現在の状況を君らに理解してもらったところで、頼みがある」
神の頼み事。最初に彼女は助力しよう!とか言ってたけど……。
「はいそこ、細かいことは気にしない。頼みを聞いてくれるなら助力は惜しまないよって意味だよ! そういうことにしておいて!」
神様がそう言うならそういうことにしておこう。
「それで頼みというのは?」
「ボクをウルド姉とスクルドに合わせてほしいんだ。もっとも、2人とも封印されてるはずだからこっちから探しに行かないといけないんだけどね」
「目星とかは付いてるんですか?」
「何ヶ所か、遺跡があってね。そこを当たってみてほしいんだ」
要するに冒険=強敵とのバトル有り=強くなれる!
……もしかして、自分をさらに高めるチャンスだったりする?
「行きます」
「藍波!?」
「助かるよ! じゃあまず色々と準備しないとね」
「ちょちょちょ、藍波! アホなの?死ぬの?」
「いやいや、まず未来が見えなくなった理由と、同時に反応が消えたウルドさんの安否確認しないと運命ねじ曲がったまま危険だから。そっちのが死ぬから、多分」
「おお、いい推理だよ藍波! その通り。未来が見えなくなった理由を除かない限り、この世界は終わる。だって『未来がなくなる』ことはほぼ決定事項だからね」
ホントはそんなこと微塵も考えてなかったのだが。ただバトルジャンキーの血が騒ぐだけである。しかし本音と建前が違っていても、自分が行かねば世界は終わる。唐突に、何も残さず。
「はあ……娘の安全を願う母としてはあまり行かせたくはないのだけれど……わかったわ。取り敢えず、スキルの確認でもしに行きますか」
「スキル?どこまでゲームじみたことするつもりなの?」
「気にしたら負けって、便利な言葉よね」
「言い逃れられると思ってんの?」
「藍波、諦める事が得策よ。だって、突っ込んでたらキリがないから」
「うわ、説明放棄した。親としてどうなのさ」
「スキルビューワーは王宮内にあるからな。おい! 案内しろ!」
パンパンと王が手を叩くと扉から先程お母さんを摘んで来た兵士が顔を出し、「こちらへ」と案内を始める。
そんなことより、スキルビューワー……だっさ! ネーミングセンスの欠片も見受けられない。
ヴェルダンディは既に鍵に戻っている。え、待って、戻れるの?
『そりゃそうさ。さっきまでこの中だったんだから』
「うわ! 脳内に直接……ッ!」
『やっぱ反応が良すぎるよ、君』
頭に響く声に一度やってみたかったことを即座に実行すると、ヴェルダンディの面白そうな声がさらに響いてきた。
『一応君ら3人以外に知られないようにしてくれると助かるよ。なんせ神だからね。あ、そうそう。念話は頭で考えたことを相手に発信するんだけど……出来る?』
『あーあー、テステス。こう?』
『早っ! 飲み込み早すぎるよ! まぁ、さっきも妖術使えるようになるの早かったしね……』
あっという間に念話を使いこなせるようになり、運命神を驚かせていると、MRIみたいな機械のある部屋に着いた。
「こちらがスキルビューワーになります。これにより、貴方の能力や適正、所持スキルがわかります」
「すごい! ホントにゲームみたい! 要するにステータスでしょ? やったやった!」
先程は現実味がわかなさすぎて半信半疑だったが、実際にやるとなると興奮するものだ。
ド〇クエとかで攻略に欠かせない私のスキルがこれでわかる! 早くやってみたい!
「ではこちらに寝そべっていただき……起動します」
「バッチコーイ!」
「……あの、あまり動かないでくださいね? エラー起こすので」
「ハッ! す、すみません……」
ゲームシュチュに興奮していたのを恥じて顔を赤くする。お母さんがニヤニヤ笑っている。後で殴ろう。
ウイィィィンと寝台がドーナッツ状の読み取り機に進んでいく。レーザーが当てられ、読み取られていく感覚。不思議だ。
「はい、終了で……は!?」
再び元の位置の戻った寝台から身を起こすと、表示されたスキルを見てその場の全員が絶句している。
なになに?
七海 藍波
筋力:A
敏捷:A
防御:C
体力:B
器用:A
幸運:D
所持スキル
【遠近両用】:A
・近距離、遠距離問わず、攻撃力の上昇
・遠距離武器に命中補正
【生存本能】:EX
・命に関わる攻撃や意思に反応し、対処法の計算を行う
【不断の努力】:EX
・一定量を超える修練を行うと、習熟度が累乗法に上昇する
・修練を怠ると、ペナルティとして全能力の低下及び【不幸】状態を付与
【神性】:B
・神の力を僅かに行使できる。行使できる力の大きさはランクによる
【封印無効】:A
・封印状態になりづらくなる。抵抗力はランクによる
【封印解除】:B
・この世に存在する封印を解く力。解ける封印の種類、強度はランクによる
【環境順応】:C
・妖術や体術、武器の熟練度にプラス補正
・妖術の瞬間習得が可能
適正
近接:片手直剣、両手用大剣、刀、双剣、長槍、薙刀、鞭、近接格闘
遠隔:弓、妖術
「ほーん、これってどうなの?」
「……英雄レベル」
「まじで?」
「というか英雄超えてる気がする」
ちら、と大英雄さんを見る。顎が外れんばかりに口を開いていた。
「神性っておま、えぇ……ヴェル……ごほん、彼女は検査にかけてないし、藍波自信が神性持ちって事だよな……」
「私は神だったのか」
「認めないわ、そんなの!」
残念な母親がビシッと指を突きつけてくる。
「きっとエラーよ! どうせワクワクしちゃって身体が嘘報告したに違いないわ!」
「そ、そうですよね。生身の人間が【神性】持ちなわけが無い……」
また寝台に乗せられた。疑いすぎや。
今度はぶすっとした顔で大人しくドーナツに読み取られる。結果、変わりませんでした。
「そんな馬鹿な!」
「ありえん……これは……」
「えっと、何がどうなって?」
『あのね、ボクが囚われていた封印石が君にも吸収されてるみたいなんだ。チェーンを伝ってね。ボクの【神性】リソースの余りが君に流れたみたい』
『えっと、それってあの化けダコはどこぞの神ってことですか?』
『神というより、その眷属が正解かも。ボクを封印した者のね』
そんなの倒してたのか。にしても割と有用なスキルだらけだなぁ……使いこなせるかしら?
「ふぅ……色々突っ込みたいですが、検査結果はこれくらいとして。これからどうされるんです?住むところとか」
「行く当てならないこともないです(ちら)」
「え?私?」
「いや母親だろう。私の」
すごく嫌そうなお母さんに詰め寄る。
「私、この王宮住居なんだけど……」
今度はネスト王に視線が向く。
観念したかの様なネスト王は一息つくと、
「わかった……部屋を用意させよう」
「助かります」
後ろで兵士が「魔性の母娘……」とか呟いてるが聞かなかったことにした。
今夜あたりに何が起こったのかの整理しないとな……立て続けにイベントが発生しすぎだよ、全く。
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☆補足☆
スキルはE~Aで表されます。
しかし、Aランクの中でも極みに達している場合、EXと表記されます。
適正について
適正武器以外も使用は可能ですが、熟練度の上がりが非常に遅くなります。適正武器の熟練度が10進む使用度に対して適正武器以外の熟練度は1進む程度です。
【不幸】について
【不幸】については、完全にランダムです。鳥の糞を食らうだけで済む場合や、街に魔物が攻めてくるが全部藍波ターゲットである。などなど。
【不幸】は発生すれば消えますが、半永続的な【不幸】も存在します。(歯が抜けるなど)
【神性】について
藍波は自分を神だと言いましたが、「神の性」があるだけで、実際は神ではありません。
発動するとどうなるかは前例がないため、未確認です。
【環境順応】について
その場で何が必要かを判断する能力と考えていただければ間違いないです。
瞬間習得に関しては、概念さえ理解すれば習得でき、使用が可能になります。
自分で考えた妖術も含まれるため、厨二病患者には渡してはいけないスキルです。え?手遅れって?ソンナー。
これから北欧含めた様々な神が出てくる予定です。能力や在り方は元の神話から少し変わっていくと思います。神話好きの方は多少不快に感じるかもしれません。