-4-対戦と、《狐火》と、人間と。
「さあって! 始めますかあ!」
「……」
ここは王宮内の闘技場。簡易的な室内コロシアムである。
目の前には準備体操をする杖を持った実の母である風華と、謁見の間からここまでの道程で冷静を取り戻した私。
「……ここまで来てから言うのもなんだけどさ、私近接型なんだけど。聞いたところではお母さん遠距離でしょ? 相性最悪じゃん」
「黙らっしゃい!」
ズビシ! と指をこちらに向けていつの間にかけたメガネを左手でくいっと上げるお母さん。
無論右手はクロスされており、大人の癖して厨二全開である。
「当たらなければどうということはない!」
「どうしてそのネタを……まあ知らないことはないか」
私にアニメを見せはじめたのは何を隠そうお母さんである。とはいえ、結構幼児向けのものだった気がするのだが……。
「ふん、まだ妖術の概念すらわかってない小娘に負ける気など微塵もせぬわっ! 来たれ!《狐火》!」
途端にお母さんの周りに6つの紫に燃える人魂の様なものが出現した。
「どうよ! これが狐人の基本にして最強技!」
「ふぅーん。それってどういう術なの?」
「原理は簡単!大気中の妖力に働きかけて火を起こし、それを空中に留まらせておくだけのこと! 移動するには右右A!」
右右Aはなんのことか分からないが、大気中の妖力か……たしか酸素みたく魔力と同時存在してるんだよね?
目を閉じ、自分の体内に集中を向け──おや、なんかへその当たりにモヤッとした何かを感じる。
モヤッとした何かは箱に入れた水の如くそこに留まっている。
……ふむ、ならば蓋を開けてみよう。
「こうして……ふおあっ!」
「は?」
ちょっと穴を開ける感覚で箱をいじってみたところ、穴を開けるどころかスッと壁の消える感覚と共に、中身である水がドウッと溢れ出した。
「ちょ、出すぎ出すぎ」
慌てて壁を治す。あれ?結構簡単?
体の内側でやったことを外に向けてみる。
大気に漂う妖力に自分の妖力を少し混ぜてっと。
「《狐火》」
「は?」
「おお、できたできた」
お母さんのメガネがずり落ちている。漫画か。
「ちょちょちょ、待って、私でも7つが限度なんですけど?何その数」
未だメガネのずり落ちたお母さんの視線の先には実に9つの人魂が浮いていた。
「案外簡単だね、これ。あーこう命令するとこう動くのね。確かに右右Aだわ」
「うっそ、私7つにするのに3年かかったんですけど」
「ふーん。で?次はどんな妖術を見せてくれるの?」
「くっ……こ、これでも喰らえ!《風刃》!」
《狐火》を消して今度は杖を持った腕を水平に払ってくる。よくある鎌鼬ってやつですかね?ならば真似は簡単。
「──《風刃》」
「ええ!?」
妖力を薄く凝縮し、お母さんの放った《風刃》と十字に重なるように放ってやった。お母さんは杖を横に振ったが、こちらは妖力の凝縮のみで放てた。
見事相殺されお互いに被害はなかったのだが、彼女の驚きは別にあった。
「あんた、何で……」
「え? あ、忘れてた」
そう。出しっぱなしの《狐火》である。
9個の人魂が、未だにふよふよと浮かんでいる。
「9個操るだけでも届かないのに、同時に《風刃》まで……」
お母さんとしては呟いたつもりなのだが、相手の弱音を聞き逃すわけがない。これはいいことを聞いたとばかりに煽る。
「それで? 王宮妖術師(笑)さん?娘に、しかも素人に及ばないってどんな気持ち? ねぇねぇ? どんな気持ち?」
「ううー! こうなったらもう限界を超える! 《狐火》!」
今度は9個現れた《狐火》を衛星の如く周囲を巡らせている。限界突破してようやくイーブンである。
「ふうぅぅ……! 経験の差ってのを教えてやるわ!」
そう言って杖を振るい、4個の《狐火》を飛ばしてくるお母さん。結構簡単に限界超えているように見えるが、その実表情はキツそうだ。
よほど集中しているのだろう。
上下二手に別れて迫る《狐火》を、こちらの《狐火》で相殺しようと──しなかった。
どうやら《狐火》の操作には自分の妖力を核として練り込む必要があるようで、その核を破壊できないかと考えたのだ。
「《風刃》」
またしてもノーモーションで放った《風刃》は、3個の《狐火》を消滅させた。
「やっぱ最初は上手くいかないか」
ブツブツいいながら9個の内ひとつの《狐火》で残りを相殺した。
「上手くいかないって……3つも核を消滅させておいてよく言うよ。しかもまだ8つも残ってるし……」
「よく数えてみて?」
「え? ……うっそ、増えてる……」
9個だった《狐火》の灯火はひとつ減って8つになったかと思いきや、その数を13個に増やしていた。
「コツを掴めば、こんなもんよ」
「それって、まだ上がる感じ?」
「どうだろ? んー……お、増えた」
「あーもー無理! 煮るなり焼くなり好きにしろお!」
娘に適わない事実に自棄になった王宮妖術師は、コロシアムの床に大の字で寝そべった。
「え? いいの? じゃ、遠慮なく」
「え?」
さらに2個増やして15個になった《狐火》を王宮妖術師に殺到させる。
「ぎゃあああああ!」
「きたねえ花火だ」
普通花火は空に放つものだが、どうやら地上で爆発してしまったらしい。
コロシアムの床、お母さんのいた場所には大きなクレーターが出来上がっていた。
「ぐふっ、よくぞ私を倒したな、娘よ。しかし……っ! 私は四天母の中でも最弱……この世の母親の面汚しよ!」
「自分で言うんだ、それ……四天母ってなに……」
自虐的な捨て台詞を吐いたあと、パタリと気を失った母にため息をつく。
それにしても、クレーターを作るほどの攻撃に耐えるとか、どうかしてる。
「す、済んだかね? おおう、派手にやったな……」
コロシアムの端からひょこっとネスト王が顔を出す。そしてクレーターを見て顔を青ざめさせる。
「修繕費いくらかかるんだろうな?(ちら)」
「ああ、それでしたらお母さんに請求してください。煮るなり焼くなり好きにしろって言ってましたから」
「おぬし、かなりの鬼畜と「《狐火》」イエ、ナンデモナイデス」
10個ほど《狐火》を出してやると、王は黙って未だ気絶しているお母さんを回収し、足を両脇に抱えて引きずって行った。兵士に任せればいいのに。
特に行く宛もないので付いていく。振り返った王が絶望の表情を浮かべていたが、何かいたのだろうか。
「帰る手段? ないんじゃない?」
1時間ほどして目を覚ましたお母さんに帰還について聞いてみたところ、帰ってきた答えはこれである。嘘くさ。
「いや、お母さん地球にいたじゃない。なのに何で戻れないのさ」
「戻れないのはあくまで『藍波だけ』だよ? 私は普通に帰れる」
「なんで私だけ!?」
神はどれだけ私に嫌がらせをしたら気が済むのだろう。死ねばいいよ、ホントに。あれ?でも私をこっちに呼んだのはネスト王だっけ?
「今なら殺れる……?」
「やめなさい……フォールンってのはね、何かしらの意味があって呼ばれるの。私の場合は魔獣の大量発生で、そのボスを殺ったら帰れるようになったの。大量発生と言っても、あんまり伝わらないでしょうけど……」
「そんな事があったんだ……それで? 今回来てたのは?」
「そういえばまだ聞いてないや。ネスト?」
「お前、呼ばれてすぐに書庫走ってったからな……」
お母さんが目覚めるまで私とお茶をしていたネスト王は呆れ顔である。ちなみに空気2人は別室待機だ。
「今回呼んだのは、人間達の国に動きが見られたからだ」
「そんなことで呼ばれたの? 帰るわ」
「ちょっと待て、ただの外交問題で呼ぶか! ……人間の国の動きってのがかなり怪しかったから呼んだんだ。あっちに忍び込ませておいたスパイから連絡があってな……人間の街一つがなんの前触れもなく滅んだ」
「詳しく」
少し前のおちゃらけた雰囲気はどこへやら、唐突にシリアスな話をはじめる。お母さんの真剣な表情は久々に見た。
獣人の象徴、そして種族の違いを表す耳と尻尾は隠すことが出来るらしい。相当妖術に長けていないとできないそうだが。お母さんが地上で生活する上で耳と尻尾が見当たらなかったのはこれを使っていたかららしい。
それの使い手である兎人を人間の国にスパイとして潜り込ませておいたところ、念話を送ってきたらしい。
念話も同じく使えるものは限られているらしい。優秀だな、そのスパイ。
「王都から少し離れた郊外の街なんだが、商人が多く、なかなか栄えていた。たまたまその街へ向かう馬車に乗っていたらしく、街に着いた途端に無数のネクロ化した人間に襲われたらしい」
「ネクロ化、か……」
難しい顔でお母さんが考え込む。確か、焼却とか圧殺しないとゾンビ化するやつ……だっけ?
「大体合ってる。が、確定じゃないんだ。本来は3人に1人の確率でネクロ化する程度なんだよ」
「結構高いけど……その街は人が多かったからネクロも多かった?」
「いや、一切生体反応なし。しかも全員ネクロ化だ」
「まさか!」
ガタッとお母さんが立ち上がる。その瞳は見開かれ、どこか焦ったような表情でネストを見ている。
「ああ、1000年前の──狐人絶滅の状況と、酷似している」
思わず息を呑む。気づいたらなっていた狐人だが、その先祖が全滅させられた状況と似ている現象が起こっている。
さらにタチが悪いのが、原因がわからないらしい。ただ、1000年前現場に向かったネスト王や、今回スパイとして居合わせた兎人もネクロ化していないことから感染系で無いことがわかっている。そもそもネクロ化現象に感染など今まで無かったのだが。
「こうしちゃいられないよ! 早く人間に知らせなきゃ! 一刻も早く避難を……」
「落ち着きなさい、藍波。今人間と獣人は対立中。そこに狐人のあなたが行けばどうなるか分かる?最悪、街の滅亡は狐人が来たからだ、ということにされかねないわよ?」
「う……」
「それに、避難ってどこへ? まさか獣人国へ入れるわけにもいかないし、魔人族は性格悪いのが多いから絶対拒否るわ」
むう、たしかにその通りだ。手も足も出ないとはこのことか。
指をくわえてことの成り行きを見守るしかないのかと思っていたその時。
ポケットの中から光が漏れた。
何事かと思い、こちら側に唯一持ち込めた道具、家の鍵を取り出してみる。うわ、思った以上に眩しい!
光が部屋を埋めつくし、白に塗りあげる。
光が収まると、私の右側に、女の人が立っていた。
ギョッとして右を見やると、その人は伸びをしながら、
「んんー! やっと出られた〜」
そんなことを抜かした。