-3-ハルクと、城と、母親と。
「そろそろ起きてくれ。着くぞ」
テルさんの呼び声に目を擦りつつ、身を起こす。
「ようこそ。獣人国アニマが王都、ハルクへ」
西洋風の砦じみた外門は沢山の行商人でごった返していた。
寝ている間に手続きは終わっていたようで、馬車は街の中に入ってゆく。
科学が未発達と入っていたが、確かにそのようで、高層ビルや電光掲示板なんてものはなく、代わりに煉瓦づくりの家々が立ち並んでいる。
「表世界ではおふぃすびるってのがあるらしいが、こっちだと高いものはなかなか建てられなくてな。高い建物といえば、王宮くらいなものさ」
よく知らなかったが、高層ビルを建てるには耐震やら重心やらの設計が必要で、かつそれを実現させる能力も必要なようだ。
「それって科学と関係あるの?」
「さあ? 俺は専門家じゃないからな、何とも言えん」
そんな知識で大丈夫か、商人よ。
まぁきっと関係があるのだろう。材料とか。
「さて、見物させてやりたいのは山々なんだが、まず王宮に行ってあんたのことを報告せにゃならん。このまま行くが、いいよな?」
特に断る理由もないので、頷く。
満足げにそれを受け取ったテルさんは、これまた煉瓦でできた道路を馬車で進む。
しばらくして、一際目立つ建物が現れた。
白地の壁に黄色い傘上の屋根が乗った塔が大小何本も建てられている。
っていうか、これって
「完全にシン○レラ城なんですけど……」
某夢の国にあるシンボルが、若干の手を加えられてそこにあった。
既視感の塊に唖然としていると、御者席のテルさんが、
「いやね、なんでも表世界でポピュラーな城を参考に建てたらしいぞ。魔族に手伝ってもらったから魔法が付与されてるとか」
「ああ、それで高い建物を建てられるようになるんですね」
なんでもありだな、魔法。
重さ軽減とかしてるんだろうか。
城には荘厳な城門があり、兵士が付いているようだ。
ようだ、というのは……兵士の見た目から来るものだ。
私から見て右には牛頭の男、左には下半身が馬の男。あれか、ミノタウロスとケンタウロスってやつか。
確かに兵士としては強そうだ。今度お手合わせ願おう。
そう言えば牛も馬も十二支に入ってるな。十二支外の狐人を相手にしてくれるかしら。
鼠人であるテルさんは顔パスのようだ。屈強そうな兵士が頭下げてるよ……十二支の頂点すごい。
馬車を置くべく、堀の上にかかった跳ね橋を渡る。
シ○デレラ城にない設備だが、テルさんによれば「なんかかっこいいじゃん?」とのこと。適当だな……
よく良く思えば、テルさんは鼠人だ。あれっ、
「……それ以上は、言うな」
「……」
これ以上は危険なので、考えるのをやめる。
そもそもコスモ・グランデで著作権的なものが通じるのかは謎なのだが、触らぬ|神(M)に祟りなし、である。
馬車置き場は芝に白線が書いてあり、馬を留める紐が下がっているだけだった。自転車かなにかと勘違いしてないですかね……?
既に多くの駐輪場が埋まっており、端っこの方にしか空きスペースが無かった。馬からしてみればストレスだろうな、これ。
「さて、まずは謁見の許可を得ねばな。世界規模で重要な案件だから、あんまり待たされずに済むと思うが」
「え、そんなに優先度高いんですか」
「そりゃあ、自分で召喚んどいて放置ってのは失礼に当たるだろうよ。その辺は王なら尚更気にする」
そういうもんなのかな?
まぁ邪険にされるより百倍マシだけども。
城の玄関前はこれまた美しく装飾されており、城門と同じように兵士が立っていた。
こちらの兵士は腰にレイピアを挿した鼠人が2人だ。とても強そうには見えないが、テルさんは火をぶっぱなす人だし、この2人も強いのだろう。
「国王にお目通り願いたい。フォールンを保護したといえば分かるはずだ」
「フォールン……? へぇ、その子ですかい? ……これまたかなりの上玉ですな、旦那」
片方の兵士が覗き込んでくる。なんかねちっこい視線だ。
ネズミ兵士に不快感を覚えていると、テルさんがゴミを見るような目で兵士を見て口を開いた。
「おい。国の、しかも城の門番である貴殿がそんな目をするな。さっさと仕事をしろ」
「ふひひ……へいへい、分かりやしたよ旦那。すぅぐにお伝えしますのでねぇ、しばらくお待ちくだせぇ……」
そうして再び下卑た視線を向けてくるネズミ兵士に無視を決め込む。こういうのは関わらないのが一番だ。
「そうしろ。……はあ、ったく、鼠人の面汚しにも程がある。おい、そっちの。アレはどういう教育を受けてるんだ?」
下衆ネズミが城に入っていったのを見て、テルさんが悪態をつく。
話を振られた片割れの気の弱そうな鼠人が、震え上がりながらもおずおずと質問に答えた。
「か、彼は貴族の出でして……教官を買収して2年の研修を半年で切り上げた挙句、城の女中に手を出し始める始末です……あっ、このこと言わないでくださいね? どんな報復をされるか分かったもんじゃないですから」
「……その行動について、あなたは一緒にいて何も思わなかったのですか?」
「思いますよ、そりゃあ! ……でも、あいつの家は何をしでかすかわからない金持ちの家なんです。家族に矛先が向かないとも限らない。だから……」
「目をそらし、逃げたと?」
「っ、そんなんじゃ……」
私の追求に、俯いてしまう鼠人。
「教官に取り消しを要求することはできなかったのですか? 買収されて操り人形になっているのであれば、他の権力者などに……」
「あんたに何がわかるっ!」
気の弱そうだった鼠人が鋭い目でこちらを見ている。その眼光は、まさに兵士のものだ。
「新参者如きがっ! 俺の、俺達の! 何がわかるっていうんだ!」
「……その位にしておけ。王が所見をお望みだ。そちらの2名は中へ。お前は引き続き警備を」
「……はっ、かしこまりました」
城中からメガネを付けたインテリ系な人が出てきた。白いコートを着ていて、頭の上には長い耳。
「お初にお目にかかります。兎人のフリードであります。以後お見知りおきを」
「初めまして。フォールン……でいいですか? の七海 藍波です。よろしくお願いします。」
「ええ。では藍波殿、こちらへ」
フリードさんに中に入るよう促される。
テルさんも入城許可を取っているので同行できるようだ。
おっと、玄関に入る前に言っておかねばならない事があった。
「先程は失礼いたしました。あなた達の境遇を知らない他所者が大きな口を叩いてしまい、申し訳ありませんでした」
「い、いえ、僕も冷静を欠いてしまいまして……兵士として失格ですね」
「……それでは」
自嘲気味に呟く兵士と多少の気まずさを残しつつ、玄関に入る。気休めは墓穴しか掘らない気がした。
◇
玄関ホールは外観と同じように白を基調とした造りで、所々に騎士甲冑が置いてある。
道の中央にはレッドカーペットが敷かれ、ザ・王宮といった感じだ。
正面階段を登り、謁見の間へ案内される。
両サイドにおびただしい量の騎士が並んでいた。幾百の視線が突き刺さる。
左からフリードさん、私、テルさんの順に並び、両サイドの2人が片膝立ちで右手拳を地面につけ、跪いた。ワンテンポ遅れて見様見真似で跪く。
玉座にはテルさんと同じく鼠人の男が座っていた。
名をネスト・フェルネス。アニマ切っての戦人にして500年前の大戦における大英雄。幾度もの転生を繰り返し、その強さは計り知れないという。
というかまた鼠人か……この城ネズミだらけだけど、やっぱり例の夢の国なのでは?……などと、また余計なことを考えているとフリードさんが口を開いた。
「王よ。フォールンをお連れいたしました」
「うむ。娘、名を述べよ」
「はい。七海藍波と申します」
「……ナナミ、アイナだと? アイナと申したか!」
「はい、そうですが……」
「すぐに奴を呼んでこい! なに、どうせまだ書庫に閉じこもっておる! ったく、王宮妖術師がなぜ参列せずに書庫へと閉じこもって出てこぬのだ……」
王宮妖術師、何やってんの? 職務怠慢ってやつじゃないですかね……
そんな問題児の捜索を命じられたかわいそうな兵士がバタバタと駆けてゆく。
それを横目に見ながら、王が再度口を開いた。
「ナナミ……いや、アイナと呼ばせてもらおう。貴殿は今、自分の姿、状況についてどれほど知っておるか?」
「狐人の事ですか? 1000年前に絶滅したという話を聞きましたが……」
テルさんから聞いた狐人について知ってるのはこれくらいか。あ、妖術のエキスパートとかいう話もあったっけ。
「うむ。貴殿の言うように、狐人は1000年前に滅びた。しかし、滅びた500年後……狐人が尋ねてきた」
「それってどういう事ですか?生き残っていたとか?」
「いや、私も直々に確認しに行って生体反応が無いことは確認した。ならばどのようにして狐人が現れたか……わかるか?」
「いえ……」
どこかに隠れ潜んでいたとか?
「ハハ、少々意地悪だったか。正解はな、貴殿と同じく、フォールンだったのだよ」
王がとんでもないことを口にする。
それは私とは別にフォールンが狐人としてこの国に来ているという事だ。
「まぁ驚くのも無理はない。同じ境遇の者がいたとは思わんだろうからな……む、来たか」
キラキラと輝く銀色の髪を後ろのシュシュでまとめただけの女性が先程出ていった兵士に首根っこをつままれて連れてこられた。
ぺいっ、と玉座の前に捨てられ、「ふむぎゅ」と潰れたカエルのような声を上げている。いいのか、その扱い。
「王よ。お連れしました。てっきり妖術の書を読んでいるのかと思いきや、恋愛小説を読み耽っていたのですが……」
「燃やせ」
「はっ」
「ちょ、やめ、ああ! 今いい所だったのに!」
メラメラと燃えていく乙女チックな本を前にガックリとうなだれる女性。なになに、『先生と僕のアブナイ☆特別授業』……あ、これあかんヤツや。
怪しげな本を読んでいたらしいその女性の顔は、燃えさかる炎の方を向いているので、まだ見えない。
「ふうう、相変わらずよな。久々に呼んでみればすぐに書庫に走りよって」
「だって! 面白そうな本がいっぱい入ってたんですもの!」
頭が痛いと言わんばかりの王にガバッと顔をあげて講義する女性。
「そんなことより、後ろを見てみろ。あ、耳と尻尾は隠すなよ?」
「ええ? 何を言って……」
振り向いた女性と目が合う。見知った顔だった。というか、16年間自分を育ててくれていた……
「お母さん!?」
「あ、藍波!? 何でここに!」
現れたのは七海 風華、私の母親であった。王の話の流れからすると、お母さんこそが王宮妖術師にして500年前に現れた狐人のフォールン。
まさかの再会に口をパクパクさせていると、お母さんはギギギと王座を振り返ると、
「ええ……まさか新しく来たフォールンって……」
「うむ、藍波だな」
「はあぁ……よし! バレちゃあ仕方ない! 私こそ王宮筆頭妖術師! 七海 風華である!」
「お母さん!?」
腕をクロスさせ、左目を隠すという絶妙に香ばしいポーズをとった実母に、絶望の表情を浮かべる私。
しかし、いつの間にか生えている耳と尻尾が全てを物語っている。
「ゆ、夕方出かけるって……」
「ああ、王サマに呼ばれたの。野暮用でね」
「おい、王の命を野暮用とは随分な言い草だな」
「まあまあ、私達の仲でしょ? ところでネスト。なんで藍波がここにいるのさ」
「いや私に聞かれても」
「王でしょ! それくらい把握しておけ!」
「冗談だ……」
叫び始める実の母に脳の処理が追いつかず、目の下がピクピクしてきた。一国の王に口答えしてるよ……お母さんってあんな性格だったっけ?もっとおしとやかな感じがしたんだけど……。
「それはね藍波。ご近所付き合いってのがあるのよ。そうなんですか〜うふふって言って笑っておけば何とかなるの!」
「心を読まないで! そしてだいぶ薄い近所付き合いだな!」
「あとはあなたが少し野蛮に育ったからかしら。少しは清楚成分を、ね?」
「よし表に出ろ! 色々合わせてしばきたおしてやる!」
こっちの世界の存在を黙っていたこと。猫かぶってたこと。そして何より──
「仕事サボるような駄母には負けられない!」
これに尽きる。
王に呼ばれてすぐに書庫に行くとかどうかしてる。自分は大変な修羅場をくぐり抜けてきたってのに!
ちなみに、蚊帳の外に置かれた王や完全に空気のテルさん、フリードさんは終始沈黙を保った。下手に突っ込んで矛先がこちらに向いたらタダでは済まないと、本能がいっているのだ。
「ほっほっほ、王宮妖術師舐めんじゃないわよ! ネスト!闘技場借りるわよ!」
「お、おう。程々にな……」
「許可は降りた! 母に逆らった反抗期娘よ! その性根叩き直してくれる!」
「もうほんとに知らない人だよあんた! 上等じゃあ!」
化けの皮を脱いだ母狐と、怒り狂う娘狐が闘技場に向かう。
翌日、修繕屋が血の涙を流したことは言うまでもない。