-19-過去と、無力と、仇討と。
2章開幕から鬱です。
鬱展開、グロ表現に耐性のない方はご注意を。
「くそっ!くそっ!」
壁に拳を打ち続ける。既に宿屋の壁には蜘蛛の巣のような亀裂が入っており弁償は免れないが、そんなことも気にせずに一心不乱に殴り続けた。
僕は見知らぬ魔獣によって仲間をすべて失い、そして見知らぬ少女に敗れた。
突然滅んだ街。僕の故郷。厳しかった父が、優しかった母が泣きながら見送ってくれた、あの街。
幼馴染がいた街。親友が、悪友が、たまに遊ぶ程度の仲だった者達。
彼らの笑顔がもう見れないと思うと、いてもたってもいられなかった。だから躍起になって原因を探した。
アスロンは勇者だ。人間族の、世界の希望の光を象徴する選ばれし者にしか与えられないジョブ。
人間族は獣人や魔族に比べて力も弱ければ素早さもなく、ドワーフやエルフといった妖精を味方につけることでようやく生きていけている。
しかしそれは一般人の場合であるという但し書きがつく。
人間族の王都や各地の街々にある教会で、人はジョブーー「役職」を得られる。
戦士はバトルアックスや大剣での近接戦闘に長け、魔道士は後方からの支援、魔法による攻撃を得意とする。
他にも何種類もジョブが存在するが、その中でも勇者は別格だ。
勇者になるものは剣が選ぶ。王都で毎年行われていた聖剣祭で、各地から集まった勇者になりたい若者が順々に聖剣に手をかけ、引き抜こうとする祭り。過去形なのは勇者が決まったため、もう行われていないからだ。
僕は最後に聖剣を引き抜くべく、柄に手をかけた。すると声が聞こえた。
『君は何を望む?何を助け、何を切る?何を悪とし、何を正義とし、何を押し通す?』
聖剣は、手にしたものに絶大な力を与える。それこそ戦争の終幕から世界の滅びまで、何でも可能にしてくれる。
聖剣は恐れた。神が作ったものであるが故に、世界が滅びるのを恐れた。神ヘパイストスが打ったその聖剣は、あまりに強すぎたから。
候補者たちは、皆どこか欲望に満ち満ちていた。今世界に何が起きているのかもわからないまま「世界を救いたい!」とか言う者や、ただ「憎きあいつを殺してやりたい」という我欲に満ちた者もいた。
それぞれの気持ちも分からないでもないが、状況を正しく理解できている者がいなさすぎた。
全員、聖剣をただの道具だと、多少強いだけの剣として持っていこうとする。
そんな候補者の中の僕の答えは、
「僕が望むは、いざという時に大切なものを守れる力。何を悪とし、何を正義とするかは状況で全てが異なる。だからその場で決めていこうと思う。未だ姿を見せない世界に仇なす者を切り裂くがため、僕に力を貸して欲しい」
悪くいえば後回しの思考。そして僕自身も「大切なものを守りたい」という欲に満ちていた。
守るということは、その対象が何一つ欠けてはいけないのだ。対象が1人でも死んでしまったら、その瞬間に僕の誓いは瓦解する。
しかし聖剣は満足だった。人として、そして「守る者」として彼は合格だと判断した。
柄にかかった手に力を入れることなく、何とも軽い動作で台座から聖剣を引き抜く。
シャリィィンという澄んだ鈴のような音とともに、新たな勇者が誕生した。
そう。僕はあの日、守れるだけの力を得たはずなんだ。僕の大切なもの。それ即ち故郷の人々。もちろん王都で出会った商人や子供たち、ギルドの人たちも大事だが故郷の地には代えられなかった。
けれど先日、なんの前触れもなく故郷の人が全員死んだ。死んだ上でネクロ化し、道行く人たちを襲った。
僕はその討伐任務に仲間と共に当たった。いや、当たらされた。「調査隊長」といういらない肩書きを貰って。
白目を剥き、リミッターの外れた脳が活性化させた爪と牙を振るってくる、人間だったモノ。
僕は泣きながらそれを切り捨てていった。
剣が得意だった親友は、剣など持たずに爪で挑んできた。
別れの日、「私もお兄ちゃんと同じように王都へ行って、魔術師のジョブを貰うの!」と言ってはにかんだ妹は屋根の上から大口を開けて噛み付いてきた。
厳しかったが母を愛してやまなかった父が、仲間が倒してくれたであろう母の死体を喰っていた。
その首がグリンとこちらを向き、爆発したように突っ込んできた。妹と同じように、牙を剥き出しながら。
近所でよく遊んだ悪友は既に見当たらなかった。いや、いたとしても既に判別はつかないし、ついてしまった場合、倒すのに躊躇いが出る。
僕はその全てを目に焼き付けながら、止まらぬ涙もそのままに ただひたすら聖剣を振るった。そうするしかなかった。
全てが終わったあと、塵も残さぬほどに破壊した故郷の人々の前で僕は崩れ落ち、そして慟哭した。
空に日はなく、悲しみの雪が降る日のことだった。
故郷の壊滅を受けて、僕はそれまでの軟弱さを捨てた。その場で悪を決める?馬鹿言うな。それは判断を遅らすだけだ。命取りになりかねない。
大切なものを守る力?笑わせるな。何一つ守れなかったじゃないか。
敵は、敵はどこにいる!この手で僕の大切なものを奪ったことを後悔させてやる!
出てこいよ、僕の前に!絶対に殺してやる。
そんな思考をしながら3日ほど部屋に閉じこもっていた僕は、1000年前の事件を思い出す。といっても聞いた話だから真実かはわからないが。
『その昔、狐人という妖術に長けた獣人がおりました。彼らのおかげで獣人の妖術は大変進歩し、世間に多大な貢献をしました。でも、それを面白いと思わない人がいました。我々人間族です。愚かな人間族の一部は、獣人の中でも頭のいい猿人を引き入れて狐人を皆殺しにしてしまいました』
滅びた狐人。その村があったとされている場所に行けば、何かわかると思った。
なぜなら、この話にはまだ続きがあるからだ。
『狐人はただ殺されただけじゃない。ただ殺すだけなら、きっとそっちの方が幸せだったでしょう。なぜなら、彼らは殺された後全員がネクロ化、ゾンビとして蘇ってしまったのです。最初は長だった。猿人に盛られたネクロ化の薬が入った酒を飲み、ゾンビとなった。長は誰彼構わず襲った。彼に噛まれて死んだ者は、数分置いてネクロ化した。そこからはねずみ算方式でゾンビが増え、討伐隊が到着する頃には既に皆ネクロ化していた。ーーひとりを除いて』
そう。なぜか1人だけ、ネクロ化しなかった若者がいたらしいのだ。見つけた途端にその死体は消えてしまったのだが。
もしその人がどこかで転生、もしくは生まれ変わっていたら。きっと僕と共通の敵を憎んでいるはず。
仲間を連れて、敵国である獣人国へと足を踏み入れる。そして国境を超えたあたりで、僕らの前に白い魔獣が現れた。
初めて見る魔獣。尾が二本あり、所々に赤い模様が入っている。魔獣は牙を剥き出しながら威嚇をしている。まるで『今すぐに引き返せ』とでも言っているかのように。
まず戦士が突っ込んだ。彼は本物の脳筋なのできっと魔獣の意図が汲めなかったのだろう。制止も聞かずに戦斧を振り抜く。
魔獣はいとも簡単にそれを躱すと、ついでと言わんばかりに戦士を燃やした。
突然眼前に湧いた人魂に全身を焼き尽くされ、あっという間に骨も残さず灰となった戦士。
あまりの出来事に、戦士と恋仲だった魔術師の悲鳴が遠くに聞こえる。
戦士は動きこそ鈍重だが、タンクとしてかなり優秀な防御力と魔法、妖術に対する耐性を持っていた。
その戦士を、こうもあっさりと焼却してみせた。
魔術師がヨロヨロと灰に向かっていく。まずい、と思ったが体が動かない。魔術師が灰になった。
僧侶が僕の肩を揺さぶる。撤退すべきか否かを問うているが、もう頭が働かない。
そして遂に頭の中が白一色になった時には猛然と走り出していた。魔獣に向かって。聖剣を振りかぶって。
仲間をみすみす殺させてしまった。彼らとはそれなりに長い付き合いだったし、軽口を叩きあいながらも心地の良い間柄だった。
また、また僕は失うのか。
どうして僕の守りたいものから先に朽ちていく。
どうして僕はこうも無力なんだ。
どうして。どうして!
僕は魔獣に斬りかかるが、魔獣はひょいひょいと躱していく。それが憎たらしくて、一撃で葬ることに決めた。
聖剣を胸の前に掲げ、詠唱をはじめる。
「光よ、滅悪の極光よ!我らが敵を討ち滅ぼしたまえ!『テンペスト』!」
聖剣を中心に光を纏い、悪を滅ぼすために編み出した必殺の一撃。しかし確かに捉えたはずの魔獣は傷つきながらもまだ生きている。
さすがに分が悪いと判断したのか、踵を返して森の方へと走っていく。無言でそれを追撃すべく走り出す。僧侶は仲間だった灰を見て一瞬迷ってから、「また……来るから!」と僕を追った。
魔獣はまだ走り続けている。『テンペスト』を放ってからかなりの時間が経つが、何故か魔獣が息絶える気配はない。
『テンペスト』は、僕が敵と認めた相手を討ち滅ぼす極光を放ち、その組織を分解する。
しかしどうしたことか、一向に分解が進んでいないようなのだ。
そんな疑問を抱えながら追跡していると、追いついてきた僧侶が燃えた。
隣で出火した僧侶は手で火を消そうとするが、その手は既に骨になっており、その骨すら溶けはじめていた。
思わず立ち止まって駆け寄ると僧侶は何か伝えたかったようだが、言葉を紡ぐための筋肉は既に焼き切れ、鳴る音は火が肉を焼く音と、骨の軋む音。
そして戦士や魔術師と同じように灰になってしまった。
また、1人失った。
僕はまた、大切なものを守れなかった。
ならせめてーー
ーーあの遺跡に入っていった魔獣を、肉塊に変えてやろうじゃないか。